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31 魔女の家を訪れた者

 

『おばあちゃん……?』


 今は誰も、住まう者がいないはずの魔女の住処。

 訪れてみれば煙突からは煙が上がっていた。

 時折り手入れのために館の者を寄こしていたが、今日は誰も手配していない。


 ならば誰が?


 エルに視線を投げると、彼は承知したと頷く。

 馬を繋ぐと、魔女の家の裏手に回った。

 警戒を怠らず、手には弓を持っていったのを見送る。

 付いて来れた犬のうち、一頭はエルの供を買って出た。

 もう一頭は俺の側を離れない。


 俺自身も馬上から周囲の様子を窺った。

 森に入ってから寄り添うように付いてきていたモノの、気配と視線はまだかろうじて感じられた。

 いくらか距離を取ったのだろう。

 おそらくここはヤツの領域ではないからか。


 大魔女の色濃く残る、圧倒的な存在感は彼女が亡くなってからも健在のようだ。


『ここへたどり着けるのは、この大魔女が認めたものだけさぁね』


 大魔女のかつて残した言葉が本当ならば、ここへはそうそう悪しきモノは近寄れないようになっているはず。


 魔女の娘は、ありもしない可能性を思ってか落ち着かない。

 大魔女の死から既に二月(ふたつき)が経過している。

 カルヴィナは未だに、大魔女の死を受け入れられずにいるのだと思い知らされた。

 彼女にとって絶対であった最愛の保護者の死を、ただの悪い夢だとでも思っているのか。


 この調子では――。

 大魔女の葬儀に、俺も立ち会った事なども目に入らなかったのは明らかだ。

 一体いつになったら、この娘の目は覚めるのだろうか。


 馬をつなぎ、(はや)るカルヴィナを下ろしてやった。


 カルヴィナは素早く、俺へと両手を差し出してきた。

 いつもなら俺に頼るのを良しとせず、どうにか自分で下りようと足掻くのだが。

 いつにない素直さに苦笑する。

 杖も侍女に預けたままで置いてきた。

 そのせいか、躊躇いを見せず俺の腕に縋って立つ。

 ならばこちらも遠慮なくと、腰を後ろから支えてやった。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 カルヴィナが恐るおそる扉を開けると、かすかに軋んだ音を立てた。

 そっと隙間から中を覗きこんでいる。

 いつまでも一歩を踏み出す様子のないカルヴィナの代わりに、扉を押し開けた。


 どこか懐かしい乾いた草の香りが漂ってくる。


 天井のそこかしこに、逆さに干された草花が目に入る。

 窓が開け放たれ、光が細く差込み細かくホコリが舞うのが見えた。

 新鮮だが、秋の気配を(にじ)ませた風が室内に干された草花を揺らしている。

 きっと大魔女とその娘ならば、薬草にするべく干している植物を状態良く保つために、多少冷えても換気を欠かさないだろう。


 それを知っている者の配慮を、そこはかとなく感じた。


 暖炉には消されたばかりであろう薪が、細い煙を上げている。

 明らかに人の気配が残っていた。

 だがそれは、カルヴィナが期待する人物のものではない。


 質素な机と二脚だけの椅子が中央に置かれ、その椅子の背に男物の上着と思しき物が掛けられていた。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 落胆の隠せない様子のカルヴィナを椅子に座らせる。


「見覚えある物か?」


 カルヴィナは無言で首を横に振って見せる。

 上着はそこそこ質の良い物で、仕立てがしっかりしていた。

 きちんと裏地まで付いており、ただの農民の物では無さそうだと判断付ける。


 ワン! ワン! ワン!


