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53 祭り当日の魔女の娘と地主

 

 少し、体が重く感じるのは寝不足のせいだと思う。


 それ以外に原因なんて思いつかない。


 ……眠れないからと、無理やり呷った果実酒くらいしか。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 村長さんの家の一室を、控え室にするようにと言われてあった。


 約束通りに朝早く、ミルアが迎えに来てくれた。


 地主様も一緒に付いて来た。


 何ともいえない重苦しい雰囲気を引き摺ったまま、サワヤカな朝の陽射しを浴びながら、移動した。


 地主様は客間へと案内され、私は別部屋へと案内される。



 二人きりになると、ミルアが恐るおそる尋ねてきた。



「ど、どうかしたの昨夜?」


 どうもこうも。


 そう思い当たったら、また無性に怒りがこみ上げてきた。


「どうもしないわ」


 ミルアは期待一杯の瞳を潤ませながら、流し目を寄こす。

 とてもじゃないが信じられないと、その目は言っていた。


 我ながらそう思う。


 鏡の中の自分の姿を見れば、嫌でもそう思う。


 目蓋がはれぼったくむくんでいる。

 最低。


 泣いたのが一目で丸解りだ。


 それだけではない。


 唇までもが異常に赤く、腫れていた。


 何て事か、と思う。


「嘘よ」

「そうね。嘘だわ」

「えっ!? 何、教えてよ。地主様と何があったの」

「教えられないわ」


 わざとらしく顎をそびやかして、そっぽを向いてみた。


 そう。


 私は今、とてもとても機嫌が悪い。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 流石の地主様も湖底に引きずり込まれれば、危ういに決まっている。


 気を失ったずぶ濡れの地主様を抱きかかえて、一角の君を責めた。


『そんなに怒らなくても良いではないか』


 と、何やらもごもごと言い募る一角の君は、慌てたように角を一振りした。


 その途端、暖かな風が吹き、包まれたように感じた。


『その者もじきに目を覚ます。服も髪も乾かしてやった』


 だから何だというのだろう?


 どうあっても詫びようとしない一角の君を睨み、未だ目を覚まさない地主様を庇うように抱えていた。


『だから、なんだと言うのです?』


『うぬ……。そう、へそを曲げてくれるな』


『貴方様の方が格上でいらっしゃいます。ですから、私の機嫌を窺う必要などございませんでしょう?』


 常々、上から目線である彼にありのままを告げる。


 一角の君は立ち去る事も無く、ただ、その場で足踏みを繰り返していた。


『そのような事を言わないでおくれ』


『もう知りません。今後一切、貴方様とはお付き合い致しません』


 そして私との、不毛なやり取りを繰り返した。


 だから、さっさと立ち去ってくれれば良かったのに!


『そのような事を言わないでおくれ。そなたには、我が花嫁になってもらおうと思っているのだから』


『お断りします。もう二度と会いません。絶交です』


 そんなやり取りに疲れた頃に、一角の君が角を振り上げて、後ろ足だけで立ち上がった。


『ところで。その寝たふりをしている地主とやら。いい加減にせぬか!』


 一瞬、何の事か判断付かなかった。


 寝たふりをしていた?


 いつから?


 かっと頬と頭に血が上った。


 思わず、強く抱え込んでいた地主様の頭を、勢い良く振り落としていた。


 地主様はゆっくりと、身を起こした。


 その様子を見て安心したのと同時に、気がつけば拳を振り上げていた。


 もう、知りません!


