45 魔女と悪者候補たち
「おきて、おきて、魔女っこ! たいへん、わるものがきたのー!」
きゃあーと怖がり半分、興奮半分といった楽しげな悲鳴で目が覚めた。
そこで初めて、自分がいつの間にか寝入っていたのだと気がつく。
上体を起こすと、手元には作りかけの腕輪が転がっていた。
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そうだ。
ミルアがお祭りの日のために漬けておいた果実酒の瓶を、目ざとく見つけてしまったのだった。
そして味見をしたい、と言い出してきかなかったのだ。
ほんの少しくらいなら、と許したら、ゴキゲンになったミルアは私にも飲む様にと絡んできた。
これが酔っ払いか――。
等と妙に感心しながら、首を横に振って辞退したのだが、ミルアは許しちゃくれなかった。
いつも以上に感情も表情も豊かになったミルアを眺めた。
地主様もお酒を召されるが、こんな風にはなったりしない。
ふにゃっとしたいつもより無防備であどけない微笑みは、こちらの警戒心までをも蕩かしてしまう。
どうやら付き合うまでしつこく絡んでくるだろうな、と判断したから口を付けた。
慎重にゆっくりと飲んだ。
ミルアは調子に乗って、もう一杯注いでしまった。
それを横目で窺いながら「これは水で薄めて飲むくらいで丁度いいのだったな」と思い出した。
だがもう遅い。
ちびちびと舐めるように飲み下す。
花びらと果実と薬草を調合した液体は、舌に甘く絡んで咽喉を潤して滑り落ちる。
その落ちるのと同じ早さで、胸元がじんわりと熱く火照って行く。
ミルアの頬は真っ赤だった。
瞳はとろんとして、起きたまま夢を見ているようだ。
きっと私も大差ない事になっているだろう。
もっと飲むーとせがむミルアに、もう駄目だと瓶を取上げた。
もう味見どころではない。
しかし、酔っ払いというものはしつこいもので、ミルアはぐずぐずと諦めない。
ミルアにお酒はあまり飲ませない方がいいと気がついても手遅れだった。
困っているとジェスが現れた。
「おまえら、何やっているんだ?」
「あじみー」
「ミルア、もう駄目だよ」
籠を抱えて現れたジェスの呆れた声に、ミルアが高々と片手をあげて答えた。
「……俺にもくれ」
「はい」
「えー! ジェスにばっかりずるい~」
「ミルアはもう4杯も飲んだでしょ! おしまい!」
瓶をミルアから庇いながら、どうにか注いでジェスに渡す。
「ん。美味いな。……ミルア、もう準備は出来たのか?」
「うっ。まだ、かかりそう」
「いいのか。祭りまであと三日を切ったぞ」
なおもたらたらと文句を言い続けるミルアに、ジェスは巧みに話を振った。
ミルアは自分の最優先事項を思い出したらしく、私の腕を掴んで立ち上がって言った。
「こんな事している場合じゃなかったわ! 手伝ってエイメ」
酔っ払いというのは自分勝手で、単純なものだ。
ひとつ、勉強になった。
引き摺られるように奥の、おばあちゃんの部屋に戻った。
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そこで記憶は途切れている。
ただ陽射しがぽかぽかと暖かく、寝床もちょうど良いくらいにぬくもっていたのは確かだ。
そこにふわふわの温かな塊りとも言っていい、子供たちが抱きついてきたのだ。
ふふふ、と思わず頬が弛んだ。
この三人兄妹は、一番上のお兄ちゃんが六歳で、二人の妹は五歳の双子だ。
みんな、お揃いのふわふわの巻き毛で、ぱっちりとした瞳は深緑。
その上、お母さんお手製のお揃いの頭巾を被っていた。
「魔女っこ、おまじないして!」
せがむお兄ちゃんのカールの前髪をかき上げて、唇を押し当てながら古語で唱える。
『森の精霊よ。幼子に森の加護をお与えください』
次はリュレイ。
二人からは同じように、お返しを貰った。
最後に、ミルアの腕から抜け出してきたキャレイ。
キャレイは嬉しそうに笑い声を上げると、真っ直ぐに私を覗き込みながら言った。
「魔女っこ、おおじぬしさまにも、おまじないしてあげて!」
お お じ ぬ し さ ま 。
幼い語り口調から、一瞬何の事かと思った。
思い当たって、ドクンと鼓動が跳ね上がる。
「え……っ!?」
そろそろと視線を持ち上げてみれば、そこには地主様の姿があった。
いつもよりも早い時間のお迎えだ。
思いもよらない人影に驚いたのと、キャレイの無邪気な提案に身動きが取れなかった。
「――えっと?」
キャレイの幼い声が響いたきり、妙な沈黙がおりていた。
抱えた女の子は自分の提案に自信たっぷりの様子で、瞳を輝かせている。
ミルアも同じだった。
ジェスからは、突き刺さるような視線を送られていた。
なぜ、皆、黙り込んで様子を窺っているのだろう?
