61 真の森の神と真白き光
地主様、いや……。
森の神様となったシュディマライ・ヤ・エルマに、立ち上がるように手を貸す。
奪うことのみにしか心の向かなかった獣は心を得た。
一人の娘を思いやる心を知って。
森の恩恵に預かる自身を知って。
ただ風のように森の中を、駆け抜けていただけの獣はもう何処にもいない。
『あなた様は真の森の神様です』
娘の言葉に、獣は自分の力のあり方を知るのだ。
疾風まとう暗闇は、森の神様。
万物のありかを知らしめて、導く風となる。
『おまえがそう言うのならば、それに恥じない行いをすると誓おう。我が名はシュディマライ・ヤ・エルマ。娘よ、おまえの名は何という?』
『お好きなようにお呼びください、シュディマライ・ヤ・エルマ。あなた様のお付けくださった名を、我が真名といたしましょう』
『それは真か?』
『はい』
『それが意味すること、おまえは承知しているのか?』
『はい。わたくしはあなた様をお慕いしております』
『ならば共に森に生きよ』
『はい』
『では、おまえをこれからは、森の真白き光、と呼ぼう』
『恐れ多いことでございます』
『我を真の森の神としてくれる、そなたこそ真の光だ。恥じることは何もない』
『ありがとうございます。喜んでお受けいたします』
『では、共にこの森の行く末を見守るとしよう』
そうして娘は、差し出された手を取る。
迷いなく。
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そこで拍手が沸き起こった。
今まで息を詰めて見守っていてくれた、皆の歓声も一緒に上がる。
やりとげたのだと知る。
まだ実感がわかない。
ただ、ゆるゆるとこの胸が温まって行く気がした。
惜しみなく拍手をくれる輪の中で、地主様と顔を見合わせる。
自然と頬が緩んだ。
地主様も仮面越しだが微笑んでおられるようだ。
唇の端が持ち上げられている。
強く風が吹いた。
訪れる冬を感じさせる冷たさも含んだ風。
だが、それだけではなく、人々の熱気をも含んで感じられた。
ベールが風にはためく。
地主様の大きな手がベールと、耳にさしてくれた花を押さえてくれた。
―― ほら。風が吹いた。
いつだって二人の間を、風が吹き抜けて行ったものだった。
おばあちゃんと過ごし続けた日々を思い出す。
あの時と同じ風が吹いたから。
―― ああ。どうしても、さらわれて行ってしまうか。
おばあちゃんは目を細めながら、風の行方を追っていた。
仕方が無いねぇと言いながらも、その声は嬉しそうだった。
風が吹き抜けて行くのは決まって森の奥深く。
二人の間のないしょ話も、その間にあった温かな空気も一緒に送り届けられているのだ。
そうして力を取り戻す。
今、この時も。
森の奥で見守っている存在を感じる。
感じる。
その眼差しは好奇に満ちている。
生きている私達の一瞬のきらめきを見逃すまいとして。
―― 何もかもがまばたきの間でしかないよ。
おばあちゃんはよくそう言っていた。
亡くなる、その直前まで。
だから瞬く。
その瞬間を焼き付けるために、私たちは瞬くかもしれないとすら思う。
瞬く度に心の奥底に刻み込み、瞬き重ねる度に深く深く刻まれてゆく。
この身が滅んでも残るという、魂に届くまで。
惜しむように目蓋を閉じ、待ち侘びるように目蓋を開ける。
光を閉じ込めて、また、光を求める。
その繰り返しだ。
(おばあちゃん。私はおばあちゃんと同じものを見ていられたかな?)
もちろん同じ風景を見ていても、その目に映る色彩は人それぞれだろう。
それでも、何か重なったものを感じて、見ていられたなら、嬉しい。
目の前に立つ、地主様を見上げる。
見上げながら、おばあちゃんに願った事と同じ事を望む――。
そんな自分に気が付く。
戸惑いながら見上げた視線。
地主様は逸らさずに見つめて下さった。
それだけで充分だ。
そう思えたからそっと目蓋を伏せた。
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また、風が吹いた。
森の大いなる意思たちから、それで良いのだと言ってもらえている気がした。
『同じものを見れたならば』
魔女っこ、ちょっと自覚してきたかもです。
熱気に当てられて、少々ほうけておりますが。
自分の感情を拾い上げたようです。
少しだけ。