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81 レオナルとシュディマライ・ヤ・エルマ

 

 結局はカルヴィナが思うようにならないから、怒りを爆発させてしまっただけだ。


 結果がこれである。


 心底怯えさせ、何もかも拒まれた。

 ここから帰らない、と強く宣言された。

 当然の流れだろう。


 確か菓子屋の所でも似たような事があった。

 ならば、俺もここに居座るまでだ。

 あの時のように、地主という地位を見せつける真似はするまいと思った。


 結局カルヴィナには自分が借金を返さぬまま逃げようとしたから、連れ戻されるのだと認識させてしまったからだ。


 閉じられた扉の前で、ただひたすら待つ――。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 日も傾いてきた頃に意外な来訪があった。

 スレンだ。

 奴にしては珍しく血相を変えていた。


「もうレオナルになんて、任せておけない」


 そう、ごくごく小さく囁くと、扉に向かって叫び出した。


 あれこれ訴える内容はまるっきり作り話でもなかったが、だいぶ大げさだった。


「フールールー! レオナルは大事なお役目を放棄しようとしているよー!」


 それがさもカルヴィナのせいで、という風に思わせるのに充分な小芝居だった。

 なるほど。

 こうやって人の心理を巧みについて、こいつは世の中を渡ってきたのか。

 俺には出来ない芸当だ。

 妙に感心してしまったが、同じようになろうとは思えなかった。


 罪悪感を嫌と言うほど感じたらしいカルヴィナが、扉を開けてくれた。


 俺に勤めを放棄させては自分のせいだ、と思っての事らしかった。

 真面目なカルヴィナらしいと思ったし、まだ本格的に見限られた訳ではなさそうだとも思えた。


 おずおずと顔をのぞかせたカルヴィナは、ひどく憔悴していた。

 その事に胸が締め付けられた。

 同時にえも言われぬ色気を感じて、動けなかった。


「カルヴィナ!」


「フルルゥ!! 捕まえたっ」


 そんな俺とは裏腹に、スレンの動きは素早かった。

 あっという間にカルヴィナを捕まえてしまった。

 それが面白くなく、取り戻そうとしたが拒否された。

 スレンからもカルヴィナからも。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 やはり、帰らない、帰りたくないと訴えられた。


 そこはスレンが話術で巧みに言いくるめてくれたおかげで、どうにかこうして帰路についている。


 先ゆく白馬を見つめた。


 カルヴィナは俺と一緒ならば嫌だと泣いて、スレンにすがったのだ。


「よしよし。じゃあ、優しい僕が一緒にだったらいいよね?」


 またもスレンは言葉をいいように捉えて、何となくカルヴィナの意思を尊重したように納得させた。


「じゃあ、行こうか」


 スレンに抱えられてカルヴィナは馬に乗せられた。

 いくらか居心地悪そうにして見えるのは、俺の希望だろうか。

 やはりこちらがいいと、腕を伸ばしてくれないだろうか。


 そんな気持ちも込めて見守る。


 目があったが、ショールを深く被り、顔を隠されてしまった。

 それでも見つめ続ける。


「ハイハイ行くよ。レオナルはもうちょっと、離れて離れて」


 どちらにしろ、狭い森の小道を並んで馬を進める事は出来ない。


 仕方なく、その後ろに続いた。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 何事か。


 いきなりスレンが馬の腹を蹴った。


「はっ!」


 やると思った。


 奴の事だから、俺を引き離すくらいのいたずらは仕掛けてくるだろうと、最初から踏んでいた。

 だが向こうは人ふたり分の重みがある。

 馬にとってそれは不利だ。

 そうした油断が俺を不利な状況へと追い込んだ。


 引き離された?

 そんな馬鹿な。


 スレンはああ見えても能力者としての腕はある方だ。

 人に気付かせず、術を発動させたりも出来るのか。

 俺にすら、いや俺だからこそ、手の内は見せないでおいたのだろう。


 スレン、本当に食えない奴……!


 歯ぎしりしても距離は広まるばかりか、その馬の背を見失った。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 確かに目では捉えていた。

 馬の速さも申し分なく、過不足なかったはずだ。

 それでも追いつけないどころか、完全に引き剥がされてしまった。


 気が気では無くなる。


 カルヴィナと他の男が二人きり、しかも人気のない森の中ときている。


 始末に負えないイタズラをしでかすのが、スレンという男だった。

 恐らく何もしないでいる、とは思えなかった。

 イタズラ。

 嫌がらせなどという程度で、収めるか、そうではないとしたら?


