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84 子猫と貴婦人

 

 すごくはっきりとした声が、この庭園を支配してしまったかのように感じる。

 何だろう、何事だろうか。

 ただならぬ気配に訝しみながら、声の持ち主を振り返って見上げる。


 私はぽかんとしてしまった。


 見上げたその人が、あまりにも美しい女性だったからだ。

 てっきり、お屋敷のお姉さん達の誰かかと思ったけれど、違っていた。


 まず視界を占めたのは、美しく流れるドレスの裾だった。

 ドレープをたっぷりときかせた豊富な生地が、女性の歩みと共に一緒に流れる。

 まるで小さな滝だ。


 滝の流れが近づいてくる。


 一目で質の良いと思わせるそれは、華美ではないのだがとても豪華に見えた。

 陽の光を浴びてより一層、きらびやかに光を放っているかのようだった。

 衣装もそうだが、それよりもこの方自身が光を放っているかのような容姿だ。


 小首を傾げるように覗かれ、胸の辺りが跳ね上がる。


 サラサラと溢れる髪は、透き通ったかのような金色だ。

 まるで光の束そのものみたいに、私には映る。

 大きな瞳は、これまた透明感のある翡翠色だった。

 実際には見たことは無いが、きっと宝石と同じ輝きを放っているに違いない。

 光の加減によって澄んだようにも、深みがあるようにも見える。

 きっと、ご自身に自信があるのだろう。

 迷いなく見据えられて戸惑うしかない。


 私はといえば、いたたまれなくなって、視線があちこちに泳いでしまう。


 どうしよう。どうかした方がいい気がするのは、この方が高貴な方だと解るからだ。


 それを知らしめるのは、この方が生まれながらに(まと)うもの。

 それは品位という言葉で表現するのが相応しいのだと思う。

 この方との決定的な違いは、生まれと育ちだと私にだってわかる。


 あまりにもこの場に相応しくない雰囲気に、嫌でも気圧される。


 あまりに綺麗だから触れてみたく感じるけれども、同時に手を伸ばすのはためらわれるもの。

 恐れ多い気がして、私は身を引く方を選ぶ。


「あの、子猫をお探しなのですか?」


 いつまでも黙ったまんまでいるのも悪い気がして、恐る恐る尋ねてみた。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 座り込んで作業をしていた私には、子猫の姿に気がつかなかった。

 せめてそれくらいなら、お伝えできる。


「いいのよ。もう、見つけたから」


 にっこりとほほ笑みかけられたのに、何故か寒気に似たものを背中に感じた。


「見つけた、ですか?」

「そう」

「どこに?」

「ここよ! 子猫ちゃん」

「え? え?」


「可愛い! なんて素敵な手触りなんでしょう!」


 そう言いながら、私の頭を撫で回す。頬や、喉元までも。

 あんまり撫でられるから、ショールが脱げてしまった。

 それでも手は緩まなかった。


 そうか。私は本当は猫の子だったのか。

 そんな気さえしてきた。


「ふふ本当に、初めて見る」


 この人の言う「初めて」は私の色をさしているのだと思った。

 黒い髪。黒い瞳。まとめてカラスとされる色。


 私も、こんなに綺麗な女性を見るのは、ジルナ様に続いてお二人目だ。


 この方の雰囲気が、私を恐ろしく緊張させた。

 こんな時に限って、作業用にと自分でこしらえた服を着ている自分が恨めしい。

 ここ最近はいい付けを守って、きちんと与えられた服を着ていたというのに。


 いや、畑仕事をするのに、あの格好では思うように動けないから当たり前なのだが。


 そもそも、着ている物が違ったくらいで、私の見てくれは変わりようがない。

 それに私は魔女の、自分で作った服を誇りに思っていたのでは無かったのか。

 自分が情けなく、浅ましく思えた。


 俯く視線と共に、心もどんどん地べたにのめり込むかのようだった。


「どうしたの? 子猫ちゃん」


「……。」


 いつのまにか目線が一緒だった。

 いいのだろうか。

 この方は、お召し物が汚れても気にしないのだろうか。


 そこは気にして欲しい気がする。


 優しく声が潜められる。

 私は本当に猫の子になってしまったかのように、答える事が出来なかった。

 ただその翡翠の瞳をそっと見返すことしか出来ないでいる。


 どうして、私に構うの?

 あなたは、誰ですか?


 そんな簡単な言葉ですら、この方に掛けるのははばかられた。


 それでもこの方は解ってくれたようだ。


「何だかとっても寂しそうだったから、つい、ね」


 つい? なんだというのだろう。


「構い倒したくなるというものでしょうよ。そんなに、お耳としっぽがしょんぼりしているように見えたら」


 私には耳はともかく、しっぽなんてあった試しなんてない。

 それを見透かしたかのように、女性はいたずらっぽく笑った。

 その笑顔があんまりにも綺麗だったから、見とれてしまう。


「ほら、しっぽ」


 そう言うと私に見せたのは、解けた前掛けの紐だった。

 細い指先につままれた紐を、ひらひらと見せられる。

 からかわれた。

 そう思ったら、頬が火照った。


「私、猫の子じゃありません……。」


 ちょっとだけむっとしたので、頑張って言い返してみた。


 変に顔にも体にも力が入って、声も裏返ってしまった。

 とてもではないが毅然とはほど遠い。


 一瞬、驚いたように瞳を見開かれて、まじまじと見つめられてしまった。

 だが、それも本当に一瞬だった。

 次の瞬間には抱きつかれていた。


「可愛い!」


 ええと。

 どうしたらいいのだろう。

 ともかく。


 もしかしたら、この方はスレン様と血縁の方かもしれないとだけ思った。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


「あの、あのあの、あの……?」


 なんだか泣き出してしまいそうになった。

 それは、この女性が押し殺しているであろうものが、静かに伝わってくるから。


 解放されたくて、慌ててもがく。

 でも振りほどいたり、突き放したりなんかはしない。

 しちゃいけない。きっと傷つけてしまうから。

 そんなのは嫌だった。

 だから、この方が自分から手を放してくれるのを待つ。


 風が吹き抜けてゆく。


 どれくらい、そうしていたのだろうか。


 そんなに長い時間では無かったはずだ。

 でも時間が留まったかのように、ゆっくりと流れたように感じた。


「あの?」


「ああ、癒されるわ」


 そう言うと女性は私の後ろ頭を撫でた。

 それから、ゆっくりと腕を解いてくれた。


「疲れたときは、可愛い子猫ちゃんを愛でるに限るわ」


 さらりとかつ、しみじみ言われた言葉に、この方は間違いなくスレン様と同族だと思った。

 さり気なく人の事を見下す辺りが。


「……。」


 私、猫の子じゃないもの。


 そんな言葉は言っても無駄な気がしたから、黙ることにする。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


「そんなお顔しないでちょうだい、子猫ちゃん」


 そんな顔って、どんな顔の事を言っているのだろう。

 前に地主様からも言われてしまった事がある。

 そんなに無礼な顔つきを見せているのだろうか。


「そんな顔って、」


「ますます、いじめたくなるから」


 思い切って尋ねようとしたら、声がかぶった。


 ――やっぱり、この仕打ちは意地悪だったようだ。


『この人は誰?』


それはまた次回に。


スレン属性なのは間違いなく……。


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