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41 魔女と村娘たち

 

「これから差し入れに行くよ!」

「差し入れって、何? どこに?」

「やぐらを立ててる男衆に」


 何故その必要があるのかと問い掛けるよりも早く、ミルアに手を引かれてしまう。


 手にしていた編み糸と石が滑り落ち、テーブルの上に転がった。

 それを慌てて受け止めて、下に落ちないようにする。

「わああああ!」

 ミルアも大声を上げながら、同じようにした。

 散乱しているリボンをかき集め、裁縫箱や布で取り囲み、ころころ転がる石たちをせき止める。


 それから慎重につまんで、色事に分けた箱に戻してから、二人で息をついた。


「ミルアったら、急に何なの? 護符の石だって驚くでしょう!」

「そこは謝るわ、ごめん。でも、護符を作るのに必要不可欠なものが、エイメ! アンタには足りていないからよ。石が泣くわ」

「えぇ!? 何、さっきから嫌に突っかかってくるね?」


 ミルアは明らかにイライラした様子で、ああ! だの、もう! だのとうるさかった。

 流石の私も我慢の限界だった。

 もうミルアと一緒に準備なんかしない、ケンカになるから別々にしようと言ったら、差し入れに行くのだと言い出されたのだ。

 また、訳のわからない事を。


「エイメがここまでわからずやだとは思わなかった。責めるつもりじゃないけれど、見ているとイライラする」

「それ、地主様にもよく言われるわ。そう思うのなら、放っておいてくれればいいでしょう!」


 前に、地主様に言われた事も思い出してしまい、視界が歪んだ。


 自分が偉いからって、何なの。

 そんなに私の事がイラつくのなら、構わなければ済む話なのに。

 地主様もミルアも、どうしていちいち大声を出して突っかかってくるの?

 それこそ、私のほうがイライラする!