「可愛かったから。」などと、さらりとほざいて、実行していそうだ。


 心配の余り、妄想だけが先走る。


「スレン!! いい加減にしろ!!」


 全力で叫んだ言葉も、森は静かに受け止める。


 いったん、馬の足を緩めて辺りを伺った。

 木立を吹き抜ける風も木漏れ日も、皆、魔女の娘の味方のようだ。


 耳を澄ませても、己の胸の高鳴りだけが響いて聞こえる始末だった。


 ――落ち着かねば。


 まずは、そう自分自身に言い聞かせて、瞳を閉じた。

 耳を澄ませる。


 どこへ行ったのだろうか?


 その痕跡を辿ろうと試みる。


 カルヴィナ、カルヴィナ、どこだ!?


 そこでふと、浮かんだのは仮面だった。

 昨日今日の騒ぎで返しそびれていたものだ。

 巫女の衣装と共に、持ち帰っていた。

 もちろん、後で改めて村長の家に返しに行くつもりだった。


 もどかしく荷をあさり、仮面を引っ張り出して付ける。


 再び、視界が闇に近くなる。


『我は森の主こと、シュディマライ・ヤ・エルマ!』


 ザザザッと強く木々の枝がしなって、ざわめいた。


 しめた、と思った。

 その勢いのままに叫ぶように命じた。


『我の森の娘の元へと導きたまえ!!』


 そう言い終えてから、後はとにかく馬を走らせた。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 そうして辿りついたのは、例のあの森の彼こと、オークの木のもとだった。


 何故、奴がここに?


 そんな疑問は後でいい。


 間違いなく、ここでこちらに背を向けているのは、スレンだった。

 カルヴィナの姿は見えない。

 だが、スレンの腕が捉えている手首は、カルヴィナ以外にありえない、


「カルヴィナ!!」


 馬から飛び降り、全力で駆けつける。

 仮面は途中で放る。

 視界を遮って邪魔だったからだ。


 スレンは必要以上に近く、カルヴィナの側にいた。

 宥めようのない怒りに、今度こそ身を任せ、勢い任せにスレンの肩を引いた。


「あ~あ。残念。良いところだったのに、追いつかれちゃったよ」


 ふざけた口調であったが、スレンの目は挑戦的に、睨んできた。

 こいつは時折、俺に敵意をあらわにする。

 いつもは、表に出さないようにしているのだろうと思う。

 だが、今は構うところではなかった。


「カルヴィナ! 大丈夫か? スレン、どけ!!」


 木とスレンとに挟まれて、身を小さくしていたカルヴィナがこちらを見ていた。

 瞳には涙が溢れている。

 だが、そらされる事は無かった。


「カルヴィナ、すまなかった。カルヴィナ、カルヴィナ、無事か?」


「っく、レオナ、レオナルさま。ごめんなさい、ごめ、ごめんなさい」


 泣きじゃくりながら、俺へと腕を伸ばしてくれた事に安堵する。

 幾度も名を呼びながら、その背を撫で続けた。

 温かさに安堵する。

 カルヴィナも安心したように身を任せてくれた。


「すまなかった。来るのが遅れた。怖い思いをさせてしまったな? ――スレン! どういうつもりだ!」


 カルヴィナを腕にしまいこみながら、スレンを問い詰めたが、ニヤリと笑われただけだった。


「ん? 二人とも意地っ張りだから悪いんだろ。良かったじゃない。仲直りできて」


 そう言うとさっさと背を向けて、馬へと戻り出した。

 途中、俺の放った仮面に気づいて拾い上げていた。

 何事もなかったように、それを歩きながら、ひらひらと振るようにして見せた。


「二人とも、もう帰ろう。日が暮れちゃうよ」


 これ以上は何も言わないからね。


 その背はそうきっぱりと、俺を拒絶しているようだった。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 二人でしばらくその背を見つめていると、ぱらぱらと乾いた音がした。


 オークの実だ。

 それが俺の頭と肩に当たっている。

 当たり続ける。


 ――相変わらず、オークの木からも歓迎されていないようだ。

『レオナル、ぐだうだ』


してる場合じゃないよ!


そんなまま次回です。

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