42 魔女と恋する村娘
両方――。
身も心も。
あの人を手に入れたいの。
お願い、わたしだけを見つめていて。
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その気持ちは尊いと思う。
未だ魔女の娘は抱いた事の無い想いだ。
私はゆっくりと頷いてから、答えた。
「それだけ真剣なら大丈夫。きっと伝わると思います」
「伝えたら彼もわたしのこと、そう思ってくれるの? こんな、何のとりえの無いわたしでも大丈夫って言えるの?」
心配そうな、少し不満の感じられる言葉が返ってきた。
「あのね。魔女の魔法は人の心の自由を奪ったりしません。出来ないもの。例え出来たとしても、とても空しいわ」
魔法で人の心をねじ伏せて、無理やり自分の思うようにする。
それは暴力だ。
おばあちゃんは常々そう言っていた。
「魔女が出来るのは想いを伝える勇気を与えるお手伝いをする事。あとは、ちょっぴりだけ、いつもよりも魅力的に見えるように手伝うだけ」
人の心だけは自由にしようとは思ってはいけないよ。
だけれども想いを伝える事は出来るはずだ。
それだけで充分だ。
風が吹きこんで、新しい流れがくる。
『それが大魔女の教えです。シュリ・ダイナーに祝福の風が吹き込みますように。あなたもまた、素晴らしいお花です』
祈りの言葉を古語で捧げる。
「大魔女の、教え……。シュリ・ダイナーに祝福の、風を。あなたも、お花です。素晴らしい」
その祈りの言葉を、ミルアがたどたどしくも訳して呟いてくれていた。
もう一度、今度は皆にも解る言葉で祈る。
「それが大魔女の教えです。シュリ・ダイナーに祝福の風が吹き込みますように。あなたもまた、素晴らしいお花です」
シュリは小さく頷いた。
唇を噛み締めて、頬は真っ赤だった。
「わかったわ。でも、魅力的に見せるってどうやればいいの?」
「あのね、まずは月を写した水で髪を洗ってね、香油があるから。それで髪を艶やかにしたりね、後は」
「香油はどんなもの?」
話の途中で、待ち切れないと言った様子のシュリが身を乗り出した。
「家にあるから分けてあげる。明日でもいいかな?」
「ありがとう!」
ミルアを含めた四人の女の子が、私にも欲しいと騒ぎ出す。
勢いに押されながら、慌てて頷いた。
「もちろん、みんなの分だけ用意するから、落ち着いて」
「ね、ね! 他には何があるの?」
「えっと、お肌が綺麗に滑らかになるように、薬草の雫を使います。仕上げはまた、香油で。髪用とは違うの」
「他には!?」
「シュリばっかり、ずるいんだから! 抜け駆け無しよ! ワタシにも教えてよ、エイメ」
ミルアが私と皆の間に割って入る。
「あ~! もう、順番に! エイメが困るでしょう!」
「ミルアこそ、ずっるいんだ!」
「どこがよ。言ってみなさいよ」
「エイメに付きっ切りで腕輪の作り方習ってるじゃない。独り占めじゃない」
「なんですっ……!」
「ケンカするなら、もう教えないよ」
ミルアの怒りの言葉を遮るように、きっぱりと宣言した。
女の子たちは、はっと突かれた様な顔をそれぞれ見合せて、大人しくなった。
それを見渡してから、順番におばあちゃん直伝の「魅力的な女性の作り方」を、話して聞かせていった。
今度はみんな口を挟んだりせずに、真剣に聞き入ってくれた。
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そうこうするうちに、あっという間に日暮れを迎えていた。
足元に伸びる影が長い。
風が少しだけ冷たさを帯びて、肌寒さを感じる。
それも女の子たちの熱気に押されて、あまり構う所では無かった。
ふいに影が深まった気がした。
「お疲れ様でございます、地主様」
違和感に振り返る前に、ミルアが立ちあがって挨拶をしていた。
驚いて固まっていた皆もそれに倣う。
皆、恐縮して畏まっていた。
騒ぎはピタリとおさまっている。
皆が地主様に注目している。
今日もお勤めがあると仰っていたから、きっちりとした神殿の騎士様の格好だった。
そんな彼はどこにも浮ついた所が無く、全くもって隙の無い厳しさを漂わせていた。
そういう所がまた、彼はオトナなのだと思う。
深い夜空を思わせる瞳が、まっすぐに私を見つめてくる。
何となく、居たたまれない気持ちに襲われるから、逸らしてしまう。
それでも彼は、私から視線を逸らす事は無かった。
強い眼差しに引っ張られるように、何とかもう一度彼を見上げるのが常だ。
「迎えに来た」
座り込んだままの私に、手が差し伸べられる。
反射的に身を引いてしまった。
地主様の動きが止まる。
「あの、えっと。その、今日も帰らねばなりませんか、地主様?」
思い切って尋ねてみた。
このまま魔女の家に泊まり込んで、色々と用意したいものが出来たから。
でも、彼は無言のまま首を横に振ると、いつものように私の脇をすくい上げる。
抱え上げられて、視界が高くなる。
ミルア以外、瞳をまん丸にして驚いていた。
当然だ。
私だっていまだに驚く。
ミルアが杖を地主様へと渡してくれる。
手馴れたものだ。
少しだけ離れた木に、馬が繋がれているのが見える。
そちらへと、地主様が歩き出す手前、ミルアが声を張り上げた。
皆もそれに続く。
「じゃあ、また明日ね! エイメ」
「今日はありがとう」
「さようなら、またね」
「明日も待っているからね」
「うん、ありがとう。また明日ね。さようなら」
地主様に抱えられながら、皆に手を振った。
視界の端で、やぐらの作業にあたっていた男の人達も、手を振ってくれているのが見えた。
そちらにも手を振った。
(もうちょっと、皆と話していたかったなあ)
「……地主さ、」
「駄目だ」
地主様の返事は、私が帰りたくないと、もう一度口にするよりも早かった。
『やぐらの広場に迎えに来た地主。』
すっごく浮いてるよ、レオナル。
そんな一場面が書きたかっただけです。
★ オマケ ★
は、拍手小話にてどうぞ~