51 生まれたままの姿の魔女と地主
気が付けば、地主様の腕の中だった。
慣れたはずの状況。
心が騒ぐ。
ちっとも慣れたり何て出来やしない。
「おまえが……悪い。あれほど鍵を閉めて休めと忠告したのに」
「し、閉めました」
そう。
確かに閉めて横になった。
いったんは。
深いため息と共に、小さく舌打ちされて、身体も心も震えた。
「掛けていないも同然だ。こうやって抜け出すのならば」
「もう、申しわけありません、でした」
一方的に責められながらも、どうにかこうにか謝った。
怖い。
布一枚の隔たりがどんなに大事か。
今、思い知った。
地主様はいつも服の上から、私を抱きかかえた。
当たり前だ。
同じように抱きかかえられるにしても、生まれたままの姿の今は、恐ろしく何かが違うと思った。
同じように背中、わき腹に通される腕の力強さは恐怖でしかない。
肌に触れる手のひらから伝わる熱に、地主様の手はこんなに熱かったのかと思った。
ただ、大きく力強いだけではなく。
居心地悪く身体を捻りながら、どうにか腕で彼との距離を取ろうとした。
例えそれが僅かであろうとも、重要だ。
何せ隙間無く抱きしめられているせいで、私の貧弱さを彼に押し当ててしまっている。
片方で地主様の胸元を押し返し、もう片方で胸元を隠す。
地主様はびくともしない。
それ所かより一層、抱き込まれてしまった。
「地主さま?」
声が震えた。
恐るおそる見上げたが、地主様の表情を伺う事は出来ない。
地主様のお顔が、ぴったりと私の頭に張り付いているからだ。
確かにこうしているお陰で、私の貧弱さを地主様の目に晒す事は無い。
無いのだが、もっと悪い気がした。
弾力に乏しい私の身体の線が、丸分かりではないか!
地主様のお考えがわからない。
私の抵抗など、始めから存在しないかのようだ。
わずかに取れた距離もまた、背に押し当てられた手のひらに引き戻されてしまう。
「……。」
「地主様。あの、上がりましょう? 地主様が冷えてしまいます」
「……。」
「じぬしさま?」
「……だ」
「え?」
「嫌だ」
「っ!?」
予想もしない答えに、言葉に詰まるしかなかった。
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では、いつまでもこうしている気なのだろうか?
そうだとでも答えられたら多分、私は泣き出す。
今だって、堪えているのだ。
体が震えだす。
「おまえが悪い。おまえが……。無防備な姿で、幻獣などと戯れたりするから」
「も、もうしわけっ……っく」
どうにもままならない状況でまたも責められ、謝っているのにも関わらず彼は拘束を解いてはくれない。
許す気がないに違いない。
そう思い当たったら、涙が溢れ出してしまった。
言葉もつまる。
だから謝罪の言葉は飲み込んだ。
許してくれないのならば、いくら謝っても無駄だから。
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泣き出した途端、彼の腕に力がこもった。
苦しい――。
胸が痛む。
張り裂けそうだ。
どくどくと脈打つ胸の鼓動が自分のものなのか、地主様のものなのか。
判別つけ難い。
涙を覚られたのだろうか。
また強く抱き寄せられてしまった。
痛みが重なる。
と、いう事は痛みを訴える場所は、同じだという事だ。
ああ、また、だ。
ぼんやりとそう思う。
地主様も痛みを覚えているのは、どうした事なのだろうか?
『どこか、い……痛むのですか?』
たまらなくなって尋ねる。
口から滑り出た言葉は、古の響きを放っていた事にも気付かないでいた。
『いいや。何故そう問うのだ? カルヴィナ』
対する地主様も古語で返して来た。
そこでやっと、自分が古語で問い掛けていたと気付かされた。
『地主様が痛みを訴えていらっしゃるからです』
『痛みなど、感じていない』
嘘だ。
これほど密着していれば、流れてくる感情をせき止めるのは難しい。
痛い。
呼吸をするのだって苦しいくらいに、胸が狭まる気がしてならない。
『あれは何だったのだ、カルヴィナ?』
『……。』
『おまえに真名を迫っていたな?』
『……。』
『カルヴィナ。答えろ』
首を横に振る。
「地主様。一角の君は人という存在を嫌っております。容易く口にしてもいけません。彼の耳に届いたら何をされるか。ですから、早く、上がりましょう?」
思わず、古語に切り替えてしまっていたのも直す。
「あれは何だ?」
「昔、私の過ちで、彼の一角の君を怒らせてしまったのです。それから、です。彼は約束さえ破らなければ、無茶な事はいたしません」
「約束とは何だ?」
「地主様にお伝えする訳にはまいりません。彼の君との契約ですから。どうぞ、お許し下さい。彼を怒らせてはなりません」
静寂に波うつ水音に、心許していてはならないのだ。
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満月を背に受けた地主様の表情は、今までに見たことも無いものだった。
思わず息を詰めて見上げる。
無表情でありながら、こんなにも訴え掛けてこられるような眼差しは、何を言わんとしているのだろうか?
わからない。
わかるわけが無い。
私はただただ、たじろぐしかない。
痛い。
苦しい。
この胸に湧き上がる、疼きに説明なんてつかない。
満月の力を借りて、力を引き出すのは男性も一緒だったろうか?
元より自信と能力に溢れたお方だ。
何もかもを味方につけて、いつ何時でも光を放つに違いない。
鋭い中にも、柔らかさを見出せるようになったと思っていた。
そんなのはただの自惚れでしかないと、言い聞かせるに限る。
地主様は、誰に対しても平等にお優しい。
時に厳しく感じられる事があっても、それは等しく同じように厳しいのだ。
だからだろう。
いくらか知り合った足の不自由な娘にも、同じように気を使いだしたのだ。
地主様の気の良い所だと思うと同時に、容易く他人を信用するなんて、育ちが良い証拠だとも思う。
しっかりと真正面から見詰められて、そうやって思考を飛ばした。
それなのに、導き出された答えがそれかと泣きたくなった。
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ひとつ、ゆっくりと瞬く。
一体どれほどそうやって、見詰め合っていたのだろうか。
ほんの短い間だった気もするし、果てしなく長い間だった気もする。
もう、ひとつ瞬くと、眦をあたたかな雫が伝い落ちた。
それを払うように、地主さまの親指が頬を滑る。
『カル・ヴィナ』
夜の雫と彼が呟きをもらしたかと思えば、耳元にやわらかさを与えられていた。
発音が違えば意味も異なる。
『カルヴィナ。俺の名づけた名を、真の名に』
言われた言葉の意味がわからない。
ただ何かしらの衝撃をこの胸に与えた。
その意味を問い掛けるように見上げれば、地主様の唇が近付いて見えた――。
『どうしようもないタイトルですな、オイ。』
魔女っこ目線だと、混乱の極みでプチ・フリーズのため
色気も恋心らしきトキメキも薄いですねぇ。
現状説明がせいぜいとキたもんだ。
地主目線だと どこを見ていやがるんでしょうか。
と、問い掛けたい出来栄えに 作者 ぐったり★
です。