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8 魔女の食事

 

 魔女の娘に施す食事など無い。


 そのスープはそう訴えていた。

 怖かった。一口くちにしたとたん、思わずむせた。


 申し訳ないから堪えて飲み込んだら、胸もお腹も痛みだした。


 苦しい。

 歓迎されていないのをこうやって身をもって知るのは辛いと思う。


 身動き出来なかった。


 二口目を口に運ぶ勇気は無かった。


「お願いですから一口でも多く召し上がって下さい」


 そう泣きそうな表情で訴えられて、驚きに目を見張った。


(どうして? 私があまり食べないでいるだけで、泣きそうな顔をするの?)


 ここのお屋敷に勤めている女の人たちは、出会ったばかりの私にとても優しくしてくれる。

 いつも着替えや食事の事をあれこれと世話を焼いてくれるのだ。

 申し訳なく思っていた。

 きっと仕事を増やしているに違いないから、なるべく大人しくしていようと決めている。

 もちろん、彼女たちの意向に沿いたい。


 すっかり湯気の上がらなくなったスープを見下ろした。


 これを全部飲み干したら、彼女たちは安心してくれるだろうか。


 でも飲み干した後の体調に自信は無かった。


「どうして食事を取らない。口に合わないとでも言うのか」

「ええと。そんな事はございません。ただ、あの、こんなに豪華な物を、私が食べて良いのかと恐れ多く感じるのです」


 先に食事を終えられた、地主様の表情が険しくなる。

 重苦しいため息と共に、また何を言い出すのかと問われた。


「誰かに何か言われたのか?」

「いいえ」


 そうとしか言えなかった。言えるわけが無い。


「ならば変な遠慮などせずにしっかり食事を取れ。おまえはまず、真っ当な生活を送れるようになるのが仕事だ」

「はい、地主様」


 意を決して、恐るおそる匙を口に運んだ。

 何とか飲み込む。


「げほっ、げほっ……っ」

 やはりむせてしまった。

 クルシイ。

 情けなくて涙が滲む。


 申し訳なくて顔を上げられずにいると、背中に温かなぬくもりを感じて振り返った。

 いつも世話を焼いてくれるお姉さんが、背をさすってくれていた。

「大丈夫でございますか?」

 また、泣き出しそうな顔だった。

 慌てて頷く。


「地主様。お嬢さまは食べたくてもまだお体が弱ってらして、受け付けないのだと思いますわ。ですから、どうか無理に急かしたりはされませぬように、お願い申し上げます」

「……そのようだな」

「どうかお嬢さまは、わたくし共にお任せいただけませんでしょうか? 元気になれるような、あまい果物なども用意して参りますわ」

「わかった。任せよう」


 地主様は勢い良く立ち上がると、背を向けた。

 大またで扉の方へと向うと、出て行く前に大きなため息をつく。


「まったく、面倒な娘だな」


 本当にその通りだと思う。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 主が連れ帰ったという魔女の娘。

 森のあばら家に住んでいたという。

 そんな貧相な小娘が、地主様と同じ食事の席に着くと聞いて腹が立った。

 魔女の娘に食べさせるために、俺は料理人になった訳ではないのだ。


 痩せこけたあの娘に何とか食事を摂らせようと、女達は必死の様子だった。


 今日は私の作ったものは召し上がっただの、お礼を述べてから謝られただのとひっきりなしに意見交換をしている。


 なぜ、料理人の俺のは受け付けず、女どものならいいのか。


(きっと魔女だからあんまり高級な食事は口に合わないんだろうさ!)


 確かに女達の素朴だが愛情こもった家庭料理の方が、魔女の娘にはなじみが良かろう。


 俺の作ったものにケチを付ける魔女など、目障りだと思った。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 あ、と思って自然に頬が緩んだ。


 雨の降る気配がする。

 ふるふる、降る降る、振る振る、ふるふる。


 静かに細かく大気が揺れて、芽吹き始めたばかりの植物達が歓喜に身を打ち震わせる――。


 この感覚こそが生きているという証だとも思う。


 梢を潤わせながら、大地に染み込む。

 私の心にも沁み込む。


 すてきな目覚めだ。


 みんな私にとても優しくしてくれる。

 この静かに降る雨みたいにさり気なく、包み込むような優しさで寄り添ってくれる。

 わかっている。


 私もみんなに優しくありたい。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 今日も朝から色々と、世話を焼いてくれるお姉さんに訊いて見た。


「なぜ、私なんかに優しくしてくれるの?」

「まあ! そんな事、当たりまえですわ」

「どうして?」

「どうしてって。理由などありませんよ。それともお嬢さんは打算をお考えですか」

「打算?」

「この人と付き合うと損か得かを考えますか?」

「いいえ」


「そうですねぇ。しいて言えば人間だからだと思いますよ。そこに困っている人がいたら、誰だって手を差し伸べたいと思うものですわ」


「誰でも?」

「はい。そうですよ」

「私の事、面倒だって言ったあの人も?」

「あの時のアレは……あの方ときたらもう! そんな言い方しか出来ないんですからね。それは、」


 そこで彼女は誰もいないはずの部屋を見渡すと、声を落としてこう囁いた。


 ――それは真逆の意味ですわ。言葉通りに受け取られませぬよう。


 意味が解らなかった。


 魔女にとっての言葉は発されたそのままの意味、すなわち力を持つのだ。



『魔女っこ人の感情に敏感』


あれあれ。


厨房にもどうしようもないのがいそうですね。


お姉さんたちは魔女っこの味方です。


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