 ぽかぽかと地主さまをぶってしまった。


 それくらいではびくともしない地主様が恨めしかった。

 結局それごと広い胸に受け止められてしまった。


 なお悔しいったらない。


 わたしばかりを責めて。


 初めての――。


 おまえが悪いと地主様は、そう言って私を責めた。

 そう責めながら口付けてきた。

 身動きできないように押さえつけて、吐息ごと私の自由を奪った。


 奪われたのは身の自由だけではない気がしたが、他に何なのかは解らなかった。


 だからと言って、一角の君に感謝する事など出来なかった。


 訳がわからなくなって、悔しくて泣けた。


「すまなかった、カルヴィナ」


 申しわけ無さそうに呟かれた言葉に、大きく(かぶり)を振り続けた。


 私が泣くくらいで困るのならば、おおいに困らせてやれと思ったくらいだ。


 のろのろと立ち上がろうとした時に、手を伸ばされた。


 どういう訳かひどく驚いてしまった私は、その手を叩きつけてしまった。


『嫌っ!』


 思い切り拒絶の声を上げて、身を引いた。

 その拍子に後ろによろめいたが、構うものかと思った。

 むしろ、今後一切構わないで欲しいとも思った。


 いつの間にか後ろに回りこんでいた、一角の君に身体を支えられた。


『我につかまれ。森の娘』


『……ぃ』


 嫌という言葉は飲み込んだ。

 素直に従う。

 その白い首筋に腕を回して縋りつく。


 地主様に背を向けて。


 自分の足で魔女の家に戻るには、それしか方法が無かったからだ。


 そうしなければ地主様にまた、抱え上げられてしまうに違いなかったから。


『我の背に跨っても良いのだぞ?』


 どこか安堵を含ませた物言いで、一角の君はそう勧めてくれたが、首を横に振った。


 振り続けた。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。


 それから無言で戻った。


 一角の君の蹄の音だけが、闇の中に響いていた。


 せっかく蓄えた森の力も、楽しい気分も台無しにされてしまった気がした。

 地主様に対して失礼だと思ったが、苛立ちは収まらなかった。


『ありがとうございます。----さま』


 一角の君の耳元にお礼を囁いてから、別れた。

 わざとらしく真名も呼んでしまった。

 気高い一角の君は、真名を呼ばれることを良しとしない。


 縛られるからだ。


 その名を口にする者の意思に、場合によっては良いようにされてしまう事もあるのだ。


 私自身それは何と傲慢な行いかと、普段は諌めていた行動だった。


 だが、その時は違った。

 とても凶暴な想いに駆られていた。

 そうして主導権を主張してやらねば、好き勝手されると思ったのだ。


 今まで大人しくしていたから、付け上がらせたのだ、きっと。


 そのように導き出された答えに、自分自身が一番驚いていた。



 おろおろする一角の君と地主様に、何だか余計に腹が立って仕方が無かった。


 いつも、大いに威張っているのに、おかしい。

 私の顔色を窺うなんて、本当におかしい。


 そればかりに気を取られてしまう私が、一番おかしい。


 二人に背を向けて、さっさと部屋に篭った。


 速やかに部屋の鍵を閉めて横になってはみたものの、興奮していて寝付ける自信など無かった。



 明日は大事なお勤めもある事だし、ここはもう無理やりにでも眠ってしまおうと考えて、果実酒に手を伸ばしたのだ。


 地主様には禁じられていたが、構うもんか。


 寝しなになってようやく、この訳のわからない気持ちに説明がつき始めていた。


 何となく、裏切られた気分。


 地主様は、「私に、こんな事を絶対にしない。」そう、固く信じていたのだ。

 信じる。

 信頼するというよりも、疑いもしないでいたというのが正しいのかもしれない。


 だって、そうでしょう?


 私のような者が側に居るだけで、勘違いされて迷惑だと仰っていたではないか。

 きっぱりと、誰がなびくかとお怒りだった。


 私のどこが気に入らないかを、スレン様に力強く説いておられた。


 この耳でしかと聞いたから、間違いない。




 地主様は先々、お嫁さまをお迎えになられるだろうに。


 その時までに、私の借金が無くなっているとは到底思えない。


 と、言う事は、だ。


 私は変わらず、地主様にお仕えしなければならないという事だ。


 そうなるのならば。


 それは、とても気持ちの悪い事だと思った。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 怖かった。

 地主様が。


 地主様が、死んでしまわれたかと思った。

 心配した。


 それから、腹が立った。


 寝たふりをしていたと知ったから。


 それから。


 それから。


 後から後から一気に、湧き上がって来る感情に押されるように、涙が零れた。


 泣きながら目覚めて、鎮まらない怒りの正体に、また泣けてくる。


 それでも必死にこらえて、ここまで来たのだ。


 今日はお祭りで、私は巫女の役なのだから、頭を切り替えなければならない。


 そう言い聞かせながら。


「エイメ。あのさ、とにかく、その。着替えようか?」


 ミルアが気を使いながら、慎重に私の髪に触れた。



『魔女っこ 混乱。』


こんなに怒った事ないので、魔女っこ消耗しています。


妙に興奮したまま、お祭り当日~。


大丈夫でしょうか。


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