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28 大地主と夜露の魔女

 怖い! 怖い!


 ……ウォン!


 ……ウォン! ウォン!


 ………… ウォン! ウォン! ウォン!


 背後から犬の声が迫ってくる。


 それから逃れようと必死で駆ける。

 だんだん犬達の吠える声は大きくなってきている。

 恐怖に駆られて足がもつれる。


 追いつかれたら終わりだ。


 そう。


 終わりだ――。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 思えば思いっきり自分の足で走ったのは、あれが最後だった。

 そんな事をぼんやり思いながら、薄れ行く闇の中で身体を起こした。

 夢を見て泣いてしまったらしく、少し頭が重たい。

 振り切るように瞬くと、出し切れていなかったらしい涙が滴った。


 ウォン! ウォン! ウォン! ウォン! ウォン!


 耳に届いた犬の鳴き声に、自分でも驚くほど身体が跳ね上がった。

「あ……っ、ほんもの?」

 まだ夢を見ているのか、それとも現実の事なのか。

 本気で迷った。


 しばらく怯えながら耳を澄ましてみて、今日はあの猟犬たちの出番だという事を昨夜聞いていたことを思い出す。

 今日は狩りに森へと入るそうだ。

 私には関係ない話だとただ聞き流していた。

 なるべく部屋から出るなときつく言い渡されてから、早いものでもう十日以上経っている。


 今日も出てはならないだろう。


 だったら誰が森に行こうが私の関与するところではない。


 正直、あの森を吹き抜ける心地よい風や木漏れ日が懐かしくて堪らなかった。

 それと同時に犬に吠え立てられながら追われるであろう、ウサギや鹿の事を思った。


 まだ、自分の半分はあのまま悪夢の中にいるようで、身体も気持も重い。

 掛け布がずり落ちたので、そのまま自分もずるずると寝台から落ちるように降りた。

 いったん、寝台のへりに寄りかかるようにしてから、力を入れて両腕で寝台を押すように突っぱねる。

 そうじゃないと起き上がれないのだ。


 もたもたと寝間着を脱いでいると、扉を叩く音がした。

「はい」と答える。

 着替えている最中だが気にしない。

 別に裸なわけじゃないし、下着姿はもう嫌というほど晒している。

 今更だ。

 きっと侍女のお姉さんだと思って、寝台にもたれて待っていた。

 なかなか扉が開け放たれないので、もう一度「はい」と返事をしてみた。


「仕度は済んだのか?」


 扉越しに聞こえてきた声は、地主様のものだった。


「今、着替えているところです」

「早く済ませろ。一人なのか?」

「はい」

「侍女はどうした?」

「わかりません、地主様」


 きっと他に忙しいのだと思う。

 黙っていると扉越しにお姉さんの声もした。

 地主様に挨拶をすると、わかりましたと答える声が聞こえた。


 朝から何のご用だろうかと思った。


「主が出かける時は見送りに出るのが常識だろう」


 ―――という事らしい。


「……。」


 確かに一理あるだろう。

 でも、私が目の前をよぎったら不吉だろう。

 これから狩りに出向こうという矢先に、出ばなをくじくような真似をしたくないのだが?


 とにかく着替えて、見送らねばならないらしいので仕度をした。


 お姉さんにいつもより少し厚手の上着とスカートを渡され、着替えを手伝ってもらった。

 もう季節はすっかり秋だ。

 まだまだ暖かいと思っていたが、だんだんと冷えてきている。

 お姉さんは少しでも暖かい衣服をと、用意してくれていた。

 ジルナ様とリディアンナ様が用意してくれた物だ。

 それに少し手を加えて、洗ってくれていたものを取りに行っていたから、今日は少し遅れてしまったそうだ。

 申しわけありません、と謝られて恐縮してしまった。

 何故、私に謝る必用があるのだろう?

 とんでもないと思ったから、こちらこそすみませんと謝った。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 さわやかに晴れ渡った空模様に、吹き抜ける風が心地良かった。


 少しだけ、夏の頃とは違うきんと冷え始めた空気が肌をさする。


 地主様はすでに馬に乗られていた。

 エルさんも馬に荷を積んでいるところだ。

 他にお付の人が一人と、馬が一頭。

 その周りを猟犬たちが五匹も吠え立てていた。

 尻尾を千切れそうなほど振っている。

 ショールを被り直して、どうにか視界を遮るようにした。

 怖い。

 近付きたくないがお姉さんに付き添われて、何とか側まで行った。

 もちろん、充分に距離は取ってある。


 緊張しつつもぼんやりと、忙しそうな地主様を眺めていた。


 風に湿り気を感じて、木の葉のざわめきに耳を澄ませる。

 風が教えてくれる。


 今日はこれからどしゃぶりになる。


 あえて黙っている。


 雨に洗われて犬たちもニオイを失うだろうから、ちょうどいい狩り日和だと魔女の娘は思う。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 出発の準備が整ったらしい地主様が、馬をこちらに進めてきた。


『今日の森の様子がどうかわかるか、夜露の魔女』


 馬上から問い掛けられた言葉は、森に入る前の慣わしによってか古語だった。


『はい。今日はとてもいい狩り日和です、地主様』


 地主様を見上げて、にこにこ笑ってそう断言した。


『魔女っこの犬が怖い思い出。』


も、明らかになって行くかと思います。


魔女っこ、地主の話を昨晩何にも聞いちゃいなかった模様。


聞き流していたか。


地主の言い方がはっきりせず、伝わらなかったか。


多分、両方。


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