56 巫女役の魔女と神様役の地主
大変だ。
仮面が外れない?
そんなバカな……。
先程の不思議な女の子の来訪は、黙っておこうと決めた。
それどころではない。
ぎゅっと、胸元の衣を握り締める。
皆が皆、黙りこくって、地主様が頭を傾ける様子を見守っていた。
確かにおかしい。
仮面は頭の後ろで紐を縛って、固定する造りだ。
地主様の耳もとで、落ちた紐も揺れていた。
房飾りの付いたそれは、地主様の肩に付いている。
地主様は両手で、仮面を引き剥がそうともされた。
皆が息を詰めて見守る。
ビクともしない。
地主様のため息を合図に、皆も詰めていた息を吐いた。
「どうなっているんだ?」
ジェスが、地主様を責めるように問い掛けながら、仮面に手を伸ばした。
両手で引き剥がそうとしているが、やはり仮面は外れなかった。
まるで、ぴったりと張り付いてしまったかのようだ。
地主様は傍目から見ても嫌そうに、ジェスの好きにさせている。
だが、いい加減無駄だと判断されたのだろう。
彼の手を払いのけるように遮ると、唸るように言い捨てた。
「俺が訊きたい」
確かにそうだ。
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「魔女っこ。この間、地主さまにおまじない、してあげなかったから……かもよ?」
リュレイが遠慮がちに、上ずった声で切り出した。
「おまじない?」
「そうよ。ジェスもいたじゃない、あの時。皆でクルミをかき出した時よ。お兄ちゃんも私たちも、魔女っこから、魔よけのおまじないしてもらっていたでしょ!」
「それが何だって言うんだ?」
「もう! 森の神様のイタズラかもしれないでしょ! だから、魔女っこ、おまじないしてあげたら、地主さまのお面はずれるかもよ?」
だん! と足を踏み鳴らして、リュレイがジェスに噛み付いた。
「それを言うなら、俺だってしてもらってないぞ」
「「ジェスは悪ものだもの」」
幼い声が仲良く被った。
どうやら二人とも、地主様の味方らしい。
「おまえ達。気を使わせたな」
言いながら、地主様はリュレイとキャレイを抱き上げた。
片腕ずつに軽々と。
二人はきゃあきゃあと喜んでいる。
「魔女の娘のまじないならば、ちゃんと昨夜もらっているから、安心しろ」
さらりと言ってのけた地主様に、頬が火照った。
ミルアがばっと勢い良く私を見た。
無言だったが何か言いたそうに、こちらを見ている。
村長さんもジェスも、眼差しだけで問い詰めてくるのは止めて欲しい。
余計に恥ずかしく、居たたまれなくなってしまう。
そうなの――?
じゃあ、何でかな――?
「村長の言う通り、森の神の意思とやらかもしれんな」
「うん! いいんじゃないの~レオナル?」
「何がだ、スレン」
「地主業は廃業しちゃってさ、今日からは森のカミサマとして君臨するがいいさ。君、ちょっと働きすぎだしね」
スレン様はしきりに頷きながら、そのような事を言い出した。
冗談とも取れる内容だが、スレン様はあながちそうでもなさそうだった。
地主様は呆れたような声を出した。
「馬鹿を言うな。今日だけだ。そのカミサマ業とやらは」
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大変な状況だというのに、そこはやはり地主様だと思われる一言だった。
落ち着いておられて、取り乱した所は一切見られない。
「やるしかないのだろうな。村長?」
「ええ。その面は、森の神の意思が宿ると言い伝えられております。ならばその意向に添いましょう」
村長さんはうやうやしく胸に手を当てて、地主様に頭を下げた。
それを見て、怒り出したのはジェスだ。
「親父! くそっ!」
マントの首元を弛めると、それを床に叩き付けた。
肩の部分の羽飾りが床にぶつかって、大きな音を立てる。
ちびちゃん達が怯える。
地主様はリュレイとキャレイを抱きかかえ、私はカールを抱きしめた。
「ジェス!」
乱暴にマントを脱ぎ捨てたジェスを、村長さんが叱った。
ジェスは落ち着こうと必死なのだろう。
大きく息を吐き出す。
やがて、諦めたようにのろのろとしゃがんで、投げつけたマントを拾い上げた。
それを地主様に押し付けるように差し出す。
「ん……。」
力なく呟くと、地主様に顎をしゃくってみせた。
地主様はゆっくりと二人を下ろすと、それを受け取って広げた。
風が巻き起こる。
その巻き起こした風ごとまとうかのように優雅に、地主様はマントを羽織っていた。
そこには何の違和感も無かった。
「森のカミサマだ」
少しだけ怯えたように、リュレイが呟いた。
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「じゃあねえ、フルル。レオナルとお勤め頑張って、皆に祝福を配るんだね。頑張ったら君にもきっと、イイコトがあるよ」
