35 魔女と地主と祭りに張り切る人々
いつもこの時期になると、おばあちゃんとお祭りの準備をした。
森の恵みは年中だけれども、一番多くなるこの季節。
感謝を表し、また来年も変わらず恵みがいただけますようにと、祈りを捧げるためのお祭りだ。
おばあちゃんと村に顔を出す事が多くなるのが、この時期だった。
頼まれ物をお届けにあがったり、施す刺繍の図案の相談に乗ったり。
おばあちゃんと一緒に、巫女役に選ばれた娘さんに、お祭りで女神様と森の神様に捧げる祈りの言葉を教えたり。
二十日間はほとんど毎日のように、村と森の家とを行き来する。
準備に訪れるたびに、村に溢れる活気が日に日に増して行くのを感じる。
そわそわと浮き立つような感覚が伝わって来て、私も何だかふわふわした気分になってしまうのが常だ。
広場にやぐらを男の人たちが作り上げて行くのを、遠くから見かける。
その近くの祭壇に捧げ物や、儀式に使う杯を用意する頃にはたいてい完成している。
それを遠巻きに眺めながら、今年も無事に準備が済んだと思いつつ、心の中で一息つく。
出来上がったやぐらには、その日のために準備した祝福の木の実が入ったお菓子と、乾燥させたリィユーダの花と葉が積み上げられる。
それを巫女役の娘と、森の神様の役の若者が下にいる皆に撒くのだそうだ。
私は実際に、その様子を見た事が無い。人づてに聞いただけだ。
それは森の神様からの祝福とされていて、一年間の幸いを授け、魔を払ってくれるのだそうだ。
『おばあちゃんはお祭りに行かないの?』
『ああ。おまえは行っておいで』
おばあちゃんはいつも、弱々しい笑みを見せた。
疲れたのだろう。
口にはけっして出しはしないが、いつも準備が終わった後は辛そうだった。
『ううん! おばあちゃんが行かないなら、行かない』
『ワタシに遠慮する事なんてないんだよ? 行っておいで』
『ううん、行かない。おばあちゃんと一緒がいいの』
おばあちゃんを一人きりにして、自分だけがお祭りに参加するなんて嫌だった。
それに一人きりで行く勇気も無かった。
きっとまた、カラス娘とはやし立てられるに決まっている。
せっかくの楽しい気分を、塗りつぶされてしまうのが怖かった。
おばあちゃんこと大魔女と、一緒に準備が出来ただけで充分満足だ。
そうやって魔女は祭りを迎え、そして終えるのだ。
今までずっとそうやってきたのに、何故そのように言い出すのか分からなかった。
きょとんとしてしまう。
「オマエはいつもさっさと帰っちまうから、知らないだろ? 祭りの様子をさ。だから、オレと一緒に祭りに行こうぜ。準備だけじゃ、オマエだって面白くないだろう? なあ!」
「ううん、行かない」
即座に首を横に振る。
ジェス青年が勢い良く屈んで、私と目線を合わせてから、なおも続けた。
「どうして、そんな事言うんだ?」
「どうしてって……。魔女だから?」
「関係ないだろう」
必死に言い募る様子に気圧されて、思わず身を引いてしまう。
何だろう。あんまりにも真剣で熱っぽい眼差しに、焼かれてしまいそうになる。
どうあっても逃げたくなって、小さく「離して」と訴えた。
肩に食い込んだ力が増す。
「いい加減にしないか」
「いい加減にしときなよ、ジェス! ますます嫌われるよ!」
地主様の静かだが苛立ったお声と、ミルアの威勢のいい声が被った。
「うるせぇな」
「オレとじゃない! 私たちと! お祭りに参加するのよ、ねっ!?」
「え? え、と?」
「当たり前じゃない! そうでなければ誰が古語を操れるって言うの? お祭りを手伝ってくれるのでしょう、大魔女の娘よ?」
ミルアが嫌に改まって言うので、思わず頷いてしまった。
「う、うん!」
「はーい、決定! あ! もちろん、地主様もリヒャエルさんもご一緒にどうぞ」
「……。」
地主様は何も仰らない。
エルさんは、俯いて小刻みに肩を揺らしている。
必死に笑いを堪えているようだ。
今のやり取りのどこに、笑える所があるのだろうか。
エルさんが解らない。
私はハラハラしながら、事の成り行きを見守っている事しか出来ずにいる。
「ミルア、おまえなぁ」
「何よ? 何か文句あるの? 無いでしょ。あるとしても言わせないけどね」
ミルアは自分よりもずっと、背の高い青年を見上げながら凄んでいる。
図体では負けていないはずの青年は、決まり悪そうに背を丸めて、しきりに後ろ頭を掻き毟っていた。
「あー! もう、わかったよ!」
「よろしい。じゃあ、さっさと村長さん達に報告に行きましょう。今年は森の魔女に加えて、地主様もご参加下さいますから、間違いなく大成功! にぎやかになりますよって」
ミルアが嬉しそうに笑い声を上げながら、私の両手をすくい上げて、ぶんぶん振り回した。
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それからすぐに村へと案内された。
途中、雨がぱらつき出した。
村に付く頃には、本格的などしゃぶりとなっていた。
「ジェス! じゃあ、頼んだわよ」
と、言い残すとミルアは、土砂降りのなか自分の家に逃げ帰って行った。
村長さんの家に招かれ客室に通され、地主様は丁重にもてなされる。
地主様が魔女の私を、ロウニア家専属の魔女にしたと告げたお蔭なのか、それは私にまで及んだ。