そろそろと、微動だにしない地主様を見上げる。
彼からも責めるような瞳で、じっと見つめ下ろされていた。
……お、怒られる?
何となく、そう察して身体を強張らせて構えてしまった。
地主様はゆっくりと歩み寄ると、しゃがんで私と目線を合わせるようにされたが、何となく気まずくて目を泳がせるしかない。
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「ダメ―――ッ!!」
突然、大声を出してカールが間に入ってきた。
キャレイごと私に抱きついて、地主様を強く睨みすえている。
それには相当驚いた。
カールは地主様が怖くないのだろうか。
流石、小さくても男の子だと妙に感心してしまう。
「ど、どうしたの?」
「ダメったらダメっ。魔女っこのおまじないは、ぼく達だけでいいの! おおじぬしさまはオトナだから、いらないでしょ!」
そう言って地主様から庇うように、ぎゅうぎゅうと抱きついてくる。
「いいぞ、カール。いっちょまえにヤキモチか。オトコだなぁ」
ひゅうと口を鳴らすとジェスがからかった。
そんなジェスにも構わずに、地主様はカールの頭に手を伸ばし、ごしゃごしゃと撫で回した。
猟犬たちにするみたいに。
ふいにそんな事をされて、カールは驚いたようだった。
「カールというのか。おまえは勇ましいな。良い子だ」
地主様は心なしか口角を上げ、瞳にはやさしい光が浮かんでいるように見えた。
「……魔女っこは、あげないからね!」
「いいぞ、カール~」
「ジェスにもだよ!」
揶揄するように声援を送るジェスにも、カールははっきりと言い放つ。
照れくさそうに地主様の大きな手をふり払って、私にしがみ付く。
「もてるわねー。エイメってっ……! な・な・な・何でしょうかっ!?」
同じく面白がって笑っているミルアの頭に、地主様の右手が乗せられる。
――と、驚いている間に、私の頭も同じようにされていた。
驚いた何てものではない。
言葉が出てこない。
ただ口をぱくぱくさせて、忙しなく空気を飲み込むばかりだ。
「!?」
地主様はどうされたのだろう?
視線で問い掛けると、射殺されるかと思うほど睨まれた。
「それに引き換え、おまえたち! 祭り前で浮かれるのは解らないでもないが、酒に呑まれて男の前で無防備に眠りこけるとは何事だ!」
どかーんと雷を落とされた。
わっしと掴まれた頭を揺すぶられる。
「えっと、男って言っても、ジェ、ジェスだし?」
ミルアが何故そこまで怒るのかと言いたげに、口を挟んだ。
ああ、ミルア。無謀な真似を。
心の中でたしなめてみても、もちろん遅かった。
ミルアも頭を掴む手に力を込められたのだろう。
引きつった表情から、自らの発言のうかつさを呪っているようだった。
「おまえは、幼馴染だからといって男を見くびりすぎだ。いつか足元をすくわれるぞ。それからでは遅いんだ。いいか! おまえたち、これから酒は禁止だ」
「うっわ。何、オレ? 相当、オレが悪者ですかい、地主様?」
そんなジェスの声を無視して、地主様は「いいか。わかったな? 返事は?」と促がしてくる。
頷こうにも強く頭をつかまれているので、なかなか上手く頷けない。
ミルアはよせばいいのに、また未練がましく口を挟む。
「お、お祭りの日もですか、地主様」
「当たり前だ! たかだか果実酒の数杯で、正体をなくしかねない娘が許されると思うな」
そんなぁとミルアが情けない声を出しても、駄目なものは駄目だと地主様はまるで取り合おうとはしなかった。
(どうしてお酒に酔って眠ると駄目なのかな? 浮かれる? 男の人、足元をすくわれるって何?)
地主様の言った言葉を理解しようと考え込む。
「……わかったな、カルヴィナ?」
「はい。解りました。お酒は禁止ですね。でも、お酒に呑まれて無防備? 眠るといけないの?」
考え中に話し掛けられたせいで、まとまりのない返事をしてしまった。
途端、頭を掴んでいた地主様の握力が増す。
痛い。
結局その後、お小言は延々と続いた。
『うたたねから目覚めてみれば。』
うん。
返事だけは良くてもねぇ。
解ってないなら意味ないしねぇ。
「両方叱る。」の宣告どおり
地主、有言実行の男。




