表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/130

63 嘘つきな神と純粋な女神

 カルヴィナは、実に楽しそうだった。


 朝方の不機嫌さはすっかり収まったようだ。

 今は目の前の物珍しさに夢中で、昨日のことは一旦忘れているらしい。

 そのままこの楽しい記憶に上乗せされて、不愉快な記憶は封じてくれとも祈ってみる。


 正直、ぐずられるのは苦手だ。


 ……無理やり言うことを聞かせたくなる。

 そうなったらまた、ややこしい事になる。間違いなく。

 それは避けたい。


 なんにせよ、生き生きしているカルヴィナはいい。


 その横顔を盗み見ながら、花を舞い降らせていた。


 ふと、視界の端に不愉快な人影が掠めた。

 それは下からカルヴィナを見つめている。

 カルヴィナは気がつかない。

 奴の視線から遮るべく、カルヴィナに寄り添うようにしていた。


 やがて奴は両手をこちらに向けた。


 こちらにも菓子をと催促するかのように。


 カルヴィナも気がついて、奴こと村長のせがれの方を向いた。


 それとほぼ同時に、カルヴィナから籠を取り上げていた。

 その代わりに、すかさず花籠を押しつけてしまう。


 菓子包みをひとつ掴むと、勢い付けて奴へと振りかぶった。


 その額の当たりを目掛けたのだが、狙ったように衝突はしなかった。

 奴が受け止めたからだ。

 ちっと心の中で舌打ちする。


 奴はこちらを恨めしそうに見上げて来た。


 村長のせがれには、森の神から直々に祝福をさずけてやったのだ。

 ありがたいと思え。


 菓子を手にした者は、後ろの者に場所を譲り渡してやるのが礼儀だ。

 さっさと場所を空けてやるがいい。


 やぐらの高みから見下ろす。


 村長のせがれは祝福を望む人の波に押しやられ、やぐらからは遠ざかって行った。

 だが、その視線は俺ではなくカルヴィナへと向けられていた。

 すがるように。

 あいつは諦めていない。


 そう思わせるに充分な執着を感じ取る。油断ならない。

 当のカルヴィナは気がついてはいないようだが。


 カルヴィナはその様子を不思議そうに見守っていたが、何も尋ねてはこなかった。


 俺と村長のせがれを交互に眺めただけだ。


 それよりも手篭の中の花に集中しだした。


 ……それはそれでどうかと思った。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 カルヴィナは菓子だけをまくより、花もまいてみるのも楽しいと判断したらしい。


