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36 地主とその甥っ子

 朝一番の来訪者を迎え入れる。


「おはようございます、叔父様!」

「おはようございます、地主様」


 にっこりと笑いながらリディアンナが言い、きっちりと頭を下げながらカルヴィナが言った。

 先程、扉を勢い良く叩いたのはリディアンナの方だろう。

 そんなところは姉に似なくてもよいと思う。

 いきなり開け放たれないだけ、まだマシだが。


「……おはよう」


 今ちょうど着替え終わり、食堂に顔を出そうかと思っていた所だった。


「叔父様、朝食をお持ちしましたの!」


 リディがはきはきと答える。

 まあ、見れば分かる。頷いて見せた。

 カルヴィナが緊張した面持ちで、慎重にワゴンを押し進めてきた。


 二人は既に身なりを整えていた。

 リディアンナは髪を二つに分けてみつあみにし、年相応の少女の雰囲気を演出しているようだ。

 装飾のあまり無い生成りのスカートに前掛け、赤地のベストという服装は、明らかに町娘の軽装である。

 カルヴィナはといえば薄灰色の踝まである丈のスカートに、同じく物入れの付いた前掛け姿だった。

 自分で縫ったと言っていた出で立ちである。

 そこにリディアンナの差し入れた、少し厚手の上着を着込んでいた。

 色合いは、濃い緑である。それとお揃いの布地で髪をまとめている。

 それが魔女の娘によく似合っていた。

 やはり女同士の見立ては違うな、と密かに感じる。


 そんな祭りの準備に行くための仕度を整えた二人に、給仕されながら朝食を取っている。


「おまえ達はどうした?」


 そう尋ねたら、とっくに済ませたという返事だった。

 俺にもさっさと済ませて、森に送り届けろという催促らしい。


 木の実を入れて焼きこんだパンに、薄く切り分けたチーズ。

 干したイチジクに、茹でた卵。

 焼いた肉が少し。

 それらが綺麗に盛り付けられた皿を、リディアンナがテーブルへと並べ、カルヴィナが茶を注いで置いた。


「ありがとう」


 礼を言うとリディアンナは「どういたしまして!」と、晴れ晴れとした笑顔を見せた。

 一方のカルヴィナは薄っすらと微笑んでから、恥ずかしそうに俯いた。


「…………。」


 これ以上かける言葉も見つからず、まずは茶をすすった。

 寝覚めの身体の腹に、温かさが染み渡る。

 茶は薄い緑色という、初めて目にした色合いだったが、香味良く後味がすっきりとしていた。


「美味いな」


 思わず素直に感想がもれていた。


「カルヴィナが昨日持ち帰ったという、薬草と香草を調合したお茶よ」


 リディアンナが得意げに教えてくれた。

 カルヴィナはどこか安心したように、ゆったりと頷いて微笑んだ。

 白い頬にうっすらと赤味が差して行く。

 その様子に思わず目を瞠ってしまう。

 同時に腹だけではなく、胸元まで温かくなった気がした。


 この茶が身体に沁みるのは、昨夜は少々酒が過ぎたせいだろうか。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 村長はカルヴィナを見るなり、しきりに菓子を勧めてきた。


