47 地主と祭り前夜の魔女
気忙しい日々はあっという間に過ぎて、明日はいよいよ村祭りを迎える。
日ごとにカルヴィナの表情が、豊かになって行く様を見守っていた。
朝こちらに向う時は張り切って嬉しげだが、夕方迎えに来るとしょげ返っている。
その繰り返しだった。
いつも帰りたくないとごねるのだが、俺が絶対に許しはしないと諦めたのか、ここ四日ほどは言い出さなくなった。
ただその分、落ち込み方がひどくなっている。
準備疲れもあるのだろうが、ほとんど夕食には手を付けない。
仕度を済ませると、さっさと眠りについてしまう。
最初のうちは「きちんと食事を取らないようなら祭りの手伝いには行かせられない」と脅したが、見事に逆効果だった。
夕食ばかりか朝食すら、ろくに手をつけなくなったのだ。
朝はこれから準備に行くので機嫌の良いカルヴィナは、比較的きちんと食事を取れていたと聞く。
「食べられないと手伝いに行かれない」と言葉通りに受け取った娘は、気負いすぎて食事が咽喉を通らなくなったらしい。
リディアンナに責められ、学習しない自分を悔やんでみても始まらない。
カルヴィナは、小鳥か小動物と同じと思うくらいでちょうど良い。
脅かすと萎縮して何も手付かずとなる。
俺から何か言われる事は、カルヴィナにしてみたら「絶対命令」らしかった。
少しは歩み寄れたかなどと思ったのは、俺だけの錯覚だったとよくよく思い知らされた。
最初カルヴィナに、恐怖を刷り込んだのは俺で間違いない。
逆らうと何か罰が待っていると、条件つける物言いは二度とするまいと誓う。
もうしばらくは様子を見て、何も言うまい。
あとは軽食を持たせて、石屋の娘に任せることにしている。
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どうやら、女だけの秘密の腕輪作りも無事に終わったらしい。
それも含めて、準備はどうにか間に合ったと、安堵の表情を浮かべた娘二人から告げられた。
「本当に本当にエイメが来てくれなければ、どうなっていた事か! ありがとうっ」
「がんばったねぇ、ミルア。みんなも。良かったね」
健闘を称え合う二人を、単純に微笑ましいと思う。
やり遂げたという達成感に、明日への期待が高まってか、瞳が輝いている。
「じゃあ、エイメ。お祭りの衣装合わせをしましょうか!」
「……衣装合わせ?」
明るい声に対して、カルヴィナの声は低めだった。
明らかに乗り気からは程遠いと窺わせるに充分な口調。
それでも生き生きとした表情で、楽しげにカルヴィナの手を取っている石屋の娘に、気にした様子も無いが。
おそらく姉に付き合わされた事を思い出しての事ではなかろうか、というのはただの俺の推測だ。
カルヴィナに、己を飾り立てようという意識を持て、と要求しても無駄だと知っている。
カルヴィナは極端に目立つ事を厭うのだ。
どうやら魔女には魔女の装い方があるという心構えらしい。
森を行き来するために身軽で、華美過ぎず、実用的な物を。
色合いは花のものではなく、森の木立に馴染むものを。
それがカルヴィナの願いだった。
姉がどんなに娘らしい物を勧めても、気持ちは変わらないらしく、浮かない顔をしていた。
好きにさせてやればいい。
そう思うに至っている。
姉も同じらしく、だがリディアンナを通してそれとなく、似合う衣服を届けるのは止めていない。
娘二人のやり取りを見守っていると、助けを求めるような視線とぶつかる。
それもすぐ、逸らされてしまった。
それを追う。
どうやらカルヴィナは、祭りの巫女役に選ばれたらしい。
「これ! エイメ着てみてね。多分、大丈夫だと思うんだけど、エイメは華奢だから念のため」
「え? だから、私が何で巫女役? ミルアがやるものだと、てっきり」
「わたしを見ていたらわかると思うけど、そんな余裕はありませんでした。古語を完璧に発音するのも、祈りの言葉をそらんじるのも無理です。時間が無さ過ぎたわ」
「だからって大事な役でしょう?」
意気揚々と白地の衣装を持ち出してきた石屋の娘は、さも当然だろうと言わんばかりだった。
「私たちの誰もが準備に追われていたわ。とてもじゃないけれど、森のカミサマが納得するような古語を操れる自信なんてない。もしエイメが来てくれていなかったら、私たちのうちの誰かは腕輪造りを諦めていたわ」
「だからって私でなくてもいいと思う」
選ばれたとういうのもどうかという状況は、はめられたの間違いなのではないか。
そう言いたげな表情だった。
「何を言っているのよ! わたし、一番最初に言ったわ。そうでなければ誰が古語を操れるって言うの? お祭りを手伝ってくれるのでしょう、大魔女の娘よって」
「……。」
「エイメは納得してくれているのだと思ったわ。協力してくれるって、安心したの」
「じゃあ、何で言ってくれなかったの?」
「忘れていたの。言った気になってて」
さらりと石屋の娘は言ってのけた。
明らかに、計画的な犯行だと思わせるに充分な方便だった。
カルヴィナの視線が泳ぐ。
おぼれる者が、何か助けになるものを求めるかのように。
それでもカルヴィナは、こちらを見ようとしなかった。