目の前のテーブルに、お茶とチーズを挟んだパンと、蜂蜜をかけた焼き菓子が並べられる。
久しぶりに会った村長さんは、優しく微笑み掛けてくれた。
こうしてよくよく見ると、ジェス青年と似ているのは髪と瞳の色だけの気がする。
村長さんはどちらかと言うと小柄で、少しふっくらされているせいかもしれない。
口調も気性も穏やかで、いつも会うとほっとする。
「元気にしていたかね?」
「はい」
「たくさん食べて行きなさい。遠慮する事は無いからね。さあ」
何故かしきりに、お菓子を勧められた。
そうは言われても、そんなには食べられない。
ありがたいが申し訳なく思って、地主様を窺ってみた。
「この娘は小食な性質のようで、こちらも手を焼いている」
「さようでございましたか。エイメ、その……。ちゃんと、食べているのかい?」
「はい。食べています」
「そうか。なら、いいんだが。エイメ、遠慮しないで食べて行きなさい。さあ、これは好きかな?」
私に好みを尋ねながら村長さんは、次々とお菓子をお皿に載せてしまう。
「はい。ありがとうございます」
「村長。あまりこの娘に菓子を与えると、また夕食は要らないなどと言い出すので程ほどに頼む」
まさにそう言うつもりでいた。
「そうでございましたか。じゃあエイメ、残したら包んであげよう。日持ちするから後でお上がり」
「ありがとうございます」
その間、傍らに同席していたジェス青年は、一言も余計な言葉を発さなかった。
地主様と村長さんは祭事に必要な事柄から、村の様子や治安や今年の収穫の出来具合等について話し始める。
私はどうやら食べる事に専念した方が良さそうだった。
ただその打ち合わせ中、何度も視線を感じた。
ひとつは地主様で、もうひとつはジェス青年だった。
そっと窺うと視線が合う。
合うたびにさり気なく逸らされるので、あまり見ないようにする。
時折り、村長さんとも視線が合った。
村長さんだけはにっこりと笑いかけながら、お茶やお菓子のお代わりを勧めてくれる。
雨音が激しくなって、窓に打ち付けられていた。
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打ち合わせを終えて、小降りになった所を見計らって、急いで村を出た。
「今日は狩り日和だと言っていたな、魔女の娘?」
帰りの馬の上で、嫌味っぽいような、呆れたような調子で言われてしまった。
私も濡れないようにと、頭からフードつきの外套に包まれている。
それでも叩きつける雨音に負けないようにと、そこは譲らずに言い張った。
「はい。今日は狩りに最適の日でした」
「おまえは」
ふいに頭を、フード越しにごしゃごしゃとかき回されてしまった。
「俺が森の生きものを傷つけるのが嫌だったのか?」
「……。」
「わかった。おまえの前では狩りはしない。しかし、生きるためだけには行う。それでいいな?」
こくんと頷くと、また同じように頭をごしゃごしゃにされた。
館に戻った頃にはすっかり日も暮れていた。
「急いで湯につけて、着替えさせてやってくれ」
自身も前髪から雫を滴らせながら、地主様はお姉さんに私を預ける。
その横にはリディアンナ様が、恨みがましそうに地主様を見上げていた。
大きく口角の下がった唇を開くと「ずるいわ! 叔父様ったら!」と叫ぶ。
「まだ居たのか、リディアンナ。帰らなくていいのか?」
「今日は泊まります! カルヴィナと夜通しおしゃべりします!」
「カルヴィナは今日は色々あって疲れている。明日にしなさい」
「カルヴィナ、叔父様のおっしゃっている事は本当?」
「ええと。確かに色々ありましたが、そんなに疲れてはいません」
「じゃあ、今日は一緒に眠っても良いでしょう? 夜通しおしゃべりっていうのは、嘘だから。眠るまででいいから、今日の事を話して聞かせてくれる?」
「はい、喜んで。リディアンナ様」
不安そうだったリディアンナ様に、笑顔が戻った。
横で地主様が「まず、着替えと食事が先だ」と、口うるさく繰り返しているのに「わかっておりますわ、もちろんです、叔父様!」と、リディアンナ様がやり返す。
夕食の席でも、そのままの雰囲気が続いた。
リディアンナ様は置いて行かれた事が相当、残念でならず悔しかったらしい。
しきりに地主様はズルイと繰り返していた。
眠る仕度を整えて、早い内から寝台に二人で寝そべった。
それから、乞われるままに今日あった出来事を話した。
リディアンナ様はさかんに感動して見せ、つくづく一緒に行かれなかったのは残念でならないと、零し続けた。
そうこうする内に、いつの間にか二人とも眠りに落ちていた。
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翌朝、早く目が覚めて二人でさっさと身支度を整えた。
リディアンナ様は待ち切れないと言って、地主様を起こしに行ってしまった。
「叔父様! わたくしも一緒に、カルヴィナとお祭りの準備に行きます!」
『本当はもっと色々、言ってやりたかったミルア』
~その辺はおいおいと。
何となく、魔女っこは小動物扱いされているような気がします。
村長さんは小さい子を見ると、食べろ食べろと菓子だの果物だのを
次々に持って来る人です。