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64 やぐらの二人

ええと~。


軽目に R15 です。

 

 やぐらの中は静かだった。

 下の方からは楽しそうな笑い声が上がってくる。

 それでもここは独特の静けさが支配していた。


 皆がここを、神聖な場所として設えてくれたからだとも思う。


 天井からは代々受け継いできた織り布が張り巡らされ、神秘的で綺麗だった。

 今年また新たに加えられた物もある。

 それは女達が想いを込めて刺繍した物だ。


 その紋様は主に森の恵みを図案化してある。


 木や、花実や、小鳥や、鹿や獣。


 皆の想いで出来上がった、森の奥深くの神様のすみか。


 それが、このやぐらだ。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:


『地主様。でしたら森に住めばいいと思います』


 大まじめにそう提案する。


 一緒にお酒を飲みながら、仮面が外れない理由を考えたり、このままだった場合について話していた。


『そうきたか』

『そう?』

『いや……。何故そのような結論に至るのだ、大魔女の娘?』

『仮面は地主様を選びました。シュディマライ・ヤ・エルマの意思が、そうなのではないかと思ったからです』

『だから外れないとでも?』

『はい』


 こくこくと頷くと、頭にあたたかな重みを感じた。

 地主様の大きな手だった。

 ぽんぽんと二回、あやすようにたたかれる。


『では森に住まうとするか。おまえと一緒に』


 地主様は杯を飲み干すと、床に置いた。 


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 そう言われても、事態が今ひとつ飲み込めなかった。


『一緒に、ですか?』

『そうなるだろう』


 久々にあの訳のわからなさを感じた。

 初めて地主様に連れてこられた時も、このようなやり取りをしたのを思い出す。


 それでも、どうにかお酒を飲み干すことが出来た。


 良かった。


 お役目をやり遂げたに違いない。


 もう、やぐらからは、降りたい。


 もう地主様との会話も尽きた。

 それなのに仮面越しの地主様の視線は、怖いくらい鋭い。

 何か言いたいことがあるに違いない。緊張する。


 身構えて待つが、地主様は何も仰らないままだった。

 ついに沈黙に耐え切れなくなって、言葉を発した。


『えっと、その。お酒、飲み切れましたね?』

『そのようだな』

『地主様のおかげです。ありがとうございます』

『……いや』


 駄目だ。

 何を言って会話は続かない。

 と言うよりもむしろ、地主様にはその意思がないようだ、というのが正しい気がした。


 そっとため息をもらしてから、立ち上がるべく手すりにすがる。


『では、地主様。やぐらから降りるとしませんか?』

『……。』

『えっと。シュ、シュディマライ・ヤ・エルマは、まだこちらに?』

『……。』


 なんの返答も無い。悲しい。

 虚しくなったが、その感情に浸っていても仕方があるまい。

 後ろに這いずってから、ゆっくりと立ち上がった。


『それではお先に失礼致します。なんでしたら、お酒のお代わりをお持ちいたしましょうか?』

『いや。充分だ。おまえは降りるのか?』

『はい。ジェスも待っていると言ってましたから……。』


 何の気も無しに、理由をあげた。

 それと同時だった。

 地主様が急に立ち上がった。

 怖くなり慌てて、やぐらから降りるべく、背を向けた。


『失礼いたします』

『行くな』


『え、でも。ジェス、待っているから』


『行くな』


『……。』


 今度は私が押し黙る番だった。

 いつのまにか腕に手が食い込み、痛みを訴える。

 上腕をひねるようにされ、無理やり引き戻された。


『あの男はおまえを嫁にと望んでいる。それに応えてやる気なのか?』


 静かに見据えられているはずなのに、こんなにも熱いと感じたことはない。


 これは恐怖だった。

 そうとしか表現できない。

 気が付けば、体は逃げを打つべく行動を起こしていた。


『や……っ!』


 ちいさく悲鳴を上げながら、やぐらの階段を目指し駆け出す――。


 それも気持ちの上、だけでしかなかった。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:


 背に温かな体温を感じた。

 衣服一枚を隔てていてさえも、伝わってくる温かさに身が竦む。

 何故かしら、カラダが跳ね上がるくらいに熱く感じた。


 背後から回された両腕が、カラダに巻きついてくる。


 拘束されてしまった。


『嫌、嫌、嫌……。』


 そこから抜け出さねばと、必死でもがく。

 すると、舌打ちされた。

 それに打ちのめされる。

 地主様に、解放する気がないのだと言われたも同じだった。


『付け上がらせたものだな』


 その一言が更に私に追い打ちをかけた。


 ぞっとするような響きだった。

 耳元に溜め息と共に掠める呟き。

 それは低く、何の感情も含んでいないかのような声音だった。

 震えがくる。


 言葉の意味を図りかねて、恐るおそる身体を捩って、地主様を見上げた。


『おまえの主は誰か。――解っているのか?』


 そうだった。

 逆らう事は許されないだろう。

 思い起こせば無礼な行いをしたものだ。


 そう自分を省みる。

 それと同時に哀しくなった。


 どんな事をされても、逆らう権利は私には無いのだと言われたも同然だからだ。


 鋭く息を飲む。

 自分でもおかしく感じるくらい、息継ぎがうまく出来なくなった。


 胸を踏みつけにされたら、きっとこうなる。


 あんまり馴れ馴れしくしているから、不快に思われたのだ。

 自分の浅ましさに泣けてくる。


 私は楽しかった。

 でも、地主様は違ったのだ。

 そう思ったら涙が止まらなくなった。


 足を温かさと冷たさが、同時にかすめ上げたものだから、身をすくませた。


 衣装の裾がまくれ上がったのだ。

 足の膝から太腿にかけてを、下から一気に撫で上げられた。

 そこには一直線に走る傷痕があって、大きく皮膚が引きつれてしまっている。


『この足で踊ろうというのか?』


 首を横に振った。

 私は右脚を引き摺らねば歩けない。

 忘れた事なんかない。

 踊れる訳がない。

 言われなくても知っている。

 でも、地主様はわざわざ言う。

 身の程を知れというみたいに。


 おまえみたいな者が泣くと腹が立つ。


 足を引きずって歩く障害者の。


 みっともない、みすぼらしい娘。


 最初に宣告されていたではないか。

 忘れたわけではないが、失念していた。

 あんまりお祭りが楽しくて……。


 本当は忘れていてはならなかったのだ。

 身の程をわきまえないでいるから、こうやって地主様の不興を買う羽目になるのだ。

 私は本当に学習しないと反省しても、遅かったようだ。


 ただ体を丸めるようにして、胸を押さえた。

 ぎゅうぎゅうに締め付けられて苦しかったから。


 痛い。

 どうしよう。

 息を吸い込むだけでも、痛い。

 涙があふれる。


『あの男に応えてやるというのはこういう事(・・・・)だ。解っているのか?』


『答える?』


『応える』


 地主様の手が傷跡をなぞり上げて行く。


『俺以外に嫁に』


イケナイように。


しちゃうの?


レオナル!


そんな仮タイトルの続きでした。


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