73 魔女の娘とレオナル
地主様に抱えられて、そっと下ろしてもらえる瞬間が好き。
――好き。
あふれる気持ちのままに、少しだけ勇気を出してみる。
ありがとうございます、という気持ちも。
それらを地主様に抱きつく腕に託す。
ぎゅっと力を込めると、大きな手が背中を撫でてくれる。
まるで壊れやすいものに触れるみたいに感じるから。
大切にしてもらったという錯覚に浸る事も出来る。
最初の内は恥ずかしいという気持ちが強くて、素直に地主様を頼る事が出来なかった。
「疲れたな? もう横になって休め」
何度かあやすように頭から背を撫でられてから、身体を横たえてくれる。
大きな手。
私の頭だって一掴みに出来てしまうほどに。
ミルアと一緒に怒られた時を思い起こして、少し笑ってしまった。
地主様はなんだかんだといって、私を子供扱いするのだと思う。
何だか暖かなものにくるまれているような、そんなふわふわした気持ちになってしまう。
こんな気持ちのまま、眠りに落ちていけたらさぞや良い夢が見られるだろう――。
そう思いながらも、まどろみに身を任せる訳には行かない事に気がつく。
「地主様?」
「レオナルだ、カルヴィナ」
「あの、巫女の衣装がシワになってしまいますから、横になる前に着替えます」
「そうか。それもそうだな」
「はい」
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シュス、とわずかに空気を切る音が、耳元を掠める。
肩紐が解かれたのだと知る。
もう片方も。
腰に巻き付けられた飾り布も緩んで、楽になった。
背中に回された指先が、身体を締める衣装の紐を難なく探り当ててしまった。
僅かに持ち上げられて体が浮く。
あまりに流れ良く進む手際の良さに、しばらく惚けていた。
「じ、じぬしさま……? なに、を?」
そこまで子供だと思われているのだろうか?
「地主様?」
柔らかく押し止められながら、疑問を口にした。
「レオナルだ」
そう間近で囁かれると、反論ごと塞がれた。
地主様の、唇で。
そう呼ぶ心の中でさえ見透かされたように、強く押し当てられてはひとたまりもなかった。
「や……!」
思わず漏らした悲鳴すら、飲み込まれてしまう。
熱くて柔らかい感触に侵食されて行くかのよう。
さっきもやぐらでされたのと、同じようにされる。
絡め取られて、執拗に嬲られる。
こわい。
どうして名前で呼ばないと怒られるのだろう?
聞きたいことがたくさんある。
自分自身にも。
す……き?
ほんとうに?
自分に問いかけてみる。
涙がこぼれ落ちた。
――苦しい。
逃れようとしても、許されなかった。
余計に深くを許してしまう結果になるだけだった。
「ん、んっ……ぁん」
切れ切れに漏らしてしまう声が自分のものだなんて信じられない。
しびれ始めたのは体だけじゃない。
思考もだ。
暖かいだけじゃない。
同時に熱さも感じる。
息が乱れていたのは私だけじゃなかった。
暗闇の中、肩で息をしながらどうにか訴える。
「じ……レオナル様。服くらい自分で脱げます。私、そこまで子供じゃありません」
痺れを起こした舌では、うまくろれつが回らない。
それでもなるべく、毅然と言い放ったつもりだ。
紐という紐は解かれ、胸元まで引き落された衣装をどうにか引っ張る。
これ以上引かれたら、ただでさえ凹凸に乏しい私の体が曝されてしまう。
例え暗闇にあっても、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「カルヴィナ。お前は俺を殺す気か?」
「そんな事、あるわけありません。地主……レオナル様」
どうして地主様と呼ぶと怒るのだろう。
どうしても今までの癖で、地主様と呼んでしまう。
そもそもレオナル様と呼ぶなんて、恐れ多い。
何もかもひっくるめて意思表示するつもりで首を横に振った。
暗闇であっても間近できつく、見下ろされているのを感じる。
胸が痛いくらい忙しい。
やがて重々しいため息がひとつ降ってきて、首元を掠めた。
身体にかかる圧迫感が増す。
「やぁ、じ、ぬし様!」
首筋をかすめ続けていた柔らかな弾力が、押し当てられながらゆっくりと移動してゆく。
首筋から鎖骨、胸元まで通って、また首筋へと戻ってゆく。
「くす、ぐったいです。っ、あ、痛」
くすぐったいと抗議した途端、耳たぶを噛まれた。
わずかであっても、それはチリチリとした熱さを私に残した。
「やあ、レオナル様、レオナル様って、ちゃんとお呼びしますから。怒らないで」
どうしても逃れたくて、必死で彼の名を呼んだ。
「レオナル様、レオナル様、いやなの、レオナル様……!」
幾度も泣いて訴える。
地主様は答えてくれない。
ただ、同じように唇が胸元と首筋を行き来するばかりだ。
そして時折、耳たぶを噛まれる。
だがそれも、最初の時ほど強くはなかった。
甘噛み。
きっとそれだと思い当たった。
そうこうするうち、つつまれている心地よさに眠気に襲われ始める。
身体に力を入れていられない。
目蓋にさえも。
絶え間なく与えられる刺激すらも、私を眠りに誘ってゆく。
そうして全身の身体から力が抜けていった。
「カルヴィナ。おまえはやはり俺を」
――殺す気か。
うとうととまどろみ始める中、苦しそうな呟きを聞いた気がする。
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差し込む日の眩しさに、目が覚めた。
そっと身を起こしてみると、下着一枚でいた。
その事に違和感を覚える。
寝るときにはこれが普通だ。
何も特別な事はないはず。
そう無理やり自分を納得させてみても、違和感はぬぐい去れなかった。
「ん……。」
まだ少し寝たりない気がする。
体がだるい。
それでも起き上がった。
椅子に丁寧にたたまれていたのは、巫女役の衣装だった。
そこで全ての記憶がつながる。
確か昨晩は、地主様にここに運んでもらった。
それで……それから……?
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「目が覚めたか」
急に声を掛けられて、驚いて振り返る。
そこでもっと驚いて固まる。
そこには上半身裸の、レオナル様が立っていた。
『セーフでしょうか。』
アウトでは無いと思います。色々と。
な ん の は な し で し ょ う か 。
カルヴィナ、今ひとつズレている。
レオナルは色々と堪えたハズです。多分。