37 魔女の娘と石屋の娘
「あの時ね。独り占めしないで下さいって、言ってやるつもりだったの」
向かい合って二人きりでの作業中、ミルアが突然そんな事を言い出した。
思わず、手が止まる。
乾燥させた薬草の花と葉を選り分けていた所だ。
何の事やら。
ミルアの話は大抵が突拍子も無く、突然始まる。
「あの時って、いつの事? 誰に、何を?」
「初めてお会いした時の事。地主様に、エイメを」
「私を、独り占め?」
「でも、できなかった」
「流石のミルアでも、ちょっと……どうかと思うな。地主様だし」
「い・や。私はそういう意味でなく、負けたのよ。なんかね~アンタを大事に思いやってるからさ」
――当たり前のように寄りそう雰囲気は犯し難かったのよ。
ふぅっとため息を付きながら、ミルアがこぼした。
視線は明後日の方向だ。
いったい彼女の目には、何が映っているのかと思わずにはいられない。
思うが問いかけたりなんてしない。
疑問は胸の奥底にしまうに限る。
問い掛けたら最後、もっと疑問が増えるのは目に見えている。
私自身、これ以上の追及は止めにして、選り分けを開始する。
かさかさという音とともに、香草独特の良い香りが飛んでくる。
この香りは心を穏やかにしてくれる作用を持つ、とおばあちゃんから教わった。
「普段はどんな事を二人で話すの?」
「……特には何もないよ」
「えええ!? そんなわけ無いでしょう?」
ほらっほらっ、思い出して!
そう言われてみても、ちっとも何も浮かばない。
ミルアの期待の込められた眼差しに、たじたじと後ずさりしたくなる。
何もかも見透かすかのような、澄んだ青空の前で感じるのと、同じ気持ちになる。
それと同時に何もかも、洗いざらい話してしまいたくなるのがズルイなと思う。
苦笑しながら「そうだねぇ?」と、考えるふりをした。
本当に話す事なんか、無い。
見当たらなくて途方に暮れている毎日なのだ。
だから私の方から話しかけることはあまりなく、地主様からも特には無かった。
二人、無言のままで往復する。
それも、もう三日目になる。
今朝も無言で抱えあげられ馬に乗せられて、送り届けてもらった。
『ありがとうございます』
『ではまた夕刻に迎えに来る』
古語でそう交わした。それきりだ。
「本当に何にもないよ」
「本当にぃ?」
何故か疑わしそうな眼差しに晒されたが、隠し立てするような事は何も無い。
「挨拶と必要最低限の事だけだよ。しいて言えば」
「しいて、何?」
「叱られてばっかりいるよ」
実は今朝も、少し怒らせてしまった。
思い出して、また気持ちが沈んでしまう。
せっかく作業で気を紛らせていたのに、とミルアを恨みがましく見やった。
「何か、あったの? 言ってみなよ」
「今朝は、地主様に送っていただかなくても大丈夫ですって、お伝えしたの。そうしたら、すごく睨まれた」
「何それ、はしょり過ぎ! エイメは最初と最後の結論しか話さないんだもの! もう~もっと詳しく話してよ」
そこはお互い様だと思うのだが。
今はそんな事はどうでもいいでしょう、とミルアは続きを促がした。
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なんて事は無い。
今日は地主様がお仕事のため、遠出をなさると聞きかじった。
だから、送ってもらうのは忍びないと思ったのだ。
「地主様。野菜売りのおじさんの荷馬車に、乗せて行ってもらいます」
そう提案した。
「おまえはあの時、そうやって抜け出したのだな?」
余計な藪をつついたらしい。
しまったと思ったが、遅かった。
押し黙るという事は、それが答えだという事だと言っているに等しい。
ものすごく睨まれた。怖かった。
また怒鳴られるかもしれないと思い、恐れをなして、固まってしまった。
身を縮ませてその時を待ったが幸い、深く重々しいため息を聞いただけで済んだ。
そのまま、無言で抱き上げられ、馬に乗せられた。
地主様はそれから、何も仰らなかった。
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今朝方の出来事を説明し終えると、ミルアからもため息をつかれてしまった。
「それはエイメが悪い」
そうきっぱり言い切られ、釈然としなかった。
