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71 魔女の娘と色男

 

 空間がこの場だけ、異常なまでに静まり返った。


 先程まで絶えず聞こえてきた音楽も雑踏も遠いのではない。

 ここまで届かなくなった。


 一体この人は何をしたのだろうかと、問いただすように見上げた。


『あれあれ。惚けるのはまだ早いよ。フルル』


 ぐいと引き寄せられた手のこうに口づけを落される。

 思わず引いた。

 でも無駄だった。

 あたたかく柔らかい感触が押し当てられる。


 怖い。


 椅子に腰掛けたまま、身体ごと引いて丸めるようにした。


『もう。ちょっと結界をはっただけだよ。誰にも邪魔されたくないからね。だから、そんなに怯えなくたって大丈夫だよ。何も取って食ったりしないから。……レオナルと違って』


 努めてなのか、軽い口調で言われた。

 それでも最後の方に付け足された言葉は、何やら重みがあったのは確かだ。

 ますます怯む。


 情けない表情で見上げていたのだろう。

 スレン様は吹き出した。


『本当にそんな顔しないでよ。やっぱり、どうにかしてやろうかって思わせるよ?』


 前に似たような事を、レオナル様にも言われてしまったことがある。

 きっとあんまりビクついていると、相手に対して失礼になるに違いないのは解る。

 でも、そんな顔というのが、どういうものを指して言っているのかは解らなかった。


 強ばった身体のまま、スレン様を見つめた。


 ふ、とスレン様がゆったりと笑った。

 闇の中、微かに届く炎の明かりを頼りに見ても、この方の髪も瞳も輝いている。

 どこか懐かしいという感情さえ湧いてきて、不思議と少しだけ緊張を緩める事が出来た。

 それは森の深い色合いを思わせる、眼差しのなせる技だろうか?


『そうそう、フルル。わかってくれたみたいだね。お利口サン?』


 からかうように。それでいて嬉しそうに。

 そんな歌うような調子で言いながら、また私の頭をごしゃごしゃにする。


『せっかくだから、フルルとも踊ってあげようね』


 そう言い出した。


『私は踊れません』


 慌てて抗議する。


 レオナル様がしてくれたみたいなやり方で、スレン様と踊るのは嫌だったから。


『ん。だから知ってるってば』


 動じないスレン様は、ただ私の両手を取った。

 跪いて私と目線を合わせたまま、優雅に一礼すると自分だけ立ち上がる。

 そうして私と手をつないだまま、ご自身だけ椅子の周りを回った。


 時折方向を変えたり、私の手を高く持ち上げて回ったりとされるうち、思わず笑い声を漏らしてしまった。


『おや。やっと笑ったね』


 不覚にも楽しくなってしまった。

 なるべく表情を引き締めようとしてみたけれど、うまくはいかなかった。


 スレン様も気がついたのだろう。


『全く。フルルは素直でないったら』


 そうぼやかれた。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 そういえば、と気がつく。


 この方はあまり感情の波がない。

 今にして想えばそれは不自然なほど。

 おかげでさらわれることなく、自分を保てる。


 こうして盛大に触れられていてさえも、その感情は穏やかなものしか伝わってこない。


 不思議に思いながら見上げていると、スレン様はまた意味ありげに笑ってみせる。

 ゆっくりと私を四方から眺め回しながら、一周すると再び真正面に立った。

 やっぱり頭のてっぺんからとっくりと眺められる。

 緑の瞳が私の瞳と合わさる頃には、頭を撫で付けられていた。

 おそらくスレン様の昔飼っていた「ケイン」にするような調子で。


『ふふふ。かわいいね。本当にフルルは見事なカラス娘だねぇ。闇に溶けてしまいそうだよ。ああ、それとも闇から生まれた? 魔女の娘』


 本当に人を心から弄ぶような、なぶるようなモノを見るような笑い方をさせたら、この方の右に出るものはいないと思うのだ。

 この責め苦はいつまで続くのだろう。

 スレン様が飽きるまでだろうか。


 この方の感情の波が穏やかな分、良くも悪くも予想がつかない。


 仕方なく身を任せる他になさそうだ。

 そう諦めかけたその時だった。


『そうそう。レオナルの事、教えてあげようと思ったんだった!』


 そう。

 この方の抱く感情から私に対する悪いものは感じ取れない。

 だから警戒しきれない。

 いつだって私を、感情の荒波に放り込むような真似をするというのに。


 そこは何故なんだろう?

 気に入らないから?


『知りたいでしょ? 知りたいよねぇ? いつも(・・・)優しいレオナルのこと』


 頷くものか。

 せめてそれくらいの抵抗くらい出来なくてどうする。

 そう自分を叱咤して唇を引き結んだ。


『……。』

『無言は了承と受け取るよ』

『知りたくありません』

『どうして?』

『スレン様の口から聞いて知ろうとは思いません』

『あれあれ~? さっき僕の手を取ったじゃないか』

『それは、あの』

『まあいいじゃない。聞いておきなよ』


 結局はスレン様が喋りたいだけなのではないか。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


『レオナルは、ねぇ――。これが唯一の女性だと決めたら、一生を掛けてその胸の愛を捧げるぐらいの気負いがあるんだよ。その関係が成熟しようがしまいがお構いなしでそう決めちゃうんだよな。僕には理解できない思考だ。色んな女性がこれだけ居るんだからさ』