 そこにちゃんと食事を与えているのかという、無言の圧力を感じた。

 当然だろう。

 この娘の小食ぶりには手を焼いていると告げたが、どこかまだ疑わしそうな視線を向けられた。

 カルヴィナが反応に困った様子で、こちらを見上げてきたので頷いてやると、やっと食べ始めた。


「おいしいかい? さあ、これもお上がり」


 口の周りに菓子のかけらを付け、唇を蜂蜜で濡らし、カルヴィナはこくこくと頷いていた。

 一口を口に含んだら、そのまま菓子を両手で持ったまま、咀嚼(そしゃく)し続けている。

 甘みに心揺り動かされたのか、心なしかその表情は明るかった。

 館で食事を一緒に取った時には、見たことの無い表情だった。

 それをいささか悔しくも感じたが、カルヴィナのいつにない熱心な食欲に安堵する。


 もぐもぐと無心に菓子を頬張る姿は、子リスにしか見えない。

 正直に言うならば、恐ろしい愛らしさだった。

 即行、その場で彼女を抱え上げて、(いとま)を言い出さなかった自分を褒めたい。


「エイメ、地主様は、その。良くしてくださるかい?」

「っ、はひっ!」


 慌てて答えてカルヴィナは、けほけほとむせていた。

 まだいくらも食べ進んでいない菓子を構えたまま、こちらを見てから、村長の息子の方を見た。

 視線を感じて気になったのだろう。

 安心させる為に頷いて見せてやると、安心したのか、再び口を動かし始めた。


「…………!」


 言葉も無いまま惚けたアホ面を晒す青年の姿を、視界の端で捉える。

 それを横目でいなすと、慌てたように表情を引締めようとしていたが、上手く行っていなかった。

 カルヴィナに目を奪われ、どうあっても視線をはがす事が出来ないらしい。

 赤面したのを誤魔化すように、しきりに口元に手を当てていた。


「それでは村長、明日から早速祭りの準備に取り掛からせるとしよう」

「助かります、地主様。では明日からエイメを迎えに行き……。」

「俺が送り届け、夕刻には迎えに来る。それが条件だ」

「承知いたしました」


 青年が何か口を挟みたそうだったが、先にこちらの意向を告げた。


 その場はそれで済んだはずだった。

 館に帰り着き、カルヴィナに湯と食事を取らせ、リディアンナに任せた。

 問題は二人に早く休むようにと告げて、自室に戻ってからである。

 神経が冴え渡り、いっこうに眠気が訪れなかった。


 早朝から出かけ、雨に打たれた身である。

 身体は疲れを訴えている。それでも。


 何ともいえない不快感に襲われる。


 ――大地主サマとやら。アンタだって、俺と立ち位置はそう変わらない。


 その言葉が、何故かしきりに繰り返し蘇った。

 何の話だ。

 あの時そう言い返しておけば、こんな不可解な思いに囚われずに済んだのだろうか。

 勝手に自分は許嫁だなどと言い出す男と同じ、だと?

 我が物顔で魔女の家を歩き回り、真名を迫り、自分と祭りに参加するのだと言い出す男とか?

 カルヴィナにしては珍しく、声を荒げて拒否していた。


 いちいち相手にするのも馬鹿らしく、あの場はあえて無視したが、本当は言ってやりたかった。


 ――オマエと一緒にするな。


 それこそ、何の話だ。


 気が付けば杯を重ねていた。

 そんな有様だった。

 おかげで今日の目覚めは悪かった。

 酒が抜け切らないとまでは行かないが、身体が少々重かった。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 期待に満ちた二人の眼差しに急かされながら、朝食を終えた。

 急かされるままに、馬小屋に向う。

 そこには、馬の準備をしたリヒャエルと連れ立って、久しぶりに顔を見る甥っ子の姿があった。


「ギルムード!」


 リディアンナがいち早く声を上げた。


「や! リディ(ねえ)。帰ってこないから、お母様が心配して見に行けっていうから来たよ。叔父上に挨拶も兼ねてね」


 明るく人懐っこい笑みを浮べながら、巻きくせのある髪を揺らして、ギルムードが馬から降り立った。


「叔父上、ご無沙汰しておりました」

「久しぶりだな、ギルムード。元気だったか?」

「もちろん。お母様から聞いてるよ。その子が魔女の娘だね? うっわ! かわいい!」


 ギルムードは控えめに立つカルヴィナに、好奇心いっぱいの眼差しを向ける。

 甥っ子に年頃らしい恥じらいは無い。

 彼は人が好きで、社交的なタチであり、誰とでも警戒心無く打ち解けようとする。

 誰に似たのかと感心してしまう。


「そうでしょう! カルヴィナ、わたくしの弟のギルムードよ」

「はじめまして、ギルムード様」


 リディアンナからは誇らしげに紹介され、初対面にも関わらず手放しで歓迎するギルムードに、カルヴィナは恥ずかしそうにしている。


「よろしく、カルヴィナ。僕の事はギルでいいからね」

「はい。ギル様」


 緊張した様子で、素直に頷くカルヴィナの手を、ギルムードがすくい上げた。


「本当にかわいいなぁ。ねぇ、リディ。こんな妹だったら、もう一人いてもいいよな!」

「ギルムード。カルヴィナはあなたより年上よ。失礼だわ」

「え? そうなんだ。リディ姉と同じくらい?」


 ギルムードは、リディアンナよりも一つ年下なだけである。


「……。」


「ギルムード。カルヴィナは、おまえよりも五つ年上の十七歳だ」

「ええ!? ごめん、カルヴィナ。細いし小さいからさ、てっきり年下かと思った。でも、俺! 五つの年の差なんて気にしないから」

「え? ええと?」


 勢い良く言い放つギルムードに、カルヴィナは首を傾げるばかりだった。


 そんな甥っ子の様子に、姉の夫となった義兄の姿が重なる。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 その後、話を聞いたギルムードも、自分も一緒に行くと言い出した。

 そしてカルヴィナを、甥っ子が馬に乗せて行くとも言い出す。

 そこまでは予想通りだった。


 何故かそこで、昨晩さんざん苛まれた、不可解な不快感が蘇る。


「カルヴィナ。俺の馬に乗せてあげるから、一緒におしゃべりしながら行こう。いいだろう?」


 俺にも視線で問いながら、既にギルムードはカルヴィナに手を差し出していた。


「はい。おねがいします、ギル様」


 その申し出に、カルヴィナは二つ返事で頷く。



 そんな提案を無視し、さっさとカルヴィナを自分の馬に乗せる俺自身が、一番不可解だった。



『不可解な不快感。』


うん。

どなたか、つっこんでやってください。


まだまだ自分を認めようとしない地主さま。


少し、認め始めている様子ではあります。

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