一方的に責められた気分にむっとしながら、再び作業に没頭する事にする。
それでもミルアは解放してくれる気はないらしく、しつこく話題を振って食い下がってくる。
「ね、ね、ね! 赤いのは地主様に、差し上げるのでしょう?」
「何を?」
「もう! 決まっているじゃない! ちゃんとワタシの言う事、聞いてくれていた?」
ああ。
あの、お祭りの護符の事か。
明日はそれをこしらえる。
だからこそ、ミルアも含めて村の女の子たちは、この話題で持ち切りだった。
そんな中、ミルアがことに熱心なのは、彼女の家が石屋のせいもあるだろう。
綺麗に磨かれた色石を、編みこんだ紐と布とで通し形にして、腕輪にするのだ。
「ううん。あげないよ」
「どうして! まさか、ジェスにあげるの?」
「ううん。まさか」
「まさか、なんだね。かわいそうなヤツ。じゃあせめて、青いのはあの人? エル、さんだっけ?」
「誰にもあげません」
「何でよ!!」
「そういうミルアは誰にあげるの?」
「それは当日のお楽しみ~」
「もう! ちゃんと手も動かしてよ! これ夕刻までに終わらせないと、間に合わないんだから!」
きゃあきゃあ騒ぎながら、作業を続けた。
何だか気持ちが少しだけ楽になった気がした。
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約束の時刻になると、地主様は現れた。
馬のいななきが先触れとなり、しぶしぶ杖を手にして立ち上がり、表に出た。
ミルアも一緒に見送ってくれる。
彼が馬から降り立ち、大股で迷い無く近付いて来た。
襟元がきっちりと詰まった長い上着に、その上から羽織った外套が翻る。
全身黒づくめの衣装は、よくよく見ると襟元と袖元に、蔦と蛇の絡む刺繍が細やかに施されている。
魔術と英知の均衡を表す紋様は、神殿に属する者の証だそうだ。
選ばれた者だけに、許される出で立ちである。
今日はいつもより、厳めしく感じてしまう格好だから、なおのこと気後れしてしまう。
「どこかの騎士様みたいね。すてき」
こっそりとミルアが耳打ちしてきた。
すてき?
ミルアは彼が怖くないのか、と感心した。
「そうだよ。騎士様だよ」
「え? 地主様は騎士でもあるの?」
「そうみたい。神殿の護衛団の、指導者でもあられるらしいの」
「すごいじゃない。剣術を極められているって事なのかしら。どうりで、あのお体な訳だわ」
常々、頑丈そうだと思っていた体つきは、それを物語っている。
地主様は、地主様であるだけではなかった。
だから今日は神殿に赴かねばならない、巫女王様にお会いするのだと仰っておられた。
それならば、彼の手を煩わせてはならない、時間を取らせては申し訳なかろうと思ったのだが。
しかも今日からは地主様と二人きりの行き来となり、心の底から気まずかった。
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「ごめんなさい。用事が出来てものすご~く、残念なのだけれど準備には行けないみたいなの。でも、お祭りには行ってもいいかしら?」
準備のためにと通ってから二日目の帰り道、リディアンナ様はそう言い出したのだ。
そう言いながら、何故か地主様の方もちらりちらりと窺っていた。
どうしてもお祭りには参加したい。
本当は準備もこのまま続けたいが、リディアンナ様のお立場上、これ以上無理らしかった。
「ねぇ、カルヴィナ。お祭りの準備がどんな様子だったかは、話して聞かせてちょうだいね? 絶対よ! 約束なんだから」
はい、もちろんです。
そう強く頷いて見せると、リディアンナ様はにっこりと笑った。
ぎゅうっと抱きつかれ耳元で「絶対よ! 絶対なんだから」と、繰り返し言われた。
だから私も同じように「はい、絶対です」と、約束した。
でも、いざ話すとなると、何をどう言ったらいいのか。
ちょっと、途方に暮れ始めている。
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そんな事を考えながら、これから迎えるであろう沈黙に耐えようと思った。
『準備しながら恋ばな。』
うむ。
セオリーでしょう。
一人で頷いてみたり。
恋ばな させようにも どうにもならない魔女っこです。