金の髪をかき上げて、スレン様は格好付けた。多分。
流し目をくれられる。
緑の瞳が、イタズラっぽい光を湛えたように見えたと思ったら、覚えのある嫌な予感がした。
「まずは、ボクからの」
「え!?」
ん、と唇を寄せてこられた。
と、思ったら物凄い勢いで遠ざかっていた。
地主様とジェスがほぼ同時に、スレン様の肩に手を掛け、大きく引っ張ったからだ。
両の肩をぐいと引かれたスレン様の足元は、当然の事ながらふらついた。
「魔女っこは、ぼくのなの!! 勝手に触らないで」
私に抱きつきながら、スレン様を見上げる。
カールが頬っぺたを真っ赤にしながら、しがみついて庇ってくれた。
「えー? そうなの、フルル?」
「ええっと」
「スレン! 子供相手に何だ」
収まらない騒ぎの中、パン! パン! と小気味良い音が響いた。
村長さんだった。
両手を打って注目を集めたのだ。
「ジェスはお客人に村をご案内してくれ。ミルルーアは子供たちと一緒に戻るように。それから、まかないの方がどうなっているか、おかみ達に聞いておくれ」
ミルアはすぐさま、ジェスはしぶしぶ頷いた。
「エイメ。私たちは仕度に戻るよ。何、すぐに戻るよ。だが待っている間、地主様にお役目の説明をしておくれ」
「はい」
村長さんからはそう頼まれた。
頷いたが、どう説明すればいいのかと少し困った。
皆、口々に頑張ってねと言い残して、部屋から出て行く。
だが向けられる眼差しに含まれるものは、そればかりでは無い気がした。
居たたまれない。
何だろう。
たまらなく、恥ずかしい。
「カルヴィナ、叔父様をよろしくね。さ、スレン様。リヒャエル。お祭りの様子を見学させてもらいましょう」
「そうだね~。下々の祭りに参加するなんて滅多に無い機会だしね?」
「レオナル様、エイメリィ様、それではまた後ほど」
「エイメ。その、また後でね? さ、ちびちゃん達! 行くよ」
「「またね、魔女っこ~」」
「魔女っこ、また後でね」
そんな中、一番最後で立ち止まったのはジェスだった。
「エイメ」
「今年はやぐらに掛ける梯子は、階段にしたんだ」
「うん」
「それは俺が、俺たちが作った。エイメがやぐらに上がり易いようにと」
「……ありがとう。大変だったでしょう?」
「いや。どうって事は無い。ただ――。」
ジェスも皆も私が巫女役をやると知らされていたのだ、と今更ながら思う。
梯子であっては、恐らくどころか確実に落下する自信がある。
「ただ?」
「ただ……。俺がカミサマ役だったんだがな。残念だ」
「……。」
どう答えたら、言葉をかけたらいいのか解らない。
困って見上げると、真剣な眼差しが覗き込んでくる。
「せめて、祭りでは一緒に踊ってはくれないか?」
「えっと」
「嫌か?」
「あのね。嫌って言うより、その」
「嫌じゃない?」
「踊れないから。その、私の足だと」
ジェスが首を左右に振る。
「そんな事は無い。いや、構わない」
「踊れないよ?」
なおも念を押すように言ったのだが、ジェスは譲らなかった。
「エイメ。待っている。待っているから。巫女役が終わったら、やぐらから降りてきてくれ」
「うん?」
「待っているから」
そう幾度も言い残してから、皆の後に続いて行った。
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とうとう、地主様と二人きりになってしまった。
「カルヴィナ」
ジェスが扉を閉めたのと同時に、名を呼ばれる。
地主様は椅子を引いて、私の真横に腰を下ろした。
あまりに自然に寄り添うようにされるから、警戒する間も無かった。
「どうした訳だろうな。外れなくなった。大魔女の娘の意見はあるか?」
「お困りでしょうか?」
「少しな」
いくらか躊躇った後、地主様はぽつりと呟いた。
先程と同じ、落ち着き払ったものだ。
だが心なしか、しおれて聞こえもする。
「失礼します」
そっと仮面の下から両手を差し込んでみる。
地主様の頬に触れる。
そっと。
少しざらついている。
今日はまだ髭を剃られていなかったのだ、と思う。
やはり仮面はビクともしない。
仮面越しの眼差しは、遠いようでいて間近に思えた。
彼の視線が痛いったらない。
そっと仮面の頭の部分に触れてみる。
あたたかい。
あたたかい?
この陽射しのせいでなのか。
それとも地主様の体温がうつったせいなのか。
獣の毛並を紋様化して彫られた部分は、風をまとう様を表している。
そう。
彼の……森のカミサマと崇められる彼の名は『疾風まとう暗闇』という。
そっと、その名を呼んでみる。
『シュディマライ・ヤ・エルマ』
巫女役だけが許される、その呼び名を。
『おかしいな。また、長くなった』
だいたい毎回1000文字くらい書いてから
「うん。これ以上無理。(ギブ)UPしようかな」
等と思うわけですよ。
それなのに。
気が付くとハナシが膨らんでおります。
ああ~。