『……。』


 私にどう答えろと言うのだろうか。

 腕を大げさに広げて熱弁する彼を、恨みがましく見やった。

 スレン様は観客の関心を得たとばかりに続ける。


『だからあの年になっても独り身なんだよ。いつまで手の届かない女性(ヒト)を想って、努力し続ける気なんだろうかと気をもむでしょ。友人としてはさ。そこにフルルと住み始めたって言うから驚いた。いよいよあのヒトの事は諦めたんだなって』


『いつまでも手の届かない人……?』


『そ。身分違い。貴族のお姫様だ。ロウニア家は資産家だけど爵位も何もない。地方の一有力者に過ぎないからね。アイツはそれくらいの事で諦めたりしない。実力ならあるんだから。後はどうやってのし上がるかって話しだった。多分、僕と初めて会ったのはその頃。なぁんか身分は無いけど、あってもおかしくなさそうな奴が入ってきたって神殿(うち)は噂してた』


 遠くを見るみたいに目を細めて、スレン様は笑った。


『アイツは強いよ。強くなった。並み居るライバルに強敵たちをも蹴散らして。うるさ方の古参のじさまや巫女頭達だってものともしなかった。面白かったな。じさまやばさまの慌てふためくさまは。そうこうするうちに巫女王様直々に目を掛けてもらってさ、信頼されて騎士団の指導にまで上り詰めたんだから参っちゃうよ』

『巫女王様に、ですか』

『そうだよ~。僕も忠誠を誓ってお仕えしているお方だ。話くらい聞いたことあるでしょ、フルルも?』

『話だけなら』

『そ。そんな風に出世街道を華々しく突き進む、真面目男がレオナルって訳だ。どうするのフルル。そんな彼が今や君に夢中だよ? お嫁さんになってあげるの?』


 どうしよう。

 何を言っているのか解らない。

 と、言うよりも何故そうはっきりと断言されるのかが、解らない。


『む、むちゅう?』

『そうだよ。何をしたの。魔女の惚れ薬でも一服もった!?』

『何故そこまで話しが飛躍するのかわかりません。それに、私は魔女ですからどこにもお嫁に行けません』


『うん。そんな言葉では引き返せない所まで来ているんだよ。解らない?』

『……。』

『解らない何て言うのなら君は傲慢だよ。だったらレオナルにどうして腕輪をあげたりなんかしたの? アイツはもう有頂天だろうさ。きっと近々、君を妻に迎えたいと言い出すよ。どう責任とるつもり、フルル?』



『え? え、だって! 今、レオナル様には、身分違いの想い人がいるのだって言いましたよね?』


『言った』


『どうしてそんな話しを私にするのですか?』


『それくらい自分で考えてみなよ』



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 お互い静かに見つめ合った。

 互いの腹づもりをさぐり合う。

 きっとスレン様は彼なりに、レオナル様の事を大事に思っている。

 それだけは確かだ。

 だとしたら私のことは目障りなのだろう。だからか。

 そう考えた時だった。


『君にレオナルは相応しくないよ』


 スレン様は迷いなく言い放った。

 言われなくても知っている。

 悔しかったから、言い返してやろうと思ったが言葉がなかなか出てこない。


『私は、私ごときがレオナル様には、ふさわしいわけが無いことくらい知って……。』


『違うよ、フルル。レオナルは君には(・・)相応しくないと言っているんだ。君がレオナルに釣り合わないとか、そういう意味じゃない。君にとっては、と僕は言っている。良くても、ほんの、ひとときだ。君だって本当は知っているんだろう?』


『何故、それを、あなたが知って……?』


『なにも君を大魔女に託されたのは、レオナルだけじゃないよ。僕もだ』


 肩にかけられたマントの両端を、ぎゅっと強く握り締めていた。


『大魔女に会いたい?』


 優しく問いかけられた。

 スレン様にはおおよそ似つかわしくない、真面目な顔でのぞき込まれる。

 もちろんだ。

 思わず頷いていた。


『だったら。僕たち(・・・)とおいでよ。大魔女だって、それを望んでいたと僕は思っている』


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 ――答えは今すぐとは言わない。 時間に余裕はそんなにないけれど。


 そんな言葉で締めくくられた。

 曖昧に頷くのがせいぜいだった。


 耳に届く楽の音に、どうにか意識を現実に戻す。

 近づいてくる大きな温かさに、涙がこぼれ落ちそうになった。

 どうにかごまかそうと、強く瞬きしながら見上げた。


「遅いよ、レオナル。待ちくたびれたじゃないか。ところでリディは?」


「何を言う。ほんの少しの間だったぞ。――リディなら子供たちと一緒だ」


 呆れたようにレオナル様は仰った。


 そう。

 本当にひと時の間だったはずだ。

 でもずい分と長い時間だった。


「待たせたな、カルヴィナ。くたびれたんだろう。これを飲んだら横になれるよう、戻るか?」


 そう言いながら私に杯を渡してくれる。


「あり、がとう、ございます」


 できるだけ大事に受け取るようにはしたけれど、手の震えが止まらなかった。



『スレン、何を言い出すんだ。』


好きな人の好きだった人の話なんか、聞きたくないよね~?


でも聞かずにはおられない。


ひどいや、スレン。


※ 拍手小話放置中★ ですが そろそろ何か新しくする予定です。

  

 お遊び小話ですみませんなネタしかないですが。


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