48 地主と魔女と村長親子
にこやかに迎え入れられて、ほっとした。
村長さんは、やっぱりあれこれと勧めてくる。
「いよいよ明日は村祭りだからね。エイメは巫女役なんだから、しっかりお食べ。ああ、無理ではなく食べきれる分だけね。この魚はわたしが釣ってきたんだよ。食事の後には甘いものも用意しているから、その分の余裕を残しておくと良い。女の子は甘いものが好きだろう?」
「はい、ありがとうございます」
恐縮してしまう。
村長さんときたら、地主様やジェスのことがまるで目に入っていないかのような様子なのだ。
もちろん、一番最初には地主様を労って、一番大きなお魚を用意していた。
でも私に色々と取り分けてくれる。
給仕をしてくれるお手伝いのおかみさんも、やや苦笑気味だ。
それでも「あらまあ、旦那様は世話焼きでらっしゃるから。遠慮はいりませんよ」と、言うだけだった。
「親父、ほどほどにしてやれ。エイメが困っている。そんなに口うるさくすると、落ち着いて食べられないだろう」
「ああ……。そうか、エイメ。遠慮はいらないからね」
そう言って、すぐ目の前に座る村長さんは目を細めた。
隣には地主様が座っているのに、村長さんは私のお魚だという方の身をほぐし始める始末だった。
まあでも、村長さんにしてみたら、私はうんと子供に見えての事なのだろうが。
地主様とジェスは口数少なく、食べる事だけに集中しているように見えた。
実際、二人の食べ方には驚かされる。
大きなお魚はすでに綺麗に骨だけになっているし、既に最初によそわれたスープは空っぽだった。
もう一杯と、お代わりがよそわれる。
「気持ちの良い食べっぷりですこと! 作るほうとしては、これほど嬉しい事はありませんよ」
おかみさんが晴れやかに笑いながら、新たに焼きたてのお魚を用意していた。
香草をまぶして焼かれたそれは、香ばしい良いにおいが湯気と共に上がっている。
「ああ、とても美味い」
「光栄ですわ、地主様にそう仰っていただけて」
私も良かったなと思って、ほっとしていた。
「エイメ? どうしたんだい? もう食べられないかな」
村長さんが手の止まった私を気使って、心配そうに尋ねてくれた。
「いいえ、あの。村長さん達にお夕食に招待してもらって、良かったなあと思ったのです」
「そうかい!」
一瞬驚いた顔をしてから、村長さんは満面の笑みを浮べて見せた。
「はい。だって私あまり準備していなかったから、地主様にご用意できるのは、スープが少しと昨日もらったパンだけだったのですもの。良かったです。ありがとうございます」
きっと、あの量では足りなかったと思っていたし、今の光景を目の当たりにして確信していた。
地主様は「充分だ」と言い張っておられたが、気を使わせての事に違いない。
やはり、男の人には充分な食事が要る。
テーブルに所狭しと並べられたお皿に盛られた、温かな食事に感謝した。
幸せな気持ちでにこにこしていたのだが、皆が気まずそうに黙り込んでしまった。
場が奇妙な静けさに包まれる。
何か、変な事を言ってしまったのだろうか。
そう気をもんでいると、改まって名を呼ばれた。
「カルヴィナ」
「はい」
隣の地主様を見上げる。
「おまえが用意してくれていた食事は、明日の朝にもらう」
「はい、わかりました。地主様」
声ばかりか、顔つきまでもが改まっておられた。
何だろう、この違和感は?
首を傾げずにはいられないが、その理由がわからなかった。
そのまま食事はすすみ、最後にお茶とお菓子が出される。
「エイメ、蜂蜜もかけておあがり。地主様もよろしかったらどうぞ」
「ありがとうございます。あの、少しだけで大丈夫です。食べきれないといけないので」
「そうか。いいよ、いいよ。好きな分だけで」
その頃にはもう、漂う違和感のその訳に気が付いていた。
村長さんは私にはすごく優しく話しかけるのだが、地主様にはそうでないのだ。
もちろん、あからさまに冷たい感じはしない。
しないのだが、必要最低限の礼儀を表すが、それ以上は無いのだ。
なんだか村長さんは怒っているみたいだった。
それをおくびにも出そうとはしない分、本当に地主様に対して怒っているのが伝わる。
もちろん、決め付ける訳にも、ましてやそう尋ねる訳にもいかないから、黙って知らないフリをするしかない。
何より地主様自身が、すごく穏やかだ。
――と、思いたい。
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「エイメは巫女の役回りを知っているね?」
「はい。いつもおばあちゃんから教わっていましたから、儀式の言葉も順番も大丈夫です。やり遂げます」
「そうかい。なら安心して任せる事が出来るよ。そう思いませんか、地主様?」
「ああ。カルヴィナならやり遂げるだろう」
「エイメ。巫女役の乙女はね……。未婚の女性でなければならないんだよ。もちろん、清らかな処女でなければならないのだよ。その事は知っているかな?」
「? はい、もちろんです」
村長さんは念を押すみたいに尋ねてきた。
私が魔女の知識をちゃんと受け継いでいるのか、確認しているのだろうか?
