62 祝福さずける森の神と女神
皆の歓声がひとしきりおさまる頃、頭を下げる。
村長さんが進行を促すように、声を張り上げた。
『さあ、今年も無事に森の神と女神を迎えることが出来た! お二人ともから祝福をさずけていただくとしよう!』
それから地主様に付き添われるようにして、慎重にやぐらに登った。
確かに階段になっていて助かった。
これがはしごだったら、目も当てられない。
慎重に慎重に。
杖は階段の登り口に立てかけて、手すりに掴まりながら足を運んだ。
地主様が横に立ち、腕を回して肩を支えてくれている。
一人で登れると言い張ったが、相手にされなかった。
確かに強がりであったことを認めるしかない。
階段は全部で十段以上あった。
思っていたよりもずい分高い。
それからは怖くなって数えるのを止めてしまった。
足を運ぶ方だけに集中するに限る。
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『ありがとうございます』
どうにか登りきり、地主様を見上げたが頷いただけで、体が離れる気配はなかった。
そのまま、やぐらの真ん中まで付き添われて行った。
結構、広い。
私の部屋より、少し狭いくらいだ。
そこには、大きな籠がふたつ用意されていた。
ひとつは乾燥させたリィユーダの花。
五つの花弁が可愛らしく、花ごと散るので形が壊れにくいし、何よりその効能が素晴らしい。
この香りをまとえば安眠をもたらし、病も遠ざけると言われている。
それともうひとつは、クルミを焼き込んだお菓子。
きれいにひとつひとつ、布でくるんである。
布はみんなで持ち寄ったもので、色とりどりそれぞれ味のある出来栄えだ。
壊れてしまってもいいように、お菓子は大きめの塊りで焼かれてあるのだそうだ。
おかみさん達がそう、教えてくれた。
崩れてもちょうど一口分になるように、だそうだ。抜かりがない。
本当はクルミだけをまいていたそうだが、いつのまにかお菓子に変化したらしい。
おばあちゃんの頃はすでにお菓子だったそうだから、ずいぶん前にそうなったのだと思う。
私はお菓子の方が嬉しい。クルミだって嬉しかろう。
側には手篭が用意されていた。
そこに私はお菓子を、地主様はお花をつめる。
籠は結構大きくて、樽一つ分くらいはある。
これは頑張らないといけない。
地主様と顔を見合わせ、無言のまま頷きあった。
せっせと詰める。
やぐらから顔を出すと、既にみんな待っていた。
まずは小さい子達から、やぐらのすぐ近くで待っている。
「魔女っこ、魔女っこ、お菓子を早く、ちょうだいな!」
リュレイとキャレイが大きな声で、歌うように催促している。
それにつられて、他の子達も同じように言い出した。
小さな体からあんなにも大きな声が出るなんて、すごい。
感心してしまう。
「違うだろう、森の神様と女神様だろう!」
そう言い直しているのは、少しお兄さんの子だ。
「そうだったね」
「今日、魔女っ子は森の女神様。地主様は、森の神様なのだったね」
「だったら」
「せぇの!」
『森の神様、女神様。お菓子とお花をください、ください、くださいな!!』
その子供たちの掛け声を合図に、思い切ってお菓子を降らせた。
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雲の上から雨を降らせるのって、きっとこんな気持ちなのかもしれない。
木々や草花たちが喜んで恵みの雨を受ける。
その様子に微笑み、満足を覚えながら雨を。
それはとても素敵だ。
小さい子たちから順番に前に並び、行き渡ったら、大人たちが前に出る。
スレン様とリディアンナ様にも、えいっとお菓子を降らせた。
お二人共も、良い笑顔を見せてくれた。
それから。
何故か隣同士で恵みを受けるミルアとエルさんにも、お菓子とお花を降らせた。
そういえばミルアが誰に腕輪をあげるのか、聞いていなかった。
そういうことなのかもしれない、と思った。
後でミルアに聞くことにする。
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何故だか呼ばれたような気がして、そちらに視線を落とすとジェスと目があった。
ジェスは両手をこちらに伸ばし、大きく広げている。
何だか泣き出しそうな笑顔に見える。
そちらにもお菓子を、と思ったら籠を取り上げられた。
代わりに花が入った籠を押し付けられていた。
――地主様に。
なんだろうと思って訝しんで見上げた。
仮面の横顔は何を考えているのか、いつも以上に解らなかった。
ともかく、ジェスにはお花を振らせてみた。
くるくると風に吹かれて、お花は頭上をかすめて行ってしまうようだ。
うふふ、と思う。
何度見てもいい。
お花が風に舞う様を見守る。
地主様は無言でただ、立っている。
どうしたのだろうかと見上げた。
それからおもむろに、籠の中のお菓子をわっしと一掴みした。
何と!
地主様ときたらそれを、ものすごい勢いで振りかぶって、ジェスにお菓子を投げつけたのだ!
ええ!?
驚く。
だがジェスもジェスだった。
しっかりと受け止めて、地主様を睨んでいる。
周りの人たちも遠巻きにして、何やらニヤニヤしているように見える。
何だろう、二人とも。
男の人同士、なにやら仲がいいような気がした。
『やぐらの上で。』
魔女っこ目線だと、なかなか話が……。
変な方向に進む気がしますが、お祭りは滞りなく進んでおります。
地主、心が狭い。