74 レオナルとかつての神様役
時間はちょっと戻ります。
レオナル目線。
「さあ、命の水だ」
アラクエア・ヴィータエ。
古語と今の言葉が入り交じった不思議な調べを持つ言葉の意味するところは。
酒である。
確かに水分には違いない。
「いや、あの娘には純水が必要なのだが」
「だからこそ相応しかろうよ。この命の水が」
「いや……。あれはあまり酒に強くない」
「旦那。」
ぽん、と軽々しくありながらも、嫌に重々しく肩に手を置かれる。
「こいつこそが、旦那と娘っ子に必要な水に違いなかんべ!!」
――こいつは酔っぱらいだ。
そう素早く判断して、くるりと背を向けた。
リディアンナも同じく倣う。
「ま・ま・ま・まあ! 待っておくれよ、旦那!」
とりなすように独特の軽い口調で呼び止めてくる。
男はしつこかった。
何だろう。初対面のはずだが。
いつぞやの酒場でのオヤジ共が浮かぶのは何故だろうか。
夜空の下にあってさえ、主張してくる赤毛な所がまた……。
「リディ。先に戻っていてくれ」
「はい、叔父様。私も少し、お祭りの輪に加わってもいいかしら?」
「ああ。ここで見ている」
姪っ子を遠ざける。
リディアンナは素早く俺の意図を汲み取って、身を翻していた。
「賢いお嬢ちゃんだなぁ。アッシらに気を使ってくれたんだな」
そうしみじみ呟きながら、背を見送っていた。
「俺は長い事、祭り行事に参加しているが今日もまた感動した。ああ、いいなぁ、若いっていうのは!」
「そうか。それは何よりだ。連れを待たせているのでこれで失礼する」
「だから待ってくれ、旦那。前振りが長くて悪かったよ。巫女役の魔女っこはもちろんの事、神様役の旦那の姿に俺は……! きゅうぅんとこう、胸の当たりがだな!」
いい加減、解放してはもらえないだろうか。
前振りとやらはどこまで続くんだ。
「持病でもあるのか、亭主」
「ひでぇや、旦那。つれないにも程があらぁな」
「前振りはここまでだ。さあ、これを旦那の嬢ちゃんに飲ませてやっておくんな!」
「断る。あれは酒に弱い」
「違うって旦那! これはアラクエア・ヴィータエ。すなわち命の水だ!」
「……。」
ずいと差し出された杯から立ち上る芳醇さは、間違いない。
アルコールと称されるものだ。
「強すぎる。とてもじゃないが娘の口には合うまい」
「なあに。心配はいらない。こいつにはコレで薄めるんだ! さあ、大魔女直伝の薬を漬け込んだ砂糖水だ! 今夜を迎える無垢な娘っこ達とその相手のための、薬効たっぷりだぜ」
手際よく杯に砂糖水を注ぎ足すと、男は杯をずいと差し出してきた。
まじまじと男を見下ろす。
太い眉は下がり気味で、いかにも人の良さそうなオヤジだ。
その顔は酒のせいか赤らみ、まるで締まりというものがない。
「おおっと。旦那みたいな伊達男にそんな風に熱心に見られちゃ、たまらんね!」
(ばあさん。何を伝授してやっていたんだ)
心の中で問いかける。
「旦那。お嬢ちゃんから腕輪を貰ったんだろう」
「ああ」
「しかも! そいつは野郎共が恋焦がれる赤い石飾りだ。ってぇ事はだ」
俺の腕を引き、腕輪に触れようとしたので振りほどいた。
これは誰にも触らせたくない。
カルヴィナ以外には。
そんな俺の様子に気を悪くした様子もなく、亭主は気安く腕を肩に回してくる。
酒臭い息から逃れようと顔を背けたが、思いのほか強い力に引き戻される。
―― 今 夜 は 決 め る し か な い ぜ 。
ざわりと血が波打って、体中を逆流したように感じた。
一点を見つめる俺に、亭主はここぞとばかりに畳み掛けてくる。
「石を贈り、それを受け取った者は森の神の名のもとにおいて、結ばれる運命にある二人だ。しかもだな、旦那は神様役をお務めくださった。お嬢ちゃんは巫女役ときている。このお役目をまっとうした二人が夫婦の契を交わすのが、ほとんどどだ。何を隠そうこの俺と、母ちゃんもそのうちのひと組みだ」
俺の中で何かが弾けて、結びついた。
何だ。
そうか。
食っていいのか。
むしろあれは今にも食されるのを待っている、熟れかけた果実そのものではなかろうか。
まだ花開いたばかりのような瑞々しさでもってして、虫や鳥を誘うような。
その薄く開かれた花弁を味わうべく舌を差し入れてみれば、甘く酔わせる。
