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75 カルヴィナとレオナル

 

「おは、おはよう、ございます。じ、ぬしさま?」


「レオナル」


 ただ一言をきっぱりと。


 何だろう。

 昨日の事は幻か何かでは無かったのだろうか?

 そう。

 お祭りの独特の空気に浮かされた熱が見せる幻。

 そんな期待も一気に消し飛ぶ一言だった。


 ギロリと表現するに相応しく見下ろされ、全ての感覚も思考も麻痺してしまう。

 身体を支配しだすのは恐怖だ。


 彼から放たれるのは、不機嫌さの混じった威圧感としか表現できない。


「……っぅ、ふぇっく」


 思わず情けない声が漏れた。

 どうして私は頼りない下着姿一枚で、地主様は上半身裸なのだろう?


 それだけでも異常事態だと認識するのに充分だった。

 恥ずかしいのと怖いのとで、思わず身を隠したくなって掛け布を引っ張り上げる。


 だがそれよりも地主様の動きの方が早かった。

 後ろから羽交い締めにされてしまう。


「っあ!」


 最初は悲鳴が押し出されるほどに強く、たくましい腕が私の身体に巻き付く。

 やがてゆっくりと加減され、息苦しさは薄れた。

 それなのに。

 苦しさからは解放されたはずなのに、私の胸は軋みを上げている。


 何も身に付けていない部分の素肌が触れ合っている。

 そこから伝わってくる熱は、地主様の持つもの。


「地主様」

「レオナル」


 首の後ろに押し当てられる柔らかさに、不自然なほど体が跳ねた。


 胸が痛いくらいに早打つ。


 ちりっとした痛みに、何事かと身体を捩って地主様を見ようとした。

 でも密着しすぎているせいで、それはかなわない。

 やがてその小さく焼け付くような痛みは引いた。

 でも、微かに痛みを覚える。

 それはまるで指先に火傷を負った時に似ている。

 火から手を引っ込めて水で冷やしても、どうしたって肌に痛みは残る。

 それに似ていた。


 同じ痛みが胸元に居座っているのに、今更ながら気が付く。


 この感覚が小さいながらも無数に、散らばっている事に私は怯えるしかなかった。


「地主様、あの」

「……。」

「ん、やっ!」


 今度は何も言われなかったが、また同じように首筋に痛みを与えられた。

 レオナル。

 そう名を呼べと無言で責められているに違いない。


「放して下さい、地主様」


「……。」


 答えは返らない。

 地主様の唇が項から肩へと滑る。

 少し、ちくちくするのはきっとお髭だと思う。

 また、伸ばされるのだろうか。


「じ、」


 ふいに体が浮いて、向き合わされる。

 苦しそうな光をたたえた瞳とかち合う。

 何事かと驚いていると、そのままゆっくりと横たえられてしまった。

 陽の光で温められた寝床から、細かなチリが舞うのが見えた。

 心地よさを感じて、眠気に引き戻されそうになる。


 右の肩を大きな手で押さえ付けられて、顎を捉えられた。

 強引ではあるものの、乱暴にではない。


「カルヴィナ。どうして名前では呼んでくれないのだ?」

「どうしてって……。恐れ多いからです」

「恐れ多いとは何だ?」

「地主様が地主様だからです」

「それがどうした? 昨晩はあんなに呼んでくれたではないか」


「わ、忘れて下さいっ!」


 そういえば、と一気に夜更けの事が思い出される。

 ただならぬ雰囲気に流されて、怖さのあまり根を上げたのだった。

 きっとお酒も少し入っていたからだと思う。

 でも、今は違う。

 ちゃんと身をわきまえねばならない事くらい、心得ている。

 お祭りはもう、終わったのだ。

 乙女に焦がれる森の神様も、彼を想う巫女の魂も、森の奥深くへと帰っていったはずだ。


 だから、この胸に居座り続ける想いはきっと、彼らの名残に違いない。


「カルヴィナ。おまえは俺に腕輪を贈ってくれた。赤い石の。そうだろう?」


 地主様に腕をかざして見せられる。

 これがその証拠だ、と言わんばかりの勢いだ。


「はい」

「だったら、何故そう頑なに俺を拒むのだ?」

「拒む?」

「そうだろう。俺にはそうとしか思えない。おまえは身も心もこの腕輪に託して、俺に差し出してくれたのでは無かったのか?」

「……?」


 どうしよう。

 また、地主様の言っていることが解らない。

 でも理解しようと頭をひねった。

 昨日スレン様から言われた言葉も参考にするならば、私は地主様に自分自身を丸ごと差し出したということになるのだろう。

 それがどういう事なのか、はっきりとは知らない。

 でも朧気でも自分がどういう状況に直面しているのかくらい、知っている。

 もしかしたら、とも思い当たる。


「えっと? どうぞ地主様の、気の済むようになさって下さい」


 覚悟を決めて目をつぶった。


 赤い石の意味するところは、乙女の純潔――純血。

 血肉を捧げようとした乙女を見習ってのものが、赤い石で表すとなったのだそうだ。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


「今晩は地主様は遅くなるから、夕食はいらないそうだよ」

「そうかい。伝えておくよ。何だい、地主様は夜のお仕事(・・・・・)のために、町にでも繰り出すのかい?」

「およしよ! 全く! 地主様の事をそんな風に言うもんじゃないよ」

「なんでぇ。地主様だって立派な男だ。いっくら澄ましていようとも、時には必要なはずだぜ。オンナがさ。せっかく手に入れた大魔女の娘っ子じゃあ、まだまだ相手は務まらないだろうしなぁ……って! 痛ぇ! ぶつなよ!」

「お黙り!!」


 地主様のお屋敷で、そんな話しを聞いてしまった事がある。

 でも今にして思えばそれは、少しだけわざと大きな声で言われていたのかもしれない。

 私の耳にも届くように。


 地主様も男の人。

 だから女の人が必要な事がある、という事だろう。


 きっと、私はそういうものの対象としてはあまりにも子供すぎて、不向きなのだという事を言われていたのだと察した。


 当然だと思う。


 たいして魔女の力も発揮できず、だからといって地主様を慰める事も出来ない。


 何のためにここに居るのだと問われていたのだ。


 私は足りない税金の分、役に立たなければならないのだから。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 だったら私も乙女にならって、自分自身の血肉を差し出そう――。



『足りない知識でもって明後日方向の答えを導き出すよ、魔女っこ』


もう~この子は恋愛初心者ですから。


そこの所、頼みますよ、レオナル。


※ アルファポリス様のファンタジー大賞にエントリーしています。

 

どなたか存じませんが、応援ありがとうございます!


ありがたや~ありがたや~!


頑張ります!

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