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77 スレンとフルル

 

 私はおばあちゃんの部屋に閉じこもって、泣いた。


 地主様が私の事を置いて帰ってくれる事を期待して。


 じっとして息をひそめる。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:



 すまなかった、許してほしい、出てきてくれないか、喉は乾いていないか、腹は減っていないか、何か言ってくれないか、という事を繰り返し繰り返し、順繰りに言われた。


 それでも黙ったまんまでいた。


 どうしようもなく泣きすぎて、声を出す気にもなれなかった。

 すごく、疲れる。

 地主様と一緒にいると、予測のつかない感情の嵐に放り込まれるから、すごく疲れる。

 それだけじゃない。

 すごく、胸が痛くなる。切ないなんてものではない。

 見えない剣でめった切りにされたも同然に感じる。

 だから。

 もう、嫌だ。


 地主様もそのうち嫌気がさして、置いていってくれるに違いない。

 そう、踏んでいたのだが、思ったよりも地主様は辛抱強かった。

 言葉を発さなくなったが、一向に立ち去る気配がないのだ。


 ずい分時間が経ったはずだ。

 さて、どうしたものかと考え始めた頃に、スレン様まで加わったのだ。


「フールールー! レオナルは死ぬほど反省しているみたいだから、許してあーげーてー!」


 ドンドン・ドンドンと扉を叩く音で調子を取りながら、スレン様は繰り返す。

 すごく辛抱強く何度も何度も。

 いつもの軽い調子でありながらも、そこにはどことなく真剣さも感じられた。

 何にせよ、この方から感情らしきものが伝わってくるのは珍しい。


 意外にも心配してくれているようだ。


「……。」


 そろそろと扉に近づく。

 この扉の向こうから、心配そうな気配が二つ私をうかがっている。


「もう! レオナル、何やったんだよ? 黄昏(たそがれ)ている場合じゃないだろ」

「俺が大きな声を掛ければカルヴィナを怯えさせてしまう」

「ああ、そう! そうやっと学べたのはレオナルにしちゃ、殊勝な事だ。そうやってカルヴィナ自ら出てきてくれるまで待つつもりなんだな」

「そうだ」

「どれくらい経つのさ?」

「朝方からだな」

「今はもう夕刻だ! 充分待っただろう! そうやって気配を殺して、息を潜めて根競べかい?」

「まあ持久戦だな」

「いい加減にしてくれ! お前、勤めを放棄する気か! 俺の立場が無くなるじゃないか」


 そちらの心配か。

 いくらか肩が落ちる気もしたが、スレン様らしくてほっとする。


 より一層、焦りを込めて扉を叩かれた。


 ドンドン・ドンドン・ドンドン!


「フールールー! 勘弁してくれ。レオナルは大事な勤めがあるのに、俺に押し付ける気満々だよ!」


 それはいくらなんでも、いけない気がする。

 地主様の足を引っ張る何て、さすがに申し訳ない。


「フルル! 出てきてくれないとレオナルの奴は、絶対、動かないよ。それで後からリディアンナとジルナ様から死ぬほど責められるよ! だから、許してやって――!!」


「レオナル! お前もどうにかしろ。焦れ! 焦りを見せろ! せっかく築き上げてきた信頼を失う気か?」

「カルヴィナの信頼なら、もう失っている」

「そっちもそうだけど! そうじゃないー!! 神殿の護衛騎士団長が不在で済むか」

「オマエがいるだろう」

「~~っ! 助けてフルル! 頼むから、出てきて一緒に帰ってやってくれ。今、神殿の方も大事な時なんだよ。それなのに、レオナルの奴、お飾りの立場の僕に重労働を押し付けるんだよ」

「オマエにも自覚はあるんだな。だったら飾りの立場らしく、たまには必死で取り繕って場を持たせてみろ」

「八つ当たり反対!」


 扉の向こうでは、スレン様と地主様の言い争いに移行していった。


 今聞いたスレン様の話しは切羽詰っていた。

 とてもじゃないが嘘だとは思えない。


「……。」


 せっかく築き上げてきた信頼を失う?

 地主様が私に構っていたせいで?


