6 魔女と美女と
バッターンン……ンッ!
という余韻も残るほど、すさまじい勢いで扉が開け放たれていた。
何事かと二人思わず顔を見合わせた後、扉方向を見た。
そこにあるのは一目見て怒りとわかる雰囲気をまとった、迫力ある美女の立ち姿だった。
まつげの長い色っぽい眼差しが、きつくこちらを睨み据えている。
それが目の前の彼と同じ色合いをしている事に気が付いた。
艶めく巻き髪も、地主様と同じ色だ。
あまり似ていないが、地主様の血縁者かもしれない。
そんな文句のつけ様のない美女により、扉は全開にまで開け放たれている。
その後ろに控えめに立つ若い男性の姿もあった。
毎日のように、森の家を訪れてくれていた人だった。
彼に見覚えがあっただけに、色んな意味で驚いた。
これだけ怒りを巻き散らかしている美女は、それだけで恐れ多いのものだ。
何も悪い事をしていなくても謝り倒したい気分にさせられる。
(それは私が下賎の者で、小心者だからかもしれないが。)
そんな美女の後ろに、平然といつもと変わらぬ様子で控えていられる彼は従者なのだろうか。
単純に、凄いと尊敬してしまう。
美女は迷い無く、こちらに歩み寄ってきた。
地主様が立ち上がって出迎える。
私は情けなくも怖くなって、俯いてしまった。
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ベチンッという平たい乾いた音と共に「なっ!?」という素っ頓狂な声が上がった。
その声が先程まで、私を叱責していたのと同じ声だったので思わず顔を上げていた。
「ああ。この子が例の! ありがとう。あんたはもういいから下がって良いわ。見ちゃいられない」
しっしっと追い払うように、美女は右手をひらつかせる。
「姉上。―――リヒャエル」
側に仕えていた男性は頭を下げた。
「おはようございます、レオナル様。ジルナ様をご案内致しました」
「オマエ……。」
「ちょうど妹が欲しかったのよ。こんな可愛げのない弟じゃなくて」
見上げるといくらか左頬が不自然に赤い地主様と、艶やかに赤い唇を笑みの形にした美女が睨みあっていた。
「姉…うえ? 地主様のお姉さまでいらっしゃるのですか?」
思わず正直な感想が漏れてしまっていた。
どう見たって地主様の方が年上に見える。
地主様は恐らく40歳になるかならないかくらいだろうか、と適当に見当つけていた。
彼の落ち着いた雰囲気や容貌、口ひげと顎鬚がいかにも大人の男性だと思っていたから。
にっこりと笑い掛けてくれる美女も、大人の魅力に溢れているが若々しい。
どう見たって25歳くらいにしか見えない。
「あら、ありがとう。レオナル、あなた相当、老けて見られているみたいね。ひげを伸ばすの止めて剃っちゃいなさいよ。そうしたら少しは年相応に見えるかもしれなくてよ?」
美女はほほほと機嫌良く笑い声を上げて、地主様をからかう。
「……。」
地主様はむすっとして押し黙っている。
ますます機嫌を損ねてしまったようだ。
恐縮してしまう。
男の人は怖い。
この目の前のオトコノヒトは抜きん出て怖い。
何も縋るものが無くて、杖をぎゅっと抱えるように握り締めていた。
「どうかして?」
「い、いえ、その……」
べしぃ!!っと小気味良い音が響き渡った。
再び、美女がこの自分よりも背の高い男の人をぶったのだ。
この女性、強い。
「こいつが貴女のこと、乱暴にしたかしら?」
「!?」
「レオナル、まさか女の子に手を上げたり何て、していないでしょうねぇ!? ええ?」
しかも胸倉を掴みあげている。ぽかんと見上げてしまう。
「姉上。彼女が怯えています」
「あら。ほほほ。コイツは図体が大きい上に表情が可愛げがないけど、このように絶対服従だしオンナノコに手を上げないように躾けてあるから大丈夫よ! なぁ、愚弟よ?」
怒鳴りつけるだけでは飽き足らず、よもやまさかこの子に手ぇ上げてないでしょうねぇ。
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そう付け足すやいなや美女は、地主様の鳩尾に膝蹴りを入れた。
あまりの衝撃に涙も引っ込んだのは言うまでもない。
『魔女っこナチュラルに10代らしい目線。』
地主様、ドンマイの巻。
ザカリア・レオナル・ロウニア が 彼の正式名です。
ナディン・ジルナレッド・ロウニア が お姉さまの正式名です。
ジルナ様、姉という生きもの全開であらせますな。