40 地主と森の加護を受ける魔女
一緒に落ちてきた実を拾う。
小さな手のひらに載せてやったが、たちまちいっぱいになってしまった。
実はかさ付きなのでなおさら。
カルヴィナは、前掛けの物入れに詰め込み始めた。
それもいっぱいになると、俺の手のひらに載せ始めた。
カルヴィナの滑らかな指先が掠めては遠ざかる。
その度に木の実ごと、手のひらに納めてしまおうかと思う。
「!?」
不埒な想いを込めようものなら、たちまち木の実が降ってくる。
ぱら、ぱら、ぱらぱらっと、少し大きめの雨粒が当たるような軽快な音が立つ。
その度に魔女の娘ときたら、瞳を輝かせて大喜びだ。
すごいすごいとはやし立て、いいですねぇと本気で羨ましがられた。
(良い訳があるか)
そう思っても口にはしない。
せっかくカルヴィナが珍しく寛いだ様子で、笑顔を見せているのだ。
その無防備さに呆れながらも、つけ込もうとする自分もいる。
すぐ目の前には黒髪をさらさらと肩に流し、頬を上気させた娘があるのだ。
地味に痛いのと、何者かに監視されている薄気味悪さがあった。
何者かは、この世ならずのモノに違いあるまい。
これを無視して想いのまま、娘に無体を働いたらどうなるのだろうか?
例えば、そう―― 引き寄せて抱きしめて、そのまま奪ってしまったら、どうなる?
ど う な る と 思 う の だ レ オ ナ ル ?
恐らくどころか確実に、この程度の怪奇現象では済まないだろう。
カルヴィナのくれて寄こした実の代わりに、気がつくと既に手の中に、細い手首があった。
ザワザワと木立が揺れ始める。
辺りに風が吹きつけてくる様子は無い。
変わらず木の実が落ちてくる。
だが先程より、勢いを増し始めた。
枝がしなって、その分強く叩きつけるかのような勢いがついている。
まだ軽やかだった音も、どしゃ降りの雨が叩きつけたような音がしだした。
やはり、そういう事らしい。
このカルヴィナの言う森の彼こと、オークの巨木は俺に牽制をしているようだ。
この樹の精霊の加護を、カルヴィナは受けているのだろう。
先程から異様なまでに張り詰めた空気に、カルヴィナは気がつかない様子だった。
無邪気に木の実を集めては、品定めをしている。
俺だけが寒気を感じているようだ。
恐らくオークは、カルヴィナには温かなものだけを送っているのだろう。
『 あ の こ は 森 の 娘 だ よ 』
そんな、かつての大魔女の言葉が蘇る。
「地主様だけに、恵みが許されているのでしょうか? やっぱり、地主様だから?」
「いや。コレは恵みと言うよりも、戒めと思われるが」
「どうして地主様にだけ、降って来るのかしら。どうして? ズルイです」
カルヴィナが口を尖らせている。
俺にと言うよりも、このオークの樹に訴えているような調子だった。
「ズルイ? 本当に羨ましく思うのか」
「はい」
カルヴィナは何のためらいも無く、頷いて見せた。
「なら、オークの恵みに打たれてみるか?」
「はい……!?」
頷いたものの途中、疑問を感じたらしい。
明るかった表情と声に訝しさが含まれて詰まった。
だが答えてやらない。
勢い良くカルヴィナの腕を引いた。
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ザザザッと梢が一際しなり、荒げた音を立てた。
ぱらぱらと木の実が俺の頭に、背に、肩に落ちてくる。
それは優しい雨音に似ていた。
引き寄せた身体を、腕の中に閉じ込める。
カルヴィナは一瞬もがいたが、すぐに驚きに目を見開いていた。
視界の端に落ちてくるオークの実を捉えたのだろう。
『降ってくる、オークの恵み』
古語でそう呟くと、押し黙ったまま動かない。
何が起こったのか、理解できないでいるらしい。
念願かなって木の実の雨に打たれる事が出来たが、それは男の腕の中でだ。
カルヴィナがおずおずと手を差し出す。
もうすでに木の実は止んでしまった。
それでも手のひらに受け止めようというのか。
しばらく、そうやって手をひらひらと泳がせていたが、急に動きが止まった。
この状況はいかがなものかという事に、やっと気がついたという所だろう。
俺を押しやろうとしながら、そっと見上げてきた。
その瞳は不安そうに揺れていた。
誰かこの状況を説明して欲しい。
そんな表情だった。
俺だってそう思う。
「どうだ? これで気が済んだか?」
腕の中で呆けたカルヴィナが、正気を取り戻す前に声を掛けた。
さも、おまえが望んだからこうしてやったのだという口ぶりが、我ながら滑稽だった。
「あんまり、よく見えませんでした。でも、打たれた音が近かったです。あの、ありがとうございました」
そう小さな声で、躊躇いがちに礼を言われた。
「もう、戻ろう。日も暮れてきた」
「はい」
返事はしたものの、名残惜しそうにオークの樹を見上げたカルヴィナを、そのまま抱えあげて馬へと運んだ。
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来た道を戻ると、思ったよりも日が傾いていた。
辺りには闇が忍び寄り始めている。
あそこの空間は明らかに異質だった。
異界との境目なのかもしれないと推測する。
振り返ってみたが、大木は既に見えなくなっていた。
ここに来るまでに、付いてきていた何者かの気配も遠のいている。
「あのオークの樹の存在を、もしかしたら他の誰も知らないのではないか?」
「そうかもしれないし、そうでも無いかもしれません。私はおばあちゃんに教えてもらいました」
「他には、一緒に行ったことのある者はいないのか?」
「はい。おばあちゃん以外には、地主様が初めてです」
カルヴィナが少し気だるそうに、受け答えをしてくる。
ここ最近、帰りはいつもこうだ。
なるべく負担にならぬよう、気を配りながら馬の足を進める。
朝早くから準備にと出かけた上に、はしゃいだのだ。
体力も限界に近いのだろう。
うつらうつらとし始めているが、それを表に出さぬようにと必死で起きている。
(何と無防備な)
内心ではそう悪態付いてみるが、正直な所、安堵する自分が居る。
ようやっと打ち解けて、俺は危険ではないと認識し始めたらしい。
それと同時に苛立ちを覚えるのも、また確かだ。
カルヴィナは俺を、本当の意味では意識していない。
その事実を突きつけられたような気分になる。
「楽にしていろ」
気を張り続ける身体を、持たれかけさせるように支えてやると、ややあってから小さく頷かれた。
ふいにこみ上げた愛しさのままに抱き寄せた身体は、相変らず細く頼り無く、儚い。
だが、女のものだった。
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いまだ幼い少女なのだという意識が、俺の中で変わり始めている。
『一緒に木の実ひろい。』
何というか。
ほのぼの~していそうで、そうでもない空気が漂い始めております。
拍手やコメントありがとうございます!
拍手小話UPしました。
40話の スピンオフです~。