 そんなことは、あってはならない。

 地主様ご自身が何よりもご存知だろうに。

 いけない! これ以上、意地を張っている場合ではなさそうだ。


 震える指先で錠を外す。

 カチャリと控えめな音が響いた。


 恐る恐る扉を押し開ける。


「フルル!」

「カルヴィナ」


 何て素早い動きの出来る人たちなのだろう。

 思わずまた扉を閉めかけたのだが、許されなかった。

 スレン様は手どころか足まで隙間に挟み込んでいたからだ。

 そこに地主様も加わっては、もう何の抵抗も出来なかった。

 地主様が大きく扉を開け放つと、支えを失ってよろめいてしまった。

 すかさず、スレン様に腕を掴まれ引き寄せられる。


「フルルー! 捕まえたっ。捕獲っ! ……睨んでも代わってやらないよ」


 一瞬もがいて助けを求めそうになったが、それもどうかと堪えた。

 空をさ迷わせた腕は、スレン様に縋らせる。

 ぎゅ、と強くスレン様の袖口を引っ張った。

 あんまり密着しないで欲しいという抗議を込めて。


 スレン様の影から地主様と目があった途端、一瞬で体が強ばった。

 怖くなって、すぐ視線をそらしてしまった。

 また胸が痛くなる。


 スレン様はそんな私を庇うように抱き込んで、地主様の視線を遮ってくれる。


「フルル? 一体、何があったんだい。レオナルに虐められたのは間違いなさそうだけど」


 こっそり尋ねられた。

 声をひそめて答える。


「杖……折られて、投げつけられたの」


 何とか声を絞りだして、そう短く訴えた。

 ただ、それだけだ。

 再び涙がこみ上げてしまう。


「そうか。それはレオナルが全面的に悪いね。よしよし、怖かったろう」


 大きな手が頭を撫でてくれる。

 初めてあった日にされた、飼い犬のケインとやらにするのとは、ちょっと違う手つきだった。

 どうしたのだろう。

 スレン様が優しくて気味が悪い。

 それでも今はこの優しさにすがってしまった。

 胡散臭く感じながらも。


 私を見せないようにしながら、スレン様は怒鳴った。


「レオナル――!! フルルにとったら杖は自分の足なの! それをそんな風にされたら、自分を痛めつけられたと思うにきまっているだろう! 謝れ」


「ああ。カルヴィナ、すまなかった。おまえの口からあの男の名を聞いて、つい……。カッとなってしまった。許してくれるか?」


 その声はすごく静かだった。

 静かすぎて深く沈み込んでいくかのよう。

 地主様は深刻なまでに悪いことをしたと、思ってくれているのが伝わってくる。


 そっと窺うと、目があった。


 その様子がまるで、叱られている時の彼の猟犬に見えてしまった。

 それも盛大に雨に打たれた上に、なおかつ怒鳴られた後みたいなうなだれ具合だ。

 いつもの堂々とした地主様のお姿に変わりはない。

 でも醸し出される雰囲気が淀んで暗い。


 急に罪悪感を覚える。


「カルヴィナ?」


「……はい」


 ただ、頷いて何とか声を絞り出す。


 とたんに立ち込めていた暗雲が晴れたかのように、地主様の表情が明るくなった。


 その事に安堵する自分もいる。

 何だか肩の力が抜けた。


「よしよし。仲直りだね」

「スレン。もう離してやれ」

「まだ、ダメ」

「離せ」

「ダメ」

「返せ」

「ダメッたらダメ」


 スレン様は断固として譲らなかった。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


「しかしフルルはやるねぇ。あのレオナルが形無しだよ」


 間延びした声に感心が含まれている。

 それに合わせるかのように、軽快に進む馬の足音が、また妙な調子をつけた。


「君の出した条件を呑んで大人しくしているものね。あの、独占欲の塊がさぁ」


 あの、でスレン様は顎をしゃくって、後ろを示した。

 少し離れて地主様も馬に乗り、私たちの後に続いている。

 私は身を乗り出す訳にもいかず、ただ追いかけてくる蹄の音でそれを確認するだけだ。


「……。」


 条件なんて出した覚えがない。

 ただ、地主様と一緒に戻るのは嫌だと言っただけだ。


 どう答えようもなくて、微かに首を横に振ってみたり曖昧に頷いてみたりした。

 そのまま首を傾げてもみた。


 どうして私はスレン様と一緒に馬に乗っているのだろう?


 ほんの数刻前までは思いもしなかった状況だ。


 頭を動かし過ぎた。

 ずれ落ちたショールをかぶり直す。


 地主様とはまた違った大きな手が、私を抱え直す。

 その手の持ち主をそっとうかがった。


 線の細そうなスレン様だけど、やっぱり男の人だなって思った。


「ん? 何なに? フルル。僕に見とれちゃった?」

「いいえ」

「何だよぉ」


 即座に答えると、ふてくされたような返事をされた。


 スレン様の馬は白馬だ。

 何でも「僕の持つ印象にピッタリだから」だそうだ。

 よく理解できないが、確かにそうだなとも思える部分はあった。

 ただし、黙って真面目なお顔をされていれば、という条件付きでだ。

 つくづく残念な気がする。


 そう思ったがわざわざ伝える訳もない。


 黙って終わらせようとしたら、スレン様はにっこり笑った。


「フルルの目は口ほどにモノを言ってくれるね」


「……。」


 何だろう。

 今の笑い方は、あの初めてあった日に見た笑い方そのままだった。

 背筋がざわざわしてきた。


「ふふ。やっぱりフルルは僕たちと一緒においでよ? ね。それがいい」


 そう一息に言い切ると、スレン様は腕に力を込めて私を抱え直し、馬の腹を蹴った。


「はっ!!」


 体が大きく揺れて、風が強くなる。


 はははと豪快に笑い声を上げながら、スレン様は馬を疾走させるべく体勢をとったのが分かった。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


「スレン!? 待て!」


 異常に気が付いた地主様が、大声で呼び止める。


「よしきた! 振り切ってやろう」


 そう宣言した通り、スレン様はより一層早く馬を走らせた。


『スレンと逃避行。』


そんな始まりです。


スレン、どこまでも自分勝手。


地主よ、頑張って挽回してください。


このセリフも何回目でしょうか。

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