5 魔女の涙
「おまえは魔女の知識を生かして俺に仕えろ。そのためにここへ連れて来た」
「それではなおの事、私は森に在らねばなりません」
「一人でいたからこその、あの様だろう。ただ泣き暮らしていた奴が、森に戻って何とする? 再び泣き暮らすつもりか?」
「もうそんな事を繰り返さないように致します」
頑として言い張った。
私は大魔女の娘。
森から離れては生きていけない。
彼は魔女の理を知らないに違いない。
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税金を納めないという大魔女の元に、何度か通った事がある。
しかし大魔女はどういう訳か、こちらの動向を事前に察していた。
いつ訪れても大魔女は一人きり。
噂で聞くだけのカラス娘はどこか使いにやっているようだった。
それか隠れるように言い渡しているのか。
気にはなったが、あえて追及した事は無かった。
いつも他愛のない話をした。
最後に、税を納めていないのはこの家だけだと言い置く。
すると魔女は笑いながら、小瓶に詰めた軟膏やら薬草やらを手土産にと持たせてくれた。
時折り――木々の間、視界の端を闇色が掠めたような気がして、振り返りながら森を後にする。
そんな事を数年、繰り返した。
最後にしたやり取りは一ヶ月と少し前。
「あの子にはすべて伝えてきた。思い残す事など何も無いよ。あんたが森の恩恵に預かりたいというのなら、それは森に尋ねるがいいさ」
「ばあさん」
「わたしゃもう行くよ。あんたが森をつぶそうが、どうしようが好きにしたらいい。ただ森は応えるだけだ」
そういい残して大魔女は去って行った―――逝ったのだ。
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返済の意思はあるのかと訊いたら、あるとはっきり答えた娘。
その深い夜闇を湛えた瞳を逸らさずに言い切った。
気に入った。
それは俺の元に留まり仕える気があるのだという意思表示だと解釈した。
それなのに、娘は森へ帰るのだと言い出した。
不可解に思い尋ねれば、ますます頑なに自分は魔女であるからと言い張るのだ。
全くもって理解できない。
魔女はどこにいようと魔女だろう。
「おまえは働いて返すと言ったではないか」
「はい。だから、森に帰らないと材料を用意する事もままなりません」
「何か必用な物があればこちらで用意させる」
「それでは意味がないのです」
そのような堂々巡りを繰り返すうち、段々腹が立ってきた。
元より気が長いほうではない。
「税を納めずにいた者の土地は元より、家もこのロウニア家の所有物だろう。おまえはどこに帰ると言っているのだ?」
隙あらば這いずってでも、戸口に向おうとする娘の両手首を掴みあげる。
「森に……あそこが私の生きる場所」
なのに、と娘は心底悲しそうな呟きを漏らした。
堪え切れ無くなったらしく、涙が溢れ頬を伝った。
夜闇から零れる雫であっても、透明なそれは夜露を思わせた。
静かに涙を溢れ続ける姿に、何がもうそんな事を繰り返さないようにするだ、と思った。
どの口がそれを言う。
「おまえみたいな者が泣くと腹が立つ!」
思わず大きな声が出てしまっていた事を、悔やんだがそれは後悔でしかなかった。
要するに、遅かった。
出す前に悔やむべきでなければならなかった。
気がついても、次回に実行を回すしかない反省点だった。
「っ、ぅ・・・えっぅく――!」
恐怖に歪んだ表情のまま、少女は盛大にしゃくり上げた。
小さな獣が仕留められ最期の時に上げるような声は、こちらの胸までが締め上げられる。
泣かせたのは俺で間違いが無い。
「泣くな!」
狼狽がそのまま声に現れていて、情けない事この上なかった。
もちろん少女は泣き止まない。
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『な~かした~な~かした~』
何この仮タイトル。
『なか せ た』ではなく『なか し た』になっている辺りが、
作者の脳内までもが訛っていると物語っているようです。
あ~あ~。 いいオトナが~。