だが花は、そのままでは花のままだ。
誘われた虫や鳥の力を借りて、身を結ぶものだ。
まだ幼さを残した心と体では、確かに何かの手助けが必要だろう。
どこのオヤジとも分からぬ、ましてや初対面の男の押し付けるままに、杯を受け取っていた。
二つ。
右手に受けた杯はその場で呷った。
カルヴィナから贈られた赤い石が光る。
「おお! 旦那、応援しているぜ」
何だ。
そうか。
食っていいのか――。
妙にそう確信していた。
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俺の不埒な想いに勘づいたのか、カルヴィナは震えていた。
それとも。
これから迎えるであろう、二人きりの夜を思って身を震わせているのか。
スレンを睨めば、知らばっくれるかのように視線を逸らされた。
「遅いよ、レオナル。待ちくたびれたじゃないか。ところでリディは?」
「何を言う。ほんの少しの間だったぞ。――リディなら子供たちと一緒だ」
更に視線で問い詰めたが、スレンはおどけたように肩をすくめて見せるだけだった。
「待たせたな、カルヴィナ。くたびれたんだろう。これを飲んだら横になれるよう、戻るか?」
跪いて覗き込めば、不安そうな瞳がおずおずと見つめてくる。
間違いない。
スレンが余計な事を吹き込んで、カルヴィナを怯えさせたに違いないと確信した。
だがそれも、このアラクエア・ヴィータエにかかれば身の内に沈み、新たな熱源と成り代わってくれるだろう。
心の中で亭主に素直に感謝した。大魔女にも。
全部を飲みきる前に、カルヴィナは杯を落としてしまった。
だが僅かだが口にし、それはカルヴィナの喉を潤しながら、体の奥深くへと染み渡っていったはずだ。
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その証拠に、先程よりも口調が格段に甘くなった。
「ん、んっ、……いや、なの。あ……レオナル様ってちゃんと呼ぶから、怒らないで」
「いや、レオナル様。服くらい自分で脱げます」
「私はそこまで子供じゃありません」
あまりにも可憐な様子と、およそいつものカルヴィナらしからぬ大胆とも取れる言動に、心が乱される。
自分は子供じゃないと言い張るカルヴィナがいじらしく、愛しさが募るばかりだ。
子供じゃない。
だったら大人とみなして扱ってくれと言うことだろう。
俺はすっかり気を良くして、柔らかな肢体を支配する事だけを考えた。
思う存分味わい、酔いしれて行く。
体中に貯まる熱を持て余しながら、甘く香る肌に夢中になって印を付けた。
明朝、その赤い刻印を一緒に数えてやろうと思いながら。
やがて甘く痺れさせるような悲鳴が、穏やかな寝息に変わって行く事に耳を疑った。
「おい?」
「……。」
返事はない。
「俺を殺す気か」
揺さぶってみたが、やはり反応は無くなっていた。
煽るだけ煽られて勢いを増した炎は、燃やし尽くすべく次々と求めているのに――。
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寝込みを襲っても面白くない。
第一、カルヴィナを悲しませるだろう。
とんでもない忍耐を強いられながら、迎えた朝日は無情に思えた。
無慈悲までとさえ。
大魔女の乾いた高笑いが、風にのって聞こえてきそうだ。
「カルヴィナ。昨晩は無茶をしたものな。よく眠っていた」
意地悪く、含みを持たせて言い放つ。
所有の証を強調するためにも、カルヴィナの意識が覚醒した今がその時だ。
慌てて掛け布で身体を隠そうとするカルヴィナを、腕の中に捕らえた。
『なんだ。食っていいのか』
じゃ、ありませんよ、レオナル。
カルヴィナ、好き勝手に言葉の意味が変換されていたよ! また。
あんまり書くと生々しさが増しそうなので、この辺で切り上げ。
※ アルファポリス様のファンタジー大賞に、エントリーしてみました!
ひいいいいいいいいい!!
作者にしては思い切りました。
頑張りきるために。
応援よろしくお願い致します!
選挙運動に参加する政治家みたく、声を張り上げてみることすら、
ドッキドキです!! ひいいいいいい!!