64 やぐらの二人
ええと~。
軽目に R15 です。
やぐらの中は静かだった。
下の方からは楽しそうな笑い声が上がってくる。
それでもここは独特の静けさが支配していた。
皆がここを、神聖な場所として設えてくれたからだとも思う。
天井からは代々受け継いできた織り布が張り巡らされ、神秘的で綺麗だった。
今年また新たに加えられた物もある。
それは女達が想いを込めて刺繍した物だ。
その紋様は主に森の恵みを図案化してある。
木や、花実や、小鳥や、鹿や獣。
皆の想いで出来上がった、森の奥深くの神様のすみか。
それが、このやぐらだ。
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『地主様。でしたら森に住めばいいと思います』
大まじめにそう提案する。
一緒にお酒を飲みながら、仮面が外れない理由を考えたり、このままだった場合について話していた。
『そうきたか』
『そう?』
『いや……。何故そのような結論に至るのだ、大魔女の娘?』
『仮面は地主様を選びました。シュディマライ・ヤ・エルマの意思が、そうなのではないかと思ったからです』
『だから外れないとでも?』
『はい』
こくこくと頷くと、頭にあたたかな重みを感じた。
地主様の大きな手だった。
ぽんぽんと二回、あやすようにたたかれる。
『では森に住まうとするか。おまえと一緒に』
地主様は杯を飲み干すと、床に置いた。
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そう言われても、事態が今ひとつ飲み込めなかった。
『一緒に、ですか?』
『そうなるだろう』
久々にあの訳のわからなさを感じた。
初めて地主様に連れてこられた時も、このようなやり取りをしたのを思い出す。
それでも、どうにかお酒を飲み干すことが出来た。
良かった。
お役目をやり遂げたに違いない。
もう、やぐらからは、降りたい。
もう地主様との会話も尽きた。
それなのに仮面越しの地主様の視線は、怖いくらい鋭い。
何か言いたいことがあるに違いない。緊張する。
身構えて待つが、地主様は何も仰らないままだった。
ついに沈黙に耐え切れなくなって、言葉を発した。
『えっと、その。お酒、飲み切れましたね?』
『そのようだな』
『地主様のおかげです。ありがとうございます』
『……いや』
駄目だ。
何を言って会話は続かない。
と言うよりもむしろ、地主様にはその意思がないようだ、というのが正しい気がした。
そっとため息をもらしてから、立ち上がるべく手すりにすがる。
『では、地主様。やぐらから降りるとしませんか?』
『……。』
『えっと。シュ、シュディマライ・ヤ・エルマは、まだこちらに?』
『……。』
なんの返答も無い。悲しい。
虚しくなったが、その感情に浸っていても仕方があるまい。
後ろに這いずってから、ゆっくりと立ち上がった。
『それではお先に失礼致します。なんでしたら、お酒のお代わりをお持ちいたしましょうか?』
『いや。充分だ。おまえは降りるのか?』
『はい。ジェスも待っていると言ってましたから……。』
何の気も無しに、理由をあげた。
それと同時だった。
地主様が急に立ち上がった。
怖くなり慌てて、やぐらから降りるべく、背を向けた。
『失礼いたします』
『行くな』
『え、でも。ジェス、待っているから』
『行くな』
『……。』
今度は私が押し黙る番だった。
いつのまにか腕に手が食い込み、痛みを訴える。
上腕をひねるようにされ、無理やり引き戻された。
『あの男はおまえを嫁にと望んでいる。それに応えてやる気なのか?』
静かに見据えられているはずなのに、こんなにも熱いと感じたことはない。
これは恐怖だった。
そうとしか表現できない。
気が付けば、体は逃げを打つべく行動を起こしていた。
『や……っ!』
ちいさく悲鳴を上げながら、やぐらの階段を目指し駆け出す――。
それも気持ちの上、だけでしかなかった。
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背に温かな体温を感じた。
衣服一枚を隔てていてさえも、伝わってくる温かさに身が竦む。
何故かしら、カラダが跳ね上がるくらいに熱く感じた。
背後から回された両腕が、カラダに巻きついてくる。
拘束されてしまった。
『嫌、嫌、嫌……。』
そこから抜け出さねばと、必死でもがく。
すると、舌打ちされた。
それに打ちのめされる。
地主様に、解放する気がないのだと言われたも同じだった。
『付け上がらせたものだな』
その一言が更に私に追い打ちをかけた。
ぞっとするような響きだった。
耳元に溜め息と共に掠める呟き。
それは低く、何の感情も含んでいないかのような声音だった。
震えがくる。
言葉の意味を図りかねて、恐るおそる身体を捩って、地主様を見上げた。
『おまえの主は誰か。――解っているのか?』
そうだった。
逆らう事は許されないだろう。
思い起こせば無礼な行いをしたものだ。
そう自分を省みる。
それと同時に哀しくなった。
どんな事をされても、逆らう権利は私には無いのだと言われたも同然だからだ。
鋭く息を飲む。
自分でもおかしく感じるくらい、息継ぎがうまく出来なくなった。
胸を踏みつけにされたら、きっとこうなる。
あんまり馴れ馴れしくしているから、不快に思われたのだ。
自分の浅ましさに泣けてくる。
私は楽しかった。
でも、地主様は違ったのだ。
そう思ったら涙が止まらなくなった。
足を温かさと冷たさが、同時にかすめ上げたものだから、身をすくませた。
衣装の裾がまくれ上がったのだ。
足の膝から太腿にかけてを、下から一気に撫で上げられた。
そこには一直線に走る傷痕があって、大きく皮膚が引きつれてしまっている。
『この足で踊ろうというのか?』
首を横に振った。
私は右脚を引き摺らねば歩けない。
忘れた事なんかない。
踊れる訳がない。
言われなくても知っている。
でも、地主様はわざわざ言う。
身の程を知れというみたいに。
おまえみたいな者が泣くと腹が立つ。
足を引きずって歩く障害者の。
みっともない、みすぼらしい娘。
最初に宣告されていたではないか。
忘れたわけではないが、失念していた。
あんまりお祭りが楽しくて……。
本当は忘れていてはならなかったのだ。
身の程をわきまえないでいるから、こうやって地主様の不興を買う羽目になるのだ。
私は本当に学習しないと反省しても、遅かったようだ。
ただ体を丸めるようにして、胸を押さえた。
ぎゅうぎゅうに締め付けられて苦しかったから。
痛い。
どうしよう。
息を吸い込むだけでも、痛い。
涙があふれる。
『あの男に応えてやるというのはこういう事だ。解っているのか?』
『答える?』
『応える』
地主様の手が傷跡をなぞり上げて行く。
『俺以外に嫁に』
イケナイように。
しちゃうの?
レオナル!
そんな仮タイトルの続きでした。