76 カルヴィナとレオナルと仲介役
少々、乱暴なシーンがございます。
肩を揺すぶられる。
ますます身を小さくして、固く目蓋を閉じた。
「カルヴィナ。カルヴィナ。悪かった。言い過ぎた」
「?」
「おまえをいじめすぎた。悪かった。責めたのでも怒った訳でもない。だからそんなに怯えないで欲しい。許してくれ」
勢い良く抱き起こされる。
慌てたように幾度も背中を撫でられた。
そろりと目蓋を持ち上げる。
そこでやっと自分がガクガクとおかしいくらい震えながら、涙を流している事に気が付いた。
色々と驚きすぎて、訳が分からなくなってしまっていたようだ。
「悪かった。おまえの気持ちのこもった腕輪はありがたく受け取った。大事にする。だからおまえに無茶させたい訳ではない。俺が急ぎすぎたのだ。悪かった。許してくれるか?」
そう優しく何回も謝りながら、頭を撫でてくれた。
私が落ち着くまで、ずっと。
「地主様、あの、もう大丈夫ですから謝らないで下さい」
「カルヴィナ」
「服を着たいです、地主様」
そう訴えると、地主様は椅子の背に掛けてあった私の服を取ってくれた。
それだけではない。
さも当たり前のように、私の腰に手を回して持ち上げようとした。
その意図に焦った。
「地主様。あの、自分で自分の事くらい出来ます」
「巫女の衣装も自分で脱げなかったくせに?」
唇の端を持ち上げて、地主様は笑みを浮かべながら言う。
どうやら本気で責められた訳ではなさそうだ。
からかわれたのだろうか。
「ええと。それは申し訳ありませんでした。地主様がたたんで下さったのですよ、ね?」
「そうだ」
「う……。」
よく見れば、巫女の衣装の上に置かれているのは、神様の面だ。
白い布地の上には、闇色が鎮座しているように思えてしまう。
何だろう。
どうしてこんなにも居た堪れなさが増すのだろう。
腕や胸元の筋肉の盛り上がり方に、なるほど私など簡単に持ち上げられる訳だと納得する。
厚みのある体はそれだけで威圧的に感じるほどだ。
腕だって私の脚以上に太い。
どうりで逃げられないはずだ。
男のヒトのカラダ、だなって思った。
改めて落ち着いてみたら、急に恥ずかしくて仕方がない。
頬が火照ってしまう。
きっと耳までも真っ赤だろう。
側に落ちていた服を引き寄せて、体を隠すようにしながら、地主様をうかがった。
「着替えますね、地主様」
「ああ」
なかなか出て行ってくれないので、まだ何か言いたいのだろうかと首を傾げた。
「あの、着替えくらい一人で出来ますよ?」
「……ああ。悪かった」
地主様が扉を閉めてくれるまで、動かずに見守っていた。
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それから二人ともちゃんと服を着て、静かに食事をとった。
焼いたお魚と、残っていたパンとで。
魚は地主様が私が寝ている間に、仕掛けた罠を引き上げたそうだ。
いつのまにかそんな事までこなしてしまう地主様は、やっぱりすごいと感心してしまう。
せめてと食後のお茶をいれようと立ち上がると、やんわりと制された。
「杖が無いだろう? 大人しくしていろ」
確かにいつも使っている物は見当たらなかった。
広場に忘れて来てしまったのだ。
後で取りにいかなければ。
そう考えながら「いいえ」と、首を振って見せた。
少しだけ歩いて、暖炉の脇に立てかけて置いた予備の杖があるのだと見せた。
私の手に刺が刺さってしまわないようにと、丁寧に持ち手の部分が削ってある。
それでもいくらか手応えが有りすぎて、掴みにくいのだが、うんと頑丈な太さの杖ではある。
私はこれで一人で動けるのだと主張する。
「予備を作って貰ったのです」
「作って貰った?」
「はい。ジェスに」
頷いて答える。
その間に、体が浮いて椅子に腰掛けさせられていた。
「え? え!?」
何事かと目を見開く。
気が付けば手にした杖は地主様の手にあった。
返して欲しいと、手を伸ばしたが無視された。
一体どうしたというのだろう?
そんな風に怯えていたら、耳慣れない音が響いた。
――ベキィ!
地主様は私に構うことなく、自身の腿を使って杖を真っ二つに折ってしまったのだ!
そこにためらいは微塵も感じられなかった。
しかもその二つを勢い付けて、放り投げられてしまった。
暖炉の側に置いてある、薪の上にと。
カラン……カラン……。
無残な形となった杖が、積み上げた薪から滑り落ちて行くのを見ていた。
何が起きたのだろう。
一連の動きを目で追っているうちに、視界がみるみるぼやけてきた。
地主様と目が合う。
「カルヴィナ。あの男、」
「っ、ぅ、わぁぁぁぁん!」
私はかつてないほど大声上げて、泣き出してしまった。
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扉を閉める音が聞こえた。
やたらに響く靴音も伴う。
――あれ? せっかく無事にお祭りが終わったっていうのに、何だって深まってるわけ? 絆じゃなくて溝が。
――うるさいぞ、スレン。
――あー。レオナルが悪いんだろ。また突っ走っちゃったから、フルルがついて行けなかったんだ。あーあ。
そんなやり取りが扉の向こうから聞こえてきた。
「フールール! 聞こえてるんでしょ?」
「……。」
ドンドン・ドンドンと、扉が絶え間なく叩かれ始めた。
「フールールー! いい加減、機嫌を直して出てきてあーげーてー!」
ドンドンと強く叩かれるから、振動が伝わって私を落ち着かなくさせる。
扉に寄りかかるのを止めて、距離をとった。
そのまま、じりじりとお尻を引きずるようにして、部屋の隅に逃げる。
地主様は口ではああ言っていたが、本当はとても怒っていたのだ。
だからああやって、杖に怒りをぶつけたに違いない。
本当は、杖じゃなくて、私のことをああしてやりたかったに違いない。
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
それしか感じられなくなった。
「フールールー! レオナルはとっくに降参しているから! 頼むから、出てきてあげてよ」
「……。」
返事も出来ないまま一人、首を横に振り続ける。
扉を叩く音は止まなかった。
スレン様の割には、意外としつこい。
『レオナルの株が、また下降の兆し。』
本当に何してくれるんだ、この男。
怒りに囚われて何もかも台無しにするタイプ。
仕事じゃ抑えがきくのになあ。
魔女っこは大きな音や、乱暴な動きが怖くて仕方がない。
――猫だ!