 悔し涙を滲ませながら、ミルアとにらみ合った。

 普通ならここで出て行くだろうに、ミルアは違う。

 しつこく、急かして来る。


「早く、早く! 行ってみれば分かる事もあるから」


「やぐらは逃げないでしょ?」

「あんたは人の話を聞いていたの!? その耳は飾りなのっ!」

「あー、もう。やかましいなぁ」


 日に日にミルアの勢いと気安さは増して行っている。

 気のせいではないと思う。

 ミルアがその調子なので、私も遠慮しなくなった。

 彼女の持つ気安さが、そうさせてくれるのかもしれない。

 少々強引過ぎたりする事や、何だかんだと地主様や他の男の子と私を結び付けようとするのは勘弁して欲しい所だが、適当に受け流している。

 そんな私の様子は、ミルアに言わせて見れば「同じ年頃の娘らしからぬ」という事になるらしい。

 じゃあ、どうしろと言うのか。


 そう切り出したら、いきなり差し入れに行くなどと言い出した。

 勢いに飲まれたい訳でもないし、流されたい訳でもないので、一応は抵抗してみる。


「もうすぐ夕刻だから、地主様がお迎えに来てしまうのに行くの? それなのに、私がいなかったら失礼になるじゃない? だから、」

「あと一刻くらいは大丈夫でしょう。そんなに心配なら、こうしたらいいわ。そら」


 行かないと言う前に遮られた。

 言いながらミルアは、さっさと書置きを用意してしまった。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


「やぐらの準備の手伝いに行きます。


 すぐに戻って参ります。


 広場におります。


 広場は魔女の家を西に出て、村長の家を左に回り


 まっすぐ行くとあります。


 魔女の娘と石屋の娘より。」


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


「どうよ。これで文句は無いでしょう。行くわよ」

「いいけど、差し入れって何も用意していないよ!」

「身一つで大丈夫よ。男どもにしてみたら、娘二人の華やかさで充分だ」

「意味がわからない」

「行けばわかるわよ」


 どうあってもミルアの勢いある説得には、訳がわからないなりに妙に納得してしまう。

 気が付けば流されてしまう。

 ミルアに手を引かれながら、歩き出す。

 家の脇にある小さな畑の横を通り過ぎた。

 あまり手入れしていなかったが、そんなに荒れていなくてほっとした。

 ほっとしながら、感謝した。

 きっとミルアとジェス青年が、手入れしてくれていたに違いない。

 そうでなければ、魔女の家にあのように乾燥させるために、逆さまに干される事も無かっただろう。


 つかまれた手を、ぎゅっと握り返した。


 いつも一緒にいると、考え方や感じ方が違うせいで衝突してしまう事になる。

 それなのに、お互い距離を置く事もなく一緒に行動している。

 何なんだろう。

 おばあちゃんとはいつも、一緒だった。

 もちろん、言い争いになる事なんて無かった。

 同じ年頃の女の子はみんな、こんな調子なのだとしたら、それはそれは未知の生きものだと思う。

 まあ、ミルアみたいな子は珍しいとは思うけれど。


「今、何か失礼なコト考えてたでしょ?」

「うん。ミルアってば珍しい子だな~って思ってた」

「何よ。アンタだって珍しい子だよ。魔女の娘だもの」


 言うようになったわね、とミルアが笑う。

 ミルアほどでは無いよと言い返す。


 そんな他愛のないおしゃべりを繰り返すうちに、広場に着いた。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 広場の中央に、屋根つきのやぐらが出来ていた。


