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89 地主とナナカマドの実

 


 蹴破る寸前だった扉が、ふいにあっさりと開かれた。


「スレン! 貴様、どういうつもりだ!」


「お待たせ」


 怒りに任せてスレンの胸ぐらを掴み上げるべく踏み出せば、奴の腕の中にはカルヴィナの姿があった。


「っ!」


 奴の首元に手を絡ませたカルヴィナを見た途端、頭に血が昇った。

 何故そこまで密着する必要があるのだ。

 さもそれが当然だと言わんばかりのスレンに、怒りがこみ上げる。


 大声で咎めようとしたが飲み込んだ。

 怒鳴ってはならない。

 頭を振り、落ち着くために大きく息を吸い込んだ。


「カル、ヴィナ」


 慎重に名を呼ぶ。

 よつゆ、と。

 俺の名付けた名前に応えてくれる、娘を見つめた。


 そっと身動ぎ、カルヴィナがこちらを見た。

 純白のショールの端から、恐る恐るといった風に。

 ふんわりとした作りのショールが、カルヴィナの雰囲気をより一層柔らかく見せていた。

 それとは対照的な深紅のドレスが、また良く似合っている。


 紅といっても鮮烈過ぎず、よく熟れた木の実のような色合いは、カルヴィナの黒髪を引き立ててくれる。


 そう見込んで用意させた物のひとつだった。

 なかなかその衣装に袖を通してくれる気配の無いカルヴィナに、恐らくその色合いに気後れしての事だろうかと思いを巡らせてもいた。

 だから無理強いはしなかった。

 だが、贈った衣装はちゃんと着てくれる。

 ならばそのうち着て見せてくれるだろう、と気長に構えるように自分に言い聞かせていたのだ。


 断言してもいい。

 カルヴィナ自身からは選ばない類の装いだ。

 どんなに周りが似合うと勧めても。


 もう少ししたら冬の祭りがあるから、その日は赤い衣装をまとうのが習わしだ、と言い含めるつもりでいた。

 きっと良く似合うから着てみて欲しい。

 そう付け加えられたら、俺は自分を成長したと褒めてやるべきだ。


 それがよりによって、スレンの手によってかと思うと複雑だった。


 何を引け目に感じる事があるのだ、と自分自身に言い聞かせる。

 カルヴィナが着ている物は全て、俺が贈ったものだ。

 ――下着も何もかも全て。


「どぅお? 僕仕様のフルル。ナナカマドの実みたいに、魅力的でしょう?」


 可憐さに見蕩れて、言葉を発するのも忘れた俺を、スレンがからかう。


「僕が小鳥なら間違いなく、迷うことなく一番に口にするコト請け合いだよ」


 我がもの顔で言われても、手出しができない。

 スレンの思うつぼだった。

 だが、まったくもってその通りなのだから、仕方なく諦めた。


「ああ。とても良く似合っている。カルヴィナ、もっとよく見せてくれないか?」


 心からの賞賛と願いだった。

 後ろ姿も充分可愛らしいが、俺を見て微笑んでくれたら完璧だ。

 衣装は最近の流行りとやらで、胸元の切り返しが高めに取ってある。

 それが女性らしさを強調するのだそうだ。

 こちらからは見えない。


「カルヴィナ、気に入ってくれたか?」


「……。」


 だがカルヴィナは何も答えずに、ショールの端に顔を埋めてしまった。


 照れているのだろう。


 頬がうっすらと染まっているのが見えた。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


「こちらに来なさい、カルヴィナ」


「……っ!」


 またカルヴィナの肩が跳ね上がった。

 怯えた様子のまま、こちらを窺われた。

 そんなカルヴィナに、奥歯を噛み締める。


 怖がらせてどうする。


 幾度も繰り返してきた過ちを、学習しない自分を諌めた。


 上から目線で命じれば、カルヴィナはたちまち降参するに決まっている。

 それでは意味がない。

 意味がないのだ。


 あの日、スレンに連れ去られた時のように、自ら進んで求めて貰わねば。

 そうでなければ俺の気が済まない。


 それなのに、今のカルヴィナが頼りにしているのは、間違いなくスレンの方だった。

 何故だ。


「カルヴィナ」


 努めて口調は柔らかくしたが、にじみ出る不機嫌さは隠しようが無かった。

 それでも苛立ちに任せて声を荒らげることのないようにと、自分に言い聞かせた。

 大声を出してはいけない。

 それはカルヴィナを恐怖へと陥れる。

 結果また、溝が深まるのだ。

 いい加減学んだ事を、実行できずにいてどうする。


「カルヴィナ、こちらにおいで」


 我ながら情けない事この上ないくらい、小さな声だった。


 カルヴィナの様子は変わらない。

 ますます、スレンにしがみついてしまう。


「カルヴィナ」

「……嫌っ」

「カルヴィナ?」


「嫌です。じ、地主様はあちらに、お客様をお待たせしていらっしゃいますもの。私に構わずにお戻り下さい」


 つんと澄ました様子で言う、カルヴィナの頬はうっすらと朱に染まっている。


「地主様。私はジルナ様のお見舞いに行くのです。ですからそこを通して下さい」


 さらにそう続けられた。


 スレンにしがみつきながら、精一杯強がりを言うカルヴィナに、思わず口元を覆っていた。


 ――これは、もしかして。


 カルヴィナの見せてくれる感情の波に、俺は期待せずには居られない。


『僕の存在を忘れないでよね、二人とも。』


スレン、おおいに出しゃばっている割には存在感が今ひとつ。


二人とも、お互いしか見てませんかねぇ。


※ ひさしぶりに連続投稿行きます。

 

そんな調子で自分を追い詰めてみる。


では、また、明日!


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