 表で番をしていた犬が吠えた。


 上着の持ち主が戻ってきたらしい。

 犬に驚きながらも怯えた様子は無く、「こら! 吠えるな!」と明るく諌める声がした。


「誰だ――!? 勝手に……っ、おまえ! 帰ってきてたのか!? 髪は、髪はっ、どうした?」


 男は大きな音を立てて扉を蹴り開けると、大声で叫ぶ。


 カルヴィナの身体が跳ね上がった。明らかに怯えている。

 庇うように男の前に立つと、訝しげな視線で睨まれた。

 男は年若く、年の頃は二十歳を超えたばかりのように見える。

 溢れる若さ特有の勢いに乗せた眼差しは、不躾で遠慮が無い。

 灰色の髪が汗で額に張り付いている。

 それを腕で乱暴に拭うと、長い前髪に隠れていた琥珀色の眼光が明らかになる。


 まるで、森に住まう狼そのもののような男だと思った。


 俺の全身を眺め回してから睨みつけると「あんた、誰だ?」と低い声で訊いてきたが無視した。

 一歩も引かず、チッと舌打ちされる。


 薄手のシャツ一枚で袖をまくり上げ、小脇に薪を抱えていた。

 それを乱暴に足元に放り置くと、俺を押しのけようとした。


「エイメ、こいつは誰だ?」

「カルヴィナ、この男とは顔見知りか?」


 疑問の声は同時に被った。


 それから男は息を飲む。


「カルヴィナ、だと!? それがオマエの本当の名なのか?」


 何故か顔を歪めて焦る男に、一歩高みから見下ろしてやるような優越感を抱く。

 カルヴィナを責めるように問い詰めようとするが、それを許さない。


「大声を出すな。カルヴィナが怯える」

「ったく、何様だ! あんた!」


 男が腹立ち紛れにテーブルを拳で叩いた。

 ばん!と音を立ててテーブルが動く。

 カルヴィナが驚いて、俺の背に縋った。

 すかさずその手を引いて、抱きかかえてやる。


 浅い呼吸を繰り返していたカルヴィナが落ち着くまで、背を撫でていた。


「……悪かった。おまえに怒鳴ったんじゃない。何か言ってくれないか、エイメ?」


 どこかでよく耳にする台詞(セリフ)も、他者が口にしているのを聞くと何と滑稽な事かと思った。

 真摯な眼差しにほだされたのか、腕の中のカルヴィナが緊張を緩めたのが伝わる。

 恐るおそるといった様子で男を見ると、か細い声を出した。


「おばあちゃん……は?」


 久しぶりに聞けた娘の言葉に、男の肩が落ちたのが解った。


「もう亡くなっただろう……。ふた月も前に。俺も葬儀に立ち会った」


 そうだったね、とカルヴィナは呟く。

 ようやく少しだけ、こちらを見た。


「エイメ、その男は何だ?」

「地、」

「カルヴィナ、この男は何者だ?」


 男に問われ、答えかけたカルヴィナを遮って同じように問い掛ける。


「ええと、村の男のコ……ではなくて、男の人です」


 カルヴィナの中の男の認識はそれまでのようだ。

 再び男の肩が盛大に落ちた。

 そのまま、うな垂れていればいいものを。

 男はこりないタチらしい。

 気を取り直したように姿勢を正すと、朗々と声を張り上げた。


「俺はブレンダニィの村長の息子で、こいつとは幼馴染だ。俺はこいつを待っていた。俺の家に引き取るつもりで迎えに来たんだ」

「お引取り願おう。これは既にロウニア家に属する」

「そうはいかない。どう見たって勝手に攫って行ったんだろう? 魔女の娘から森を取上げてどうする!おまけに髪まで切られて、ますます細っこくなってる奴を置いて行けるか。それに俺はコイツの……許嫁だからな」


「許嫁?」

「いいなずけって、何?」


 疑問の声が同時に被った。


『恋敵登場でツンデレが素直にならざるを得ません、ってなもんだ。』


なんちゅう仮タイトルでしょうか。


題名もちょいと ぼかしたつもりです。


「地主と村長の息子」


にしちゃったら、ばればれな31話になっちゃうもんね。


ど う で も い い か 。


32話目はそのタイトルになりそうです。


レオナルが物凄く、大人気ない。


い つ も か 。

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