表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/130

82 大地主の夜露

 カルヴィナ。


 俺の(・・)夜の雫。


 そう。俺のもの。


 ただ涙を流し続けていた娘だった。

 それを保護し、衣食住を与えているのは俺だ。

 それなのにいつまでもこちらに馴染もうとしない。

 森こそが自分のある場所だと言い張ってきかない娘に、苛立ちは募るばかりだった。


 森がなければ魔女として成り立たないなどと言う、その唇を封じてやりたくて仕方がなかった。


 非力な、しかも足の不自由な、貧相な娘のくせに。

 財産らしいものは何も持たず、一体どうやって生きて行こうと言うのだ?


 言葉にせずとも、そう詰問し続けていた。


 思えばあれほど腹が立った事など、そう無かった。

 どうしてあれほど、腹立たしくてたまらなかったのだろう。


 おまえの頼りにする森が、一体何をしてくれると言うのだ?


 この俺こそがお前に与えているというのに。


 何故、そんな顔で見られなければならないのだ?


 娘は怯えきっていた。

 俺を見るたび、顔色を失う。

 深く頭を下げて、恐れ多いという言葉でまとめあげて、俺という存在一切を否定してしまう。


 いつも浮かない顔をして、食事もろくに取ろうとしないのは、俺に対する挑戦か?

 全く、大魔女の娘だか何だか知らんが、つまらない自尊心だけは高いと見える。


 散々、なじった。


 食事をろくに取らないと聞くたびに。


 夜更けに一人で抜け出されるたびに。


「申し訳あり、ません」


 娘が涙ながらに謝っても、俺は容赦せず追い詰めて行った――。


 俺はどういった訳か、容赦という言葉を持ち合わせていなかったらしい。


 あの時の感情は、改めて思い直してみても説明がつかない。


 その言葉では言い表せないもどかしさに突き動かされながら、ただ娘の涙を苦々しく感じていた。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 今にして思えば、俺はカルヴィナに好かれたがっていたのだと認める。


 これだけ与えてやっているのだから、感謝されて当然だと。

 豊かな財が与えてくれるもの。

 土地も屋敷にも恵まれているおかげで、何の不自由もない生活。

 それは普通の生まれであっても、なかなかに難しい世の中だ。

 俺は惜しみなく施す事に、ためらいは無かった。

 他の者なら、そのような反応を得られた。


「これで一家は飢え死にしなくて済みます。ありがとうございます」


「一生感謝いたします! 娘は身売りをせずに済みました」


 そう度々感謝されるごとに、俺は何かを勘違いしだしたらしい。


 そう。


 貧しき者に与えれば与えるほど、感謝されるものだと――。


 ・。・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 何の根拠もなくそう信じて疑わなくなっていた。


 それを人は傲り(おご)という。


 大魔女の娘に森が与える恵みとやらと、ロウニア家の材が与える恵みを計りに掛けてみよと、暗に命じていたに等しい。


 娘の答えは決まっていた。


 仕立てた上等の服も、品数豊富な食事も、働かずとも良い環境も、何もかも負担らしい。


 それはこの俺が負担でならない、と言われているも同然だった。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 だが、カルヴィナは俺に腕輪を贈ってくれた。


 この胸に広がる歓喜のまま、愛しい娘を抱きしめる事も許された。


 やっと、大魔女の娘が俺を受け入れようとしてくれたのだ!


 二度と踏みつけたりするまい。


 そう誓うのも何度目になるのだろうか。


 祭りを終えて、カルヴィナは少しづつ、ロウニア家に馴染んでくれた。

 彼女なりに譲歩に譲歩を重ねてだろう。


 こちらの用意した服も着てくれるし、たまになら一緒に食事もとってくれる。


 そこはよく話し合うようにと心がけた。

 ともすれば最初から諦めて、俺の言うことに従おうとするからだ。

 俺も、俺の価値観だけで押し付けることのないように、と気を配ったつもりだ。


 祭りが済んだ後も、カルヴィナは森に帰りたいと言ってきた。


 その時の落胆ときたら、自分でも驚くほどだった。


 帰りたい、だと?


 おまえの帰る場所はここだと言い聞かせたいのを、かなり堪えた。

 だが遠回しにでも、そのように伝える。


「カルヴィナ。おまえ一人を森におく訳にはいかない」

「……どうしてでしょうか?」

「おまえが心配だからだ。これから冬を迎えると言うのに、一人では何かと不便だろう? それに何より俺の気が休まらない。分かってくれるな?」


「はい」


「だが、たまになら帰ってもいい」

「ありがとうございます!」

「ただし、俺も一緒に行ける時だけだ。いいな?」

「で、でも。それでは地主様にお手間を取らせてしまいます」

「カルヴィナ、そんな事はない。おまえはもうロウニア家に属しているのだ。それがどういうことか考えてみてくれた事があるか?」

「いいえ」

「おまえを良からぬ事に巻き込みたくないのだ。ロウニアの財に目を付けた人間だって、いないとも限らない。俺自身、敵も居ないわけではないのだ。そういう輩は大魔女の獣よけ位では防げるものではない。そうだろう?」

「はい」


 淡雪のように儚い笑みを向けられたように感じる事に、俺は安心しきっていた。


 どうもこの館にいると、カルヴィナが俺に対して一線を引くように思えた。


 大地主と大魔女の娘という距離感を守る。


 そうさせているのは、このロウニア家特有の空気だろうか。

 それとも俺自身か。


「カルヴィナ。これから森に出かけるか?」

「はいっ!」


 俺がそう切り出すと、カルヴィナの表情が輝いた。


 あれほど縮まったと思った距離も、この館にいてはまるで無かったもののようにされてしまう。


 だから俺はカルヴィナを森に誘う。




『レオナルの独りよがり変わらず。』


そしてほぼ、独り占め~。


さあ、レオナルのこの部分がある限り、今一歩近づけないと思うんですよ。


お祭り終えて一段落。


近づけたようで、日常に戻った二人のこれからが始まります。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