「よし。ちゃんと理解しているようで安心したよ。何せ言い伝えの乙女は、森の神様に嫁ぐ約束だからね。その日は一日、巫女役として振舞うのだから、そうでなくてはいけないよ。森の神様だけを想う乙女でなければ」
「はい、よく心得ております。村長さん」
「おお、そうか。そうか。エイメは立派な森の魔女だな。明日のお勤めも期待しているよ。――ねぇ、そう思いませんか? 地主様」
そう厳重に締めくくると、地主様に笑顔を向けた。
だが、どこか怖い笑みだった。
目が……。目が、笑っていない。
「村長。解らないでもないが、それは要らぬ心配だ。カルヴィナには大魔女の加護がついている。不埒な想いを抱く者は、あの家にすら近づけやしない」
「さようで。ならば安心いたしましたよ。年を取ると、どうも心配性になってしまっていけない」
「俺から言わせてみれば、祭りにかこつけて群がる狼の方が巫女に噛み付きはしないかと心配だ」
「ああ。それはもちろん。祭りを前に浮かれるケダモノどもは、よぅく躾けてありますから。それこそ、ご心配には及びませんよ。なあ、ジェス?」
「親父、地主様。二人とも、言いたい事はよっく解るが、いい加減にしろ」
最後の方には、ジェスまでもが不機嫌な声を出していた。
「地主様。お聞きになった通り。巫女は清らかな乙女でなければ資格が無い。そして、明日の巫女役はエイメだって事をお忘れなきよう」
「ああ。もちろんだ。決まっている」
「だったらエイメは今夜うちでお預かりしましょう」
「断る。それこそ不安材料だろう」
まただ。
終わりの見えないやり取りが繰り返される。
最終的には私にどうしたいかと尋ねられたので、迷い無く「森の家に地主様と帰る」と告げた事で、一応やり取りは終わった。
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ぽつんと一人、置いてきぼりにされたような気分だった。
そういえば、お祭りの打ち合わせはどうなったのだろうか?
結局は私が巫女としての心構えがあるのかどうかを、はっきりさせたかっただけのような気がする。
確かにろくに練習もしていないから、心もとなく見えるのかもしれない。
きっと成功させると約束をした。
それでも村長さんもジェスも、心配そうな顔を互いに見合わせていた。
夜も深くなってきた。
明日は早い。
ここに泊まるようにとしきりに勧めてくれる村長さんとジェスとに、暇を告げる。
せめて送ると言い張るジェスに丁寧にお礼を言ってから、それも丁重にお断りした。
地主様と二人、ゆっくりと歩いて戻る。
地主様に左手を引かれながら、ゆっくりと。
月明かりもあって、さすが祭り前の夜だと思った。
何もかもが力強く、特別な気配に支配されている。
地主様は灯かりで足元を照らしてくれながら、慎重に足を運べるようにしてくれる。
いつもみたいに、抱き上げたりせずに、私に森の中を歩かせてくれた。
道すがら、ぽつりぽつりと話しながら歩く。
「月が綺麗ですね」
「そうだな」
「森の気配も高まっていて、魔女の力になります」
「良かったな」
「はい。泊まることをお許しくださって、ありがとうございます」
「……ああ」
お礼を伝えると、ためらいがちな返事が返った。
それと一緒に、繋いだ手にぎゅっと力が込められた。
転ばないように?
私も、なるべくしっかり掴み返した。
『村長親子に心配される魔女っこ。』
うん。
村長さんは魔女っこの、父親気取りですからね。
色んな想いが渦巻いている訳です。
どんなにすましたつらをしていようともやろうはやろうなんだよエイメ――!
みたく。
手を出したらただじゃすみませんよ、と牽制親子。