55 地主とカミサマの面
準備をするというカルヴィナを見送った後、客間へと案内された。
扉を開けたとたん、目に入った奴の存在に迷わず眉根を寄せる。
「何で、おまえがいるんだ。スレン?」
「つれないなー、レオナル」
「申しわけありません」
「リヒャエル」
リヒャエルがすかさず詫びてきた。
だが、言葉ほど悪びれた様子は感じられない。
しかし、そこはかとなく諦めは感じられた。
「叔父様、お祭りですもの」
祭り用にと用意してもらったのだろう。
赤い衣装に揃いの額あてをし、同じくらい頬を赤く染めた姪が取り成す。
「リディアンナ」
「叔父様もお祭りに参加されるのでしょう? 皆も今年は地主様がいらっしゃるからって、うんと張り切ってるって。さっき、ミルルーアから聞いたわ!」
楽しみね、とはしゃぐ姪に手を取られ、振り回された。
いつも大人びた落ち着きを持った姪の、年相応の反応は微笑ましい。
「そうそう。この高貴な身分のボクだって、下々の者の事に興味が無い訳ではない。それに、いい機会じゃないか? ボクのような存在に心乱されるコが出てくるのも」
「おまえはもう帰れ。いますぐ!」
「嫌だなぁ、レオナル。だってさ、フルルが巫女役なんでしょ?」
「……。」
「だったら、その晴れ姿を見ないで帰るなんて、男が廃るからゴメンだね」
こちらの様子を窺うように言う、奴の道理に拳を握り締めた。
気取った物言いと、斜め上から見下すかのような態度に、いつも以上に腹が立つ。
それは奴も同じなのだろう。
いつにも増してスレンの態度は挑発的だった。
「スレン。騒ぎは起こすなよ」
「騒ぎ? 騒ぎって何さ」
「カルヴィナに構うな。それにその呼び方もやめろ」
「嫌だね」
「表に出るか?」
「何なわけ? さっきから。ボクにとってあのコは、フルル。それにフルルは、レオナルの物じゃないでしょ。指図されるいわれは無いね」
「その呼び方はやめろと言っている!」
震えながら歩くから。
何故そう呼ぶのか尋ねた時の、奴の答え。
かっと頭に血が上る。
その勢いのまま、スレンの胸倉に掴みかかった。
締め上げる。
「叔父様。スレン様。いい加減になさって! 今日はお祭りなのよ?」
「……。」
「だよ、レオナル?」
リディの制止の声に我に返る事が出来た。
それはスレンも同じだったらしく、争う気は無いのだと両手を上げた。
睨みつけると、顎をしゃくられた。
突放すように、奴を解放する。
「まったく。短気な叔父様で困るよね、リディ?」
「スレン様も一緒ですわ」
リディアンナが、呆れたようにスレンに返した。
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「あの面を被るんだってさ」
そう言いながら、壁を指差す。
そこには獣を模した仮面があった。
「やぐらに上がっていいのは、カミサマと巫女役だけって決まりなんでしょ。いいのぉ、レオナル?」
本日の巫女役はカルヴィナだ。
そしてカミサマとやらの役、は?
スレンが、唇の両端を吊り上げながら、揶揄するのを聞き流すよう務めた。
あくまで挑発的な物言いをする奴に苛立つ。
それは、あまり寝ていないせいもあるだろう。
そう己で結論付ける。
「詳しいな」
「誰かさんと違って、早起きしたからね~。ねぇ、リディ? 村長さんのお話はためになったよねぇ」
我々よりも少し高みから、見下ろしているようにも見えるそれ。
深い闇色でありながら、静かに光沢を放っている。
瞳の部分はくり貫かれ空洞になっているが、それがまた妙な存在感を与えている。
面は狼の様にも見えなくもない。
やや長めの鼻ヅラに三角に尖った耳。
額から頬にかけて、毛並を紋様化したのであろう渦巻が彫られてある。
仮面は口元までは覆わずに、上あごまでの造りだった。
牙を模した細工が大小、付けられている。
「レオナルに似合いそうな禍禍しさだね」
等と、忌々しい事をほざきながら、スレンは仮面に手を伸ばした。
「この輝かしいボクには、到底似合いそうも無い」
スレンが呟くのと同時だった。
視界が闇色で占められた――。
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エイメなら、カルヴィナなら、この事態に説明が付くかもしれない。
そう結論付けて、大魔女の娘に一縷の望みに賭ける。
そうして、巫女役の控えの間に押しかけたのだ。
「エイメ、いいかな?」
石屋の娘が扉を叩くと、中からすぐに返事があった。
(何だ?)
