46 魔女と地主とクルミ
結局そのままでしばらく、おばあちゃんの部屋で作業を続けようかとなった。
「申しわけありませんが、これは女の子たちの秘密の作業なのです。少し、私たちだけにしていただけませんか? ねっ! エイメ」
「う、うん」
腕輪を後ろ手で隠すようにしながら、ミルアが言った。
勢いに押されて、あまり何も考えずに頷いてしまう。
おしゃまなリュレイとキャレイも、私たちの味方をする。
「おんなの子だけーねっ」
「だけー」
「「お兄ちゃんも、だめよ!」」
「魔女っこ、それボクにくれるよね?」
「あっ、こら! 抜け駆けなしだぞ! カール」
「子供相手になんだ」
地主様が呆れたような声を上げる。
「はいはい。行こうぜ、地主様、カール。あの腕輪の行方は祭りの日のお楽しみだ。まだ、クルミは山とあるしな」
「何故、俺が」
「オレはまだやぐら作業があるから、クルミの方は任せた」
そう言いながら、ジェスは大きく手のひらを開いて見せた。
「つまみ食いは五個分まで許す」
「またそれか……。」
地主様になんて事を!
「て、手伝います」
「駄目よ、エイメ。そうしたら間に合わないわ」
「だって……。」
「じゃあ、交代交代でお手伝いしよう。地主様、それでいいでしょう?」
「――ああ」
地主様の返事が一瞬遅れた。
何故か戸口の鍵をいじりながら、気にしておられるようだった。
鍵と言っても錠では無く、取り付けた楔を横に引いて仕掛けるものだ。
壊れてはいないはずだけれど?
「おまえ達、秘密だというのならば、鍵をかけておけば良かっただろう。全く無用心だな」
「え? だって急にお客さまが来たりしますから」
「ねぇ?」
ちびちゃん達を抱き止めながら、ミルアと顔を見合わせる。
この時期、引っ切り無しに村の人がやって来る。
もしかしたら今日もまた、シュリ達女の子が顔を出すかもしれない。
気付かずに、それを締め出すような事はしたくなかった。
「オレを睨んでもどうにもなりませんぜ、地主様」
ジェスは何故か肩をすくめて見せてから、やぐら作業に戻って行った。
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おばあちゃんの部屋で腕輪を作る。
「ミルア、ここまで頑張って。出来たら呼んで?」
「わかった。こう、同じように繰り返せばいいのね?」
「そうそう」
手元から目を離さないミルアを、ちびちゃん達は瞳を輝かせて見つめている。
こうやって女の子は腕輪の作り方や、思いの込め方を学んで行くのだろうなと思った。
私も小さい頃、おばあちゃんの魔法のような指先を夢中になって見つめた事を思い出す。
杖を引き寄せて立ち上がり、部屋を出た。
地主様に張り合うように、カールは躍起になってクルミをかきだしている様だった。
「お疲れ様です、地主様。すみません。私もお手伝い致します」
「ああ」
「魔女っこ、ボクのとなりね!」
カールに手を引かれ、すぐ側の椅子に腰を下ろす。
「見て! ボク、こんなに取り出したよ」
「うん、すごいね。いつもおうちでもお手伝いしているから、上手だね」
「うん。はい! これ、あげる」
そう言って、カールはかき出したクルミをひとつ摘まんで差し出す。
「ジェスが五個分までは良いって行ってたから、ボクの分いっこあげるね。はい、あ~んして!」
「ありがとう」
どうやら食べさせてくれるらしい。
促がされるまま口を開けると、小さな指先が唇に触れた。
「おいしい?」
頷いて見せながら、私もひとつかき出して摘まむ。
「はい、カールにも。あ~ん?」
「あーん!」
にこにこしているカールが可愛くて、私も笑う。
「おいしいね、魔女っこ」
「うん、おいしいね。じゃあ、頑張って終わらせよう」
ふと、地主様の方を見ると既に、かなりの量のカラが積まれていた。
もくもくと作業を続けている。その手つきはとても早い。
その様子にカールは慌てたようで、また必死に作業を開始した。
私もそれを見習う。
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「エイメ! 出来たよっ、ここから先はどうしたらいいの?」
おばあちゃんの部屋から顔を出したミルアに呼ばれる。
私は既に、クルミ五十個分はかき出した所だった。
振り返る。
ミルアは待たずに、こちらにやって来た。
「うう。ちょっと気分転換に手伝います」
言いながらミルアも作業に加わる。
「ミルア、大丈夫? ちょっと休んだら?」
「ミルアがやるとクルミがぼろぼろになるね」
「うるさいな~! お腹に入れば同じでしょうったら」
