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70 地主と魔女と色男


 レオナル様にあやすように揺すられながら、少しだけ人の輪から離れる。

 炎の明かりから遠ざかったおかげで、あまり顔を見られないといい。

 そう願った。

 泣いたから、きっと目蓋も腫れてしまったに違いない。

 だからといってこうやって、いつまでも抱きかかえられているのもどうかと思う。


「レオナル様。もう大丈夫ですから、下ろして下さい」


 一瞬の沈黙の後、解ったと伝えるように頭を抱きかかえるようにされた。

 彼のまとう香りに包まれて、胸が苦しくなる。

 自分のうるさいくらいに跳ねる胸を、手で押え付けた。


「とても大丈夫そうには見えないが」


 レオナル様は慎重に下ろしてくれた。

 それでも支えるようにしてくれる。

 だから足が地についているか、いないかの差で、あまり状況は変わっていない気がする。


「カルヴィナ?」


 今更だけどこんなにも密着していることが、恥ずかしくてたまらなかった。

 俯きがちで胸元を押さえているものだから、不審に思われたのだろう。

 名を呼ばれながら、そっと顎を持ち上げられた。


 私たちの左手には森の夜闇。

 それをお祭りの炎の明かりが、闇を押しやってくれている。

 思わず息をのんだ。


 あまりにも真剣な眼差しで見られていたからだ。

 それもあるが、炎の明かりを頼りに見上げた彼の顔は、ひどく精悍に見えた。

 そんな事はとっくに知っていたと思っていたのに、改めて思い知らされた気分だった。


 時折揺らめく炎の明かりが作る、陰影のせいだろうか。


 それだけでレオナル様が、まるで初めて見た人のように見えるのはどうした事だろう。


 そらそうとさ迷わせた視線は、絡め取られてしまったかのように動かせなかった。

 大きな手のひらに頬を包まれてしまっていたから。

 気が付けば、その手に手を重ねていた。

 少し滑らせ落ちた指先に触れたのは、手に馴染みのあるつるりとした感触。


 見なくとも、それが赤い石の腕輪と解る。


 それが今、レオナル様の左の腕に収まっているのだ。


 言葉もなく、ただ見つめ合った。


 本当はすぐ、その指を振り払ってしまいたかったのだけれど。


 何故か出来やしなかった。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


「叔父様! カルヴィナ! 素敵だったわ。お母様も来たがっていたのよ! すごく残念がってたんだから。だからわたくし、今日のことたくさん話すわ」


 興奮した様子で跳ねながら、リディアンナ様が駆け寄って来た。

 その後ろをスレン様もゆったりと続く。


「リディ」

「ありが、とう、ございます」


 自分でも驚くほど、声に張りがなかった。

 それこそ、取り繕いようがないほどに。


「どうかした? カルヴィナ、疲れちゃったの?」


「少し、だけ」


 正直に認めた。

 くるくる回ってたくさん笑って、たくさん涙を零したら体がぐったりしていた。

 何だか思うように身体に力が入らない。


「カルヴィナ。無理せず休ませてもらおう」


 言うが早いかレオナル様に支えられて、いくつか椅子の並べられた場所を目指した。

 ここは昼間おじいちゃんやおばあちゃん方が優先的に座るよう、用意された控え場だった。

 今、ここに休む人はいない。

 ガランと空いている。

 その真ん中に腰下ろすと、レオナル様の大きな手が額に当てられた。


「少し熱いな。大丈夫か?」

「はい。平気です」

「水を。何か飲み物をとってこよう」

「あ……。自分で」


「カルヴィナ。いいからここで待っていろ」


「あ。レオナル、僕の分もお願い」


 スレン様はすかさず、片手を上げた。


「知るか」


「じゃあ、そこいらのお嬢さんに頼んでくるとしよう」

「自分で取りに行くという選択肢はないのか」


「レオナルは解っていないな。そんなものは口実だよ。女の子に話しかける」


 言いながらスレン様は手を振った。

 するとこちらを遠巻きに眺めていた女の子たちが、きゃあと嬉しそうに応える。


「話にならんな」

「スレン様の分はわたくしがお持ちしますわ」

「ん。ありがとう、リディ。頼むよ」


「あ、あの、私も行きます」


 立ち上がろうとしたが、大きな手に両肩を押さえつけるようにされた。

 その重みはびっくりするほど大きくて、熱かった。

 じんわりと肩から伝わって行くぬくもりは、再び鼓動をも早めて行く。


 どうしようも無くなって、意味も無く思わず首を横に振っていた。


「いい。遠慮はいらないから、ここで少し休んでいてくれ。俺のために」


 レオナル様のため?

 何故だろうと思って首を捻ったが、そう言われては素直に頷くより他にない。


「日が落ちたから冷えてきた。カルヴィナの衣装では薄すぎるな。気が回らなかった、すまない」


 何故、レオナル様が謝るのだろう。

 ますますもって理解できない。

 困惑していると、ふわりと大きな温かさに包まれていた。


「それを羽織っていろ」


 レオナル様はシュディマライ・ヤ・エルマの外套(マント)を、私にかけてくれたのだ。


 言葉が出てこなかった。

 そんな私の表情はきっと惚けていたに違いない。

 いつのまにか添えられていた手に、頬を撫でられて我に返った。

 レオナル様には小さく笑われた。


「カルヴィナ。すぐ戻る」


 そう言い残すとリディアンナ様の手を引いて、やぐらの方へと向かわれた。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 その二人の背中を見送りながら、ふぅと一息つく。


 スレン様はふふふと軽く、笑い声を漏らす。


「お疲れさまだったね、フルル」

「……いえ」


「あーあ。どうして仮面外れちゃったんだろうな。もう少しあのままでも面白かったのに」


 シュディマライ・ヤ・エルマの仮面を弄び、被るようにのぞき込みながら言う。

 仮面越しに私を見ている。

 その口角は高く持ち上げられていた。


「ふふふ。見ているこっちがくすぐったいよ。大事にされているんだね。ねぇフルル。レオナルは君の事うんと甘やかすでしょ。あいつはいつもそうだから」


 いつも?


 そんな所に引っかかりを覚えてしまう。


「聞きたい? だったら一緒に踊ろうか」

「私の足では踊れません」

「ん。知ってる」


 仮面をずらして、スレン様はにっこりと笑う。


「でも平気」


 レオナル様は誰にだって親切で優しい方だって、もう知っている。


「いつも」という言葉に引っかかりを覚えるなんて、どうかしている。


 聞きたくなんてない。

 そう思い首を横に振ろうとした。

 そのはずだったのに。


 スレン様は椅子から立ち上がると、私の前に跪いていた。


『どうかひとときこの手を取っておくれ、大魔女の娘よ』


 気が付けば頷いて、目の前に差し出された手を取っていた。


『腕輪を差し出すっていうのは』


『自分を差し出してもいいってことでしょ』


『何? もう食べられちゃった?』


 そんなにも深い意味合いが腕輪にはあったのか。


 何やら、お祭りの喧騒が遠ざかった気がした。

 怖い。

 得たいの知れない恐怖に恐れても、スレン様の手は緩んではくれない。


 無意識で追いかけたレオナル様の気配も遠い隔たりを感じた。


『何だ。もう気づかれたか。だったら話しは早いよ。二人きりでゆっくり話そうね』


 ――この人は何か能力(ちから)のある人だ。


 気がついた時にはすでに捕われた後だった。



『スレンと踊る』


仮タイトルでしたが、次回に持ち越しのようです。


地主、あっまあま。


魔女っこ、その感情はね、恋のうちよ。


スレン、ノリノリです。


何気にお気に入りのキャラです。


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