43 魔女の騎士様
馬に乗せられた後も皆、手を振って見送ってくれていた。
どんどん遠ざかる。
「……。」
どうか彼女たちがそれぞれ、相手にとって一番綺麗なお花でありますようにと祈った。
何だろう。
立ち去り難く感じて、思わず頬が引きつってしまう、この感じは?
すごく、帰りたくない。
どうあっても許してくれない、地主様が恨めしかった。
地主様なんか、やっぱりキライだと噛み締める。
日の暮れかけた村を抜けて、森の小道に出る。
徐々に馬足は速くなり、頬を撫で付けてくる風の勢いも増して行く。
だからだろう。
酷く冷たく感じるから、頬が強張るのだろう。
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森の風に吹かれているうちに、頭も少し冷めてきた。
今日も地主様は、お勤めの正装だ。
正直に白状するならば、そのゴワゴワした素材の衣服をまとった地主様からの、包まれ心地はイマひとつだ。
胸元にも飾りの釦や、小さな鎖が掛けてあるせいで、もたれると身体に当たって痛い。
その闇色一色の出で立ちは、凛々しくもあるが物々しくもあるように見える。
地主様が、より一層大きく頑丈に見せるそれは、おいそれと近寄ってはならない雰囲気を醸し出している。
神殿の護衛団の筆頭に立つという地主様は、指導者であるそうだから、それは当然かもしれない。
それほどのお立場なのだ。
威厳があって当たり前なのだ。
それをあえて解りやすく誇示するのが、服装なのだと思う。
でも、それは少し堅苦しくって、あんまり好きではない。
地主様自身もその格好はお好きではないと、漏らしていたのを聞いた。
堅苦しくて嫌になるそうだ。
そうほのめかしながら、諦めたようにため息をひとつ付かれた。
首もとを締め付ける高い襟に、指を掛けながら。
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ミルアは地主様は素敵だと主張する。
私が大きく賛同しないものだから、余計に強く。
そう言われても、どう反応していいのか解らない。
複雑な想いに絡み取られて、身動きを失ってしまう。
さっきもまた、その何とも言い表しようの無い気持ちに襲われてしまった。
皆、あれだけ好きなヒトの事で瞳を輝かせていたのに、地主様を見て目の色を変えていた。
ステキねぇ――。
ミルアは正直だ。
率直に物を言う。
普通ならば言いにくいことも、さらりと。
皆も同じように感じたのだろうか。
また何の前触れも無く抱え上げられた瞬間、胸がつぶれそうだった。
皆が素敵だと褒め称える人に、抱え上げられるしかないカラス娘。
それはさぞや、見っともなく映る事だろう。
そんな惨めな想いを抱く自分が卑しくて、悲しくなった。
でも、何でもないフリをしてやり過ごすしかない。
いっそ構わないで欲しいと、強く願ってしまう。
地主様とて暇ではない。
むしろ、多忙を極めていらっしゃる。
それでも、毎日の送り迎えをして下さるのは、何故なのだろう?
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「あ……。あんまりお役に立てていないのに、準備に掛かりきりですみません」
思い切って、自分から話し掛けてみた。
「村祭りの成功も地主として大事な仕事の内だからな。気にせずとも良い」
「はい。ありがとうございます」
「あまり無理はしないように」
「はい。それと申しわけありませんでした」
「何の事だ?」
「あの、広場まで迎えにきていただいたので、申しわけなかったです」
「ああ……。気にせずとも良い。だが、約束は守れ」
「……。」
準備に向うお許しが出たと同時に、毎日帰ってくることという条件を出された。
私の帰る場所と言ったら森なのに。
しかも送り迎えは地主様ときている。
申し訳ないから毎回、日が暮れるころに現れる地主様に提案している。
「あの、また明日送ってもらうのも申し訳なく思いますので、今日はここに泊まり……。」
いつも最後まで言い切る事すら、許されない。
なじる様に鋭く、じろりと睨まれて、無言で抱え上げられるのだ。
馬の背に二人で乗った後に必ず「毎日帰ってくると、約束したから許してやったのだ」と言われる。
もちろん、今日も言われた。
暗にオマエがそう言い出すなら森には帰してやらないがどうだ、という事なのだろう。
わかってはいるが言い出さずにはいられない。
この祭りの前の森の気配。
それを感じたい。
それは魔女の力になる。
「あの、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「何だ」
「どうして森の家に泊まってはいけないのでしょうか? 何故、地主様のお屋敷に戻らねばならないのでしょうか?」
「危ないからに決まっているだろう」
「危ない、ですか?」
何の事かと理解できない私に、地主様が唸るように続ける。
「年頃の娘が一人で森にいたら危ないに決まっているだろう」
「今までそうやって暮らしておりましたが、特に危険な事はありませんでしたよ。獣よけのまじないもしてありますから、大丈夫ですよ」
「その獣よけが全ての獣に有効とは思えない。特にあの灰色の毛並の、琥珀の目玉のアレ」
アレ?
狼のことを仰っているのだろうか。
「全ての、獣ですか。ええと、狼や熊や蛇にはちゃんと効いています」
「気がつかなかっただろうが、狼がおまえを飢えた眼差しで狙っていた」
「えっ!?」
いつのまに?
あんな村中にまで狼が現れる事なんて、よほどの事だ。
まるで気が付かなかった。
流石は地主様だ。
騎士様として、鍛えておられるだけはある。
きっと、そういった気配に敏いに違いない。
「あの、では地主様も一緒なら許して下さるのですか?」
彼が強張ったのが伝わり、すかさず頭を下げて詫びた。
「申しわけありません。かえって地主様にはご迷惑をお掛けしますよね」
「オマエは俺に外で寝ろというのか?」
「え? 外ですか? 滅相もございません」
確かに彼にしてみたら、あの家の寝台は粗末だろう。
「もし、そうなったならば、私はおばあちゃんの使っていた寝床で寝ますよ?」
「……。」
何か、おかしな事を言ってしまったのだろうか?
そうに違いない。
慌てて謝った。
「そういえば、食事もあんまり良い物はご用意できませんね。すみません、忘れて下さい」
「俺はそのような事を気にして言っているのではないのだ。分かるか? ……わからないのだな」
獣でもない。
寝床でもない。
食事でもない。
私がまたおばあちゃんを思い出して、泣き続ける心配をしているのだろうか?
「えっと、もう、おばあちゃんを思い出して泣き暮らしたり、しませんよ?」
そっと地主様の腕に手を掛けながら、振り返るように見上げる。
それでも、密着しすぎているから、視界に入るのは地主様の首元がせいぜいだった。
胸元が上下したと思ったら、深いため息が振ってきた。
「やはりオマエのような危機感の薄い娘はとてもじゃないが一人で置いておけない」
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地主様のお声は重々しく、何故か棒読みだった。
『一緒に泊まれば許してくれるの?』
レオナル、超、動揺。
魔女っこは、赤子の手を捻るよりも容易く漬け込めるよ?
誰が狼かってんだって話です。