カールの容赦の無い一言に、ミルアが言い返す。
「いっしょ、いっしょ!」とちびちゃん達は、テ-ブルの周りをはしゃぎ回った。
ミルアは「クルミが色石に見える」とぼやきながら作業を続けて、結局そうやって日暮れを迎えた。
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そろそろ片そうかとなった頃に、ジェスが顔を出した。
「ちび達! やっぱり、まだ居たのか。おまえ達のかあちゃんが心配してたぞ」
「え~! まだいいでしょ? まだクルミ、たくさん有るもの」
カールが言い張るけど、もちろんジェスは引かない。
「わ! おまえ達、頑張ったな! でも駄目だ。送っていくから、ほら!」
「え~。まだ、魔女っことおおじぬしさまと居たい!」
「居たいの!」
リュレイとキャレイもごねる。
その言葉が意外だったので驚いた。
ちなみに地主様はあまりしゃべらず、適当に相槌を打っていただけだったからだ。
「おまえ達、今日はもう帰るように。家の者に心配をかけるな。わかったな?」
二人の頭に手を置くと、地主様は言い聞かせる。
その口調は優しかったが、有無を言わせない厳しさも含んでいた。
「う、はい」
「はぁい」
しぶしぶと言った様子で頷く。
そんな二人の頭を、大きな手のひらがごしゃごしゃと撫でる。
「わたしも帰るわ。エイメ、また明日よろしくね」
「うん、また明日」
「また明日かぁ。魔女っこ、帰らないでここに居ればいいのに! そうしたら朝一番に来るから、一緒にパンを食べようよ」
「えっと、カール。あのね」
横目で地主様を窺う。
「駄目だ」
やっぱり、おなじみの答えが返って来た。
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また明日ね、絶対ねと約束して、見送った。
魔女の家に傾き始めた日が射しこむ。
「……。」
「……。」
地主様と二人で黙ってテーブルの上を片付けた。
細かなカケラやカラをよけてから拭く。
取り出した実には布を掛ける。
今日はいつにも増してにぎやかだった。
その分また余計に帰りたくなくて、切なくなる。
どうしてそう感じるのだろう?
例え帰らずに済んだとしても、夜はここで一人で過ごすのに。
思わずふぅとため息がこぼれていた。
「疲れたか?」
「いえ。あの。今日はありがとうございました。こんな事まで、地主様にまで手伝わせてしまって、申し訳ありませんでした」
「いいや。……いい勉強になった」
そう地主様は静かに仰った。
勉強になった? 何の事だろう。
そう思いあぐねていると、地主様も隣に腰を下ろした。
そうして布をよけて、クルミをひとつ摘まむと私に差し出した。
「報酬だ」
「え?」
それは地主様が受けるべきものだろうに。
地主様とクルミとを交互に眺めていると、ずいと口元に差し出された。
身を引いて、受け取ろうと手を伸ばすと、嫌そうな顔をされてしまう。
何故?
そう考え込んでいる間に、地主様の指先が唇に押し当てられてしまった。
不意打ちだった。
地主様の指が唇を撫でながら、実を押し込んできた。
自然と実を受け取ってしまう格好となる。
噛み砕くと歯ざわり良く、クルミの実のあぶらがじわっと口に広がる。
おいしい。
「うまいか?」
もぐもぐ、ぐもぐもとしつこく噛んでいると尋ねられた。
こくんと頷く。
またしても頭のてっぺんに大きな重みを感じた。
地主様の手だ。
それは大きくて私の頭を一掴みにしてしまえるほどだ。
ちびちゃん達にしたみたいに、ごしゃごしゃと頭を撫でられた。
「そうか」
良かったな。
そう呟く地主様の瞳はやわらかな光で満たされていた。
この部屋を満たすのと同じ光だ。
私もクルミをひとつ摘まんだ。
「はい」
同じように地主様の口元へと差し出す。
頭を撫でてくれていた手が止まる。
唇を固く引き結ばれてしまった。
やはり不躾だっただろうかと不安になって、手を引こうとしたら、手首を掴まれていた。
そのまま引き寄せられ、地主様の唇が指先に当てられる。
そうして指先ごと、口に含まれてしまった。
思いのほか、やわらかな弾力に驚く。
「――うまいな」
何故か震えだす指先に説明がつかなかった。
『どこがどう勉強になったのか。』
地主、カールに倣って魔女っこをクルミで買収の巻。
そして ちゃっかり。
二人とも関係ないって顔してるけど
説明のつかないもやもやに胸を占拠されつつ。
ふふふ。
お祭りらしくなってまいりました。
地主、魔女っこの好みを見つけようと観察していますな。
健気なこった。
地味に粘りたいと思います。