 でもまだ完成ではないらしい。


 やぐらの下に作られた、簡易の休憩所に皆で座っていた。

 ここはそのまま手を加えて、当日には用具置き場になる。

 今は吹きさらしだが、もう少ししたら布を張って風除けも作るそうだ。

 そのために張られたロープと重石に気をつけるようにと、注意されながら手を引かれた。


 見知った女の子も何人かいた。

 顔だけなら見かけた事のある、青年も何人か。

 困ったように視線を逸らす子もいれば、親しげな笑みを浮べてくれる人も居た。

 気後れしてしまう。

 やっぱり、来なければ良かったと思っていたら、椅子を勧められた。

 すぐに帰るからと言っても、いいから! と強く勧められた。

 お茶も振舞われる。


 ミルアは気安く彼らに挨拶し「約束通り魔女の娘を連れてきたわよ」と、改めて紹介してくれた。


「祭りの準備に通ってくれているんだって? ありがとう、助かっている」

「今年は地主様もご一緒してくれる、っていう話じゃないか。エイメのおかげだな」


 うん、うん、助かる。ありがとうと、口々に言ってもらえて恐縮だった。

 それから不意打ちに謝られた。


「昔、からかってごめん。ジェスが悪い」

「何だと! オレだけのせいにするな!」

「ジェスがなあ」

「ガキでなー?」

「うるせえ!!」


「あ~も~! 謝るのなら、ちゃんと謝る!」


 ミルアが仕切ると、また和やかな雰囲気に戻ってほっとした。


「ごめん」

「悪かった」

「許してくれ」

「ジェスを」

「うるせえ!」


「えっと、もう気にしないで下さい。あっ、えっと、ところで、やぐらはもうすぐ出来そうなの?」


 居たたまれなくなって、無理やり話題を変えてみた。

 そうでもしなければ、いつまでも謝られてしまいそうだったから。

 もう、済んだ事なのだ。


「ああ、もうじき完成だ」

「多分、あと四・五日かな」

「ギリギリじゃねぇか!」

「だな」


 今回は梯子(はしご)ではなく、階段を付けて皆が上に上がりやすくするので、時間が掛かっているそうだ。

 確かに梯子では荷を上げるのも危ないし、巫女役や神様役の人たちが上がる時も不安定だろう。

 昨年は怪我人が出たのかもしれない。


「安全に祭りを進めるためには、労力は惜しまない事にしたんだ」


 と、ジェス青年に熱っぽく語られた。


「そうなの。うん、でもそうだね。誰か怪我をしたら嫌だものね。せっかくのお祭りが台無しになってしまうものね?」


 感心しながら、やぐらを見上げた。

 それからジェス青年を見上げると、誇らしげに笑っていた。

 もう風も冷たくなってきたというのに薄着で、しかも袖を捲り上げている。

 額には汗が光っていた。


 その汗を熱心に見守りながら、手拭を両手で握り締めている子が傍らに居る。

 暑い暑いとしきりに口にする赤毛の青年に、水を手渡す子も居る。

 何て甲斐甲斐しいのだろう。

 確かに女の力では手伝えない事も多いが、その分、他に出来る事を教えられた気がした。


 青年たちが日が暮れる前にもうひと仕事と、作業に戻って行った。

 その背を見送ると、女の子たちは簡単に後片付けをしてから、よけていた糸やら針やらを取り出した。

 やぐらを飾る旗に刺繍をしたり、当日のための衣装の仕上げに取り掛かる。


「ねぇねぇ。ここの図案はどうかなぁ?」


 思い切ったように話しかけられた。

 この明るい茶髪の子とは、初めて話したかもしれない。

 真剣な瞳は、薄紫だ。


「うん。えっと、この小鳥の意味だとね、わかるよね? 内緒にした方が想いが込められるから言わないよ。そこに赤い実を足すといいかも」

「うん! 糸は?」

「これ、これ使っていいよ! シュリ」


 それから次々に相談された。


 衣装の事や、仮面の事。

 仕上げのおまじないの呪文や、唇を彩る紅の事。

 身に付ける石の事は、ミルアが答える。


 お祭りの日は、みんないつもとは違う「女性」になる。

 なりたい、のだ。


 相談されながら、私は誰に腕輪をやるのかと探られた。

 誰にもやらないと言うと、すごく驚かれる。

 信じられないと、皆が口々に言うのは何故なんだろう。


「じゃあ、作ってもいないの?」

「一応、作ってはいるよ。ミルアに見本を見せるために」

「本当に腹立たしいったら!」

「ミルア、ちょっと、不器用だものね」


 悔しがるミルアを宥めるように、からかうように、女の子たちが笑いさざめく。


 腕輪は男の人たちには見せるのは、上げる当日、本人だけにっていうのが決まり事だ。

 だからこの場では誰もこしらえていない。

 おしゃべりしながら、手は一生懸命に針を動かしている。


 彼女たちの張り切りぶりはいっそ、見ていて清清しいくらいだ。


 そうか。

 お祭りにかける熱い気持ちが、私には足りないのか。

 ミルアはそれを石に託せと言いたいのだろうか。

 そうはいっても、私なりに必死なのは伝わらないのだろうか。


 やぐら作業に取り掛かっている男の人たちに熱いまなざしを注いでいる、彼女たちの瞳は潤んで輝きを放っている。


 確かに私は人より、熱意に欠けるかもしれないとは思う。

 たいがい、ぼんやりしているという自覚もある。

 今だって、この場にひしめく熱気に当てられながら、ただぼんやりと眺めているようにしか映らないことだろう。


 それがイラつかせる原因だろうか等と、つらつらと考えこんでいた。


「――ねぇ?」


 急に掛けられた声は、真剣だった。

 はっと我に返って、声の主を見た。


 最初に図案の事を訊いてきた、シュリと呼ばれた女の子だった。


「わたし、腕輪を渡したい人がいるの。今年こそ、ちゃんと渡したいの」

「うん」

「ずっと前から渡したかったけど、渡せないままお祭りが終わってしまっていたの」

「うん」

「今年こそ、彼を手に入れたいの」

「うん」


「どうしたら彼を手に入れることが出来ますか? わたしに出来る魔法があるなら、教えてください。大魔女の娘よ」


 紫色の瞳を見つめながら、大きく息を吸い込んだ。


「えっと、手に入れたいっていうのは……。それは身体的に? それとも精神的に?」


 そこでミルアが、盛大にお茶に(むせ)た。


 おばあちゃんには、そこが大事だからよく相談者に確認しなさい、と教わった。


 答えによっては対処の仕方も変わってくるのだから、当然の事を訊いたまでなのに。


 彼女が息を飲むのがわかった。

 胸元がゆっくりと上下する。

 周りを取り囲む娘たちも、同じ反応だった。

 奇妙な静けさがありながら、熱気もある。


 魔女の娘は急かしたりせず、静かに答えを待つ事にする。


 そして揺れていた眼差しが、しっかりと定まってから、私を見た。


 まっすぐに。


「両方」



『やぐらが出来てきたよ。』


魔女っことミルアはケンカしても、すぐ仲直り。


いつの間にか。


仲良しですね。


ってか、ミルアがしつこく構うから、魔女っこが『ふしゃあ~!』


と、毛を逆立ててしまうようです。


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