カルヴィナの声に反応して、何とも言いがたい感覚に襲われる。
仮面が熱を帯びたような、ざわついたような。
仮面は意思を持っており、明らかにカルヴィナの姿に反応している。
そこには、美しく着飾った乙女がいた。
白い衣装に金の刺繍が、娘の髪色に映える。
細かく編み上げられた細工物のような衣から、負けないくらいに白い手足が覗いている。
白と言っても、あたたかみの感じられる風合いのように見えるのは、陽光のせいか。
うっすらと化粧をしているのであろう頬は、いつも以上に滑らかに、やわらかそうに見えた。
そこに一点、鮮やかな紅を刷いた唇が、物言いたげに薄く開かれている。
瞳は驚きのためなのか、大きく見開かれ潤んでいた。
今にも夜露が零れ落ちそうな――。
急激な渇きを覚える。
思わず仮面に手を寄せた。
そのまま、皆と同じようにカルヴィナへと歩み寄る。
「魔女っこ、きれい!! お嫁さんみたいだっ!!」
「きれい――! 魔女っこ、お嫁さん!?」
「魔女っこ、お姫さまみた~い!!」
カールが一番に駆け寄った。
続いたのは双子たちだ。
口々に感嘆の声を素直に上げながら、突進して行く。
「おや。化けたねぇ」
「もう! スレン様ったら素直でないのね。カルヴィナ、本当に素敵」
スレンがからかうと、リディがたしなめる。
そんな二人も巫女装束をまとったカルヴィナに、賞賛の眼差しを送っていた。
村長とそのせがれが、遠慮がちに進む。
息を飲み、一瞬カルヴィナに見惚れたせいだ。
そんな気配にも敏く気取る。
仮面がそれを認識した途端に、冷たく感じられた。
それはとても不快だった。
その冷たさがではなくて、カルヴィナに向けられた熱帯びた視線が。
口元を歪めてしまっていたのだろう。
俺の感情の動きに敏いカルヴィナが、怯えた眼差しを寄こした。
子供たちに抱き縋ったまま、言葉無くこちらを見上げている。
その事にひどく満足を覚える。
そうだ。
『 我 だ け を 見 て い れ ば い い 』
一瞬……。
自分が、自分ではない感覚に呑まれたような気がした。
『我だけを』
だが、その感覚におおいに同意してしまった。
カルヴィナに歩み寄る。
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「と、言う訳だよ。フルル?」
スレンが全く反省のみられない口調で説明する。
「何がと、言う訳だ!」
これに怒鳴り返したのは、村長のせがれだ。
「ジェス! その面が地主様をお選びになったのだ」
村長は慌てたように、息子をたしなめた。
スレンの不興を買いたくは無いのだろう。
「親父……。くそっ!」
「今までこんな事は無かった。仮面が外れなくなる事など」
「一体、どうなっている?」
本日のカミサマ役とやらはこいつ、村長のせがれだったようだ。
物々しい黒い羽飾りの付いたマントを羽織って、仮面を取りに来たら、この騒ぎだったという訳だ。
一緒になだれ込んできた、ちび兄妹たちも心配そうに事の成り行きを見守っている。
一同が見守る中、頭をふってもみたが仮面は張り付いたように、びくともしなかった。
傾けた拍子に、仮面の耳元に付けられた紐も一緒に揺れた。
本来ならば、これを頭の後ろで結びつけて固定するのだろうに。
あらためて、事の異常さにゾッとするしかない。
「俺が訊きたい」
『いたずらに仮面を被せられた地主』
やっと! ここまで来ましたっ、てな気分です。
ここまで出来ていたのに、なかなか辿りつけない日々よ……!
さぁ、役者はそろったぞ~。