 たちまち、花を降らせる事に夢中になったようだ。


 手のひらに慎重に花をすくうと、弧を描くように腕を空に滑らせる。

 うっとりとその風に舞う様を眺めながら、花籠から降らせ続ける。


 手篭の花が無くなると、せっせと大籠からかき入れる。


 籠にたっぷりと用意された花に、両手を突っ込むカルヴィナの表情は恍惚としていた。

 そのまま大きな籠へと、腕が埋まってしまう程に身を乗り出している。


 先程の村長のせがれの熱の込められた視線も、花の感触の前には忘れ去られたようだった。


 杖がないので、ふらつきながら立ち位置に戻ろうとする。

 俺もそれに合わせて、さりげなく菓子を補充し、戻るときはカルヴィナの背を支えた。


 先ほどニヤついていたスレンに、ほんの少しだけなら感謝してやってもいいと思えた。


 いよいよ手篭の中で最後、となった。

 惜しむようにゆっくりと、ていねいに菓子をまく。

 カルヴィナも同じようだ。


 最初の頃は景気良く舞い降らせていたのだから、おかしなものだ。


 大籠いっぱいに用意された菓子も花も、意地でもまいてやらねばと思わせるに充分な量だったからだ。


 それも終わる。


 二人、言葉にして打ち合わせずとも、最後のひとまきは頷きあってから降らせた。


 それから空になった籠を持ち上げて、底が見えるように広場を見渡した。


 拍手がわき起こる。

 労いの意を込められた、拍手だと思った。


 それに手を振って応え、手すりから離れた。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


『少し、休んでから降りるか』


 そう提案するとカルヴィナは頷き、腰を下ろした。


 くたびれたのだろう。当然だ。


『お疲れになりましたか? どうぞ飲み物を』


 やぐらは快適に設えられていた。

 直に腰下ろすのに充分な毛織物がひかれ、揃いのクッションまであった。

 森の神を労うためにか、酒も用意してある。


 それを用意したのが、カルヴィナとのひとときを楽しみにしていた奴だろう。

 危なかった。

 役を引き受けるまで、予想もしていなかった。

 村長のせがれは自分が森の神の役をやるからこその、余裕ぶりだったのだと気がつく。


 ともあれ、ひと仕事終えた気分は清清しい。


 カルヴィナが注いでくれた杯を受け取った。


 口にすると甘い香りがふわりと鼻を通り、少し酸味のある甘さが舌に残る。

 俺にしてみれば甘すぎる酒だが、娘には口当たりがよかろう。

 それは気遣いと見せかけて、男のよからぬ策にしか俺には思えない。


 忌々しく思い、ため息と共に吐き出した。


『俺はあのオークの木の気分を味わった。俺に実を降らせたあの気持ちがよく解った』


 許し難い気持ちで、カルヴィナに近づく男を攻撃する。

 撃退するべく、実を振らせるしかなかった。

 思わずもらした感想に、カルヴィナの表情が明るくなった。


 なんだ?


 何がお気に召したのか。


『私も、木の気持ちが少し味わえた気がします! クリとかクルミとか。食べられる実がなる木の気持ち』


 うっとりとそう呟くカルヴィナに尋ねる。


『食べられる実がなるのがいい、のか?』


『はい。私自身、いつも助けてもらいましたから。そうなりたいと思います』


 カルヴィナは力一杯頷いて答える。

 森での生活は厳しいものだ。

 ましてや男手もない、非力なカルヴィナと大魔女との生活だ。

 二人は知恵を出し合いながら、その日その日を暮らしていたに違いない。

 食うに事欠く事もあったのだろう。


 まだまだ、丸みからは遠い華奢な肢体。

 その薄い身体を見ているうち、何故だか心が軋みを上げる。


(ばあさんが生きているうちに、気が付いてやれれば良かった)


 そんな後悔にも似た、自責の念にかられる。

 不意に囚われた悲しみを沈めようと、杯を呷った。


『女性はそうだろう』


 花を咲かせ、実をつける。

 命を生み出すその様は、まさにカルヴィナの望む姿そのものだと言えるだろう。


『そうでしょうか? でしたら、嬉しいです』


 微笑みながら、自分の好きな木について話すカルヴィナは饒舌だった。

 俺なら考えもつかない事を言う。

 物の見方がまるきり違うようだと思わせた。

 だが不快ではなかった。


 むしろ心地よい。


 小鳥が陽ざしの中でさえずるかのようだ。

 足を投げ出してくつろぎ、にこにこしながら俺に語りかけてくる。

 美しく可憐な小鳥。


 小鳥はたいそう可愛らしく、魅惑的な手触りをしている。


『あちこちに花が付いている』


 そう言うと、カルヴィナは自身を手で払うようにした。


『ありがとうございます。取れました?』


『取れていないな』


 嘘だった。

 すかさず手を伸ばし、頭や背を撫で払うようにしながら引き寄せる。


 カルヴィナは大人しくされるがままだ。

 無防備な。


 あちらこちらに、花が付いているから。


 俺の意図など深く勘ぐりもせず、素直に受け取っているのだろう。

 隙あらば触れようとする手に、何故なんの警戒も抱かないのか謎だった。


 この娘はよくも悪くも、言葉通りに物事を受け取る。

 言いくるめやすい。

 そこに付け込む自分が卑しい。


 それとも昨晩ほどの触れ合いくらいでは、この娘に男を意識させるに到らないのか。


 杯に酒を注ぎ、差し出す。


『おまえも飲むといい』


『でも、それはお酒なのではありませんか?』


『これならおまえが飲んでも問題なさそうだ。充分に薄めてある。それに、これを飲み干すまで、やぐらを降りてはならないそうだ』


『え! そうなのですか。初めてやぐらに上がったので知りませんでした』


 カルヴィナは驚きながらも、俄然はりきり出した。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・



 瞳が挑戦的に杯を見つめている。


 籠の中身が空になるまで。


 瓶の中身が空になるまで。


 やぐらから降りてならない。


 それが森の神役と乙女の役割だと、使命感を覚えたらしい。


 ――大魔女の娘は、なぜこうも簡単に騙されるのか。



『俺以外に……。』


仮たいとるの続きは次回です。


なんだ、それ。


いや、ねたばれ~なので。


わっるいオトコがいますね。


全然、大丈夫じゃない状況なんだよ、魔女っこ。


誰も教えてやれない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