一昨日から心なしかカルヴィナから避けられている。
当然か。
人の心に敏い娘だ。
俺の抱いた感情に晒されて、本能から怯えているに違いない。
幼子にしてやるかのような、仕草を務めたつもりだったのだが。
まさかのお返しに、俺の中で何かが弾けた。
箍が外れたと表現するのが相応しいのかもしれないが、そう言ってしまうにはあまりにささやかな崩壊だった。
――本当にこの胸の何かが外れたら、あの程度などでは済まない。
本当の手枷足枷が必要になる事だろう。
そもそも最初から、俺に枷となる何かがあるのかと問われたら、何も答えられないが。
「確かにカルヴィナは請け負っていたな。祭りには大魔女の娘の助力が必要だと」
「地主様……。」
「この土地を預かる者として、祭りの成功も仕事の内だからな。カルヴィナ、大魔女の娘としての判断はどうだ?」
頼りなく揺れていた視線が定まった。
はっと、何かにつかれたように目を瞠る。
ためらいながらも、カルヴィナは意を決したように頷いた。
「はい、地主様。精一杯、お勤めさせていただきます」
「ありがとう、エイメ! ありがとうございます、地主様! じゃあ、エイメも地主様も、今夜はここで過ごしてね」
「何?」
「え?」
「あら。だって祭りの前から森の気に浸らなくっちゃ。それが習わしだもの! 巫女役はもちろんの事、他ならぬ地主様も! 祭りに参加するなら、この祭り直前の森の気に触れる事から、ですわ」
自信満々に言い切る、金髪の娘の表情は真剣だった。
先程こっそりと囁かれた報告をにおわせながら、俺を見て言葉を紡いでいる。
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地主様。
あなた様の魔女の娘は、何かを思い悩んでいるようですよ。
バスケットの中味は食べきれないからと、ほとんどを人に差し入れてしまいました。
勧めても「朝たくさん食べてきたから」と言うんですよ。
え? 嘘? それどころか昨日の晩もあまり食べていないのですか?
もう、やっぱり!
あ! 大丈夫です。何やかやと味を見てくれと言って、つまみ食いはさせてますから。
でも、心配ですね。
ちょっと、ぼんやりしているし。
何を気に病んでいるんでしょうね、あのコ。
祭りが終わったら、寂しいからだけではない気がします。
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カルヴィナが、おずおずと伺いを立ててきた。
「地主様、その……。今日は、今日だけはここで一晩明かす事をお許しくださいますか?」
――エイメを祭りに参加させてやってくれ。
頭の中で手を振って、それを追い払う。
「いいだろう」
「――えっ!?」
「やったあ! 良かったわね、エイメっ!!」
手を取り合って喜び合う娘二人に、ゆっくりと頷いて見せる。
カルヴィナと目が合ったが、逸らされずに済んだ。
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ココココン! と扉が音を立てた。
軽やかだが、性急さも感じられる。
来客を告げるそれに、カルヴィナは躊躇い無く扉を開けた。
「…………。」
村長のせがれが、怪訝そうに眉をひそめて立っていた。
「あの?」
「ああ、何で灯かりがこんな時間まで付いてるのかと思ったから、見に来たんだ。どうしたんだ? もうとっくに日は暮れちまっただろう? まさか、ミルアの奴、間に合わないとか泣きついたのか?」
「ううん。違うよ。明日は準備で朝早くから掛かりきりになるでしょう? だから、泊まっても良いって地主様がお許しくださったの」
「 ―― エ イ メ 」
困惑顔の青年が首を振り、こちらを責めるような眼差しを向けた。
「少しだけ、いいかい? 地主様」
顎をしゃくって促がされる。
しぶしぶ立ち上がり、表に出た。
カルヴィナが俺のためにと、やれ茶だ食事だと、忙しく立ち働いてくれていたというに。
少しだけ離れ、小声で話し始める。
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――何、さも当たり前の面してんだよ、地主サマ?
当たり前に決まっているからだろう。
鼻で笑い、顎をそびやかし見下す。
――あんたなあ、まさかここで二人っきりでエイメと一晩過ごす気か?
そうだが。何か不都合でも?
――大有りだ!!
何。あれとは既に一緒の館に住んでいる。問題なかろう。
――広さの規模が違うだろう!
思わずといったように、青年が胸倉に掴みかかってきた。
「どうしたの? ジェス、地主様に乱暴な事しないで!」
後ろではらはらと、事の成り行きを見守っていたカルヴィナが、不安そうに叫んだ。
ちっと舌打つと、腕を解いてから「悪かった」と素直に詫びられた。
「おまえは何しに来たんだ。村長のせがれ?」
「夕食にご招待いたしますよ、地主様。親父も打ち合わせしたいと待っていますから。もちろん、エイメも一緒に」
やはり大魔女の獣よけは、きちんと働いているとは言い難いと思った。
『祭り前夜。』
不思議な高揚感ある 静かな夜。
そんな空気が書きたいです。
色々、迷いましたがUPです。