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27 地主と姪と魔女

 

 娘はあまり眠れていないようだと報告があった。


 いつも夕食時には船を漕ぎ出す様子から、あまりうまく寝つけてはいないだろうなと予測はしていた。

 様子を窺いにカルヴィナの部屋を訪れた。

 まだ眠そうなら、無理に起き出さずとも良いと伝えるためにだ。

 リディアンナは待たせれば良いだけの話だ。

 自分自身で驚く。

 何をわざわざ俺が訪れる必要がある?

 侍女に一言命じれば澄む事だ。

 今日もこれから仕事を控えている。

 何も余計な仕事を増やす理由は無いではないか。

 そう自身に問い掛けてみたが、気がつけばすでに魔女の娘の部屋へと足は向っていた。


 カルヴィナに用意した部屋を一階から二階へと移動した。

 菓子屋の階段を下りる様を眼にして決めた事だ。

 おかみはこちらを物言いたげに見下ろしていた。


 お嬢ちゃんにはこれくらいしないと、また逃げられちまうよ。


 そう言っている様に聞こえたから不思議だ。

 カルヴィナは俺から逃れる事を諦めていない。

 ただひたすらに俺への債務を払いきり、身も心も自由だった森へと帰ることを望んでいる。

 恐らく女同士の話で、おかみに導き出された本音がそれなのだろう。

 カルヴィナの、若さ特有の勢いを舐めて掛かってはいけない。

 それを思い知った一連の出来事に、俺は少々過敏になっているようだと認めるしかない。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・・:*:・。・


 廊下は長く、階段は嫌というほど多い。


 これで少しでも逃げ出す気が削がれれば良いが。

 それでもあの娘なら果敢に挑むかもしれないという当初の予感どおり、あっさり実行された。


 それでも時間稼ぎになってくれればそれで良いと思う、俺の自己満足だ。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・・:*:・。・


 目的の扉を叩く。


 いつもなら素早く気がつき、顔を出す侍女が出てこなかった。


 もう一度、繰り返す。


 何の反応も無い事にシビレを切らし「入るぞ!」とだけ怒鳴り、扉を開けた。


 そよと風が頬を撫ぜ掠めて通り抜ける。


 それと同時に心地よく娘の声が、耳をくすぐる。

 今まで聞いた事のない、明るく澄んだ笑い声だった。


「おいで、おいで」


 くすくすと笑いながら、娘はバルコニーで身を乗り出して小鳥たちと戯れていた。

 パンくずでも撒いてやったのか。

 小鳥はざっと見ただけでも、十羽以上集まっていた。

 皆揃って娘に向って赤い舌をのぞかせていた。

 カルヴィナの肩に乗り、手に乗り、バルコニーで羽根を休めて見上げている。


 皆、同じ種類の小鳥で確か名はシュリトゥーゼルと呼ばれる。

 翠と藍の色彩の小さな宝石のような羽毛に、つぶらな黒曜石のような瞳が可愛らしい。

 身体と同じくらいに長い尾羽根は光る濃紺で、貴重な装飾にと使われる。

 小型で群れをなして森に住まい、人里には滅多に現れない。

 ましてや人に慣れる事は無いとされている、幸運の小鳥とも呼ばれるものだった。


 ピィヨ、ピィィヨ、ピヨロロロロ―――!


「あのね、伝えてくれる? 森の愛しいあの方に。お会いしたいですって」


 娘が頬を薄っすらと染めてそう囁き、小鳥に想いを託していた。

 それに応えるかのように、小鳥たちはいっせいに(さえず)る。

 カルヴィナの笑い声がそれに合わさる。


 バタンっと、大きな音を立てて扉を閉めていた。


 ピィイイイイイ――――!!


 一際、甲高い警戒音を発しながら小鳥たちがいっせいに飛び立った。


 光に弾かれるようにその身体を羽ばたかせ、飛び去って行った。

 幾枚かの羽毛も舞い飛ぶ。


 ようやく娘の注意がこちらに向いた事に安堵すると同時に湧き上がるのは、何とも苦い思い。


 驚きから見開かれた瞳に光るのは涙の雫。


 こちらを見てから、飛び立ってしまった小鳥の行方を追っている。


 すでに小鳥の影は無い。


 カルヴィナの髪が風に吹かれて、ふわりと舞った。


 そのか細い後姿をただ見つめる。


「カルヴィナ」

「……。」


 名を呼ばれ、諦めたようにこちらを向いた魔女の娘は振り向いた。

 涙を必死で堪えながら、悔しそうに俺を見た。

 唇がわなないている。


  この娘の心は森にある。

 だが、いくら泣かれても帰す気は起きない。

 むしろ、この泣き方の方がマシだと思う。

 そうだ。はるかにましだ。

 あんなただ涙を零すだけの、何も写しはしない瞳をさせる事などガマンならなかった。

 それならば俺を見て、しっかりと睨みすえて泣かれる方がずっといい。

 闇など覗かせたまま泣かれたくなかった。


 朝からも油断無くショールを羽織るようになった娘に舌打ちする。もちろん、内心でだ。

 そんなあからさまなまでに苛立ちを表に出したら最後、カルヴィナは……。

 考えたくも無い事態になるだろう。


 その黒髪を見たいと願っている自分がいる。

 少し前までは背を流れるほどの豊かさであった髪も、今は娘の頬を隠すのがやっとという長さだ。

 艶やかさを取り戻し始めていた黒髪に、指を絡ませておけば良かった。

 もっともそう簡単に触れさせてはくれない所か、目に触れるのすら避けられているが。


 カルヴィナは、眠る時もショールを手放さないという。


 そう責めるように報告された。

 そうなる事を予測していた。

 カルヴィナに罪はない。

 年頃の娘の自尊心を踏みにじった俺にある。

 だからこそ「もっと堂々としてくれ」と、頭を下げたが受け入れられなかったのだ。

 俺にどうしろというのか。

 やりきれない思いに、胸を占拠されている。

 そこに追い打ちを掛けてくれるのが、この魔女の娘だった。


「おはようございます、地主様」


 羽織っていただけのショールを頭から被り直されてから、深々と頭を下げられた。


「カルヴィナ」

「はい」

「危ないだろう。あまり身を乗り出さないように」

「はい」

「来なさい」

「はい」


 促がすと素直に頷かれた。

 だが実際はわずかにバルコニーの手すりから離れただけだった。


「こちらに来い」

「ぅ……はい」


 そんなに俺の側に来るのが嫌なのか。

 そう考えたから、命ずる声に苛立ちが含まれる。

 カルヴィナは諦めたようにひとつ小さくため息をついた。

 それがまた癪に触った。


 そろそろと壁に手を掛けながら、カルヴィナはその場にしゃがみ込む。


 何をする気かとその様子を見下ろしていた。


「お見苦しい失礼をお許しください、地主様」


 カルヴィナは膝を付き両手を床についた。

 そのまま床をはいずる様に身を進ませた。

 右脚だけが遅れて引き摺られる。

「!?」

 その様子にやっと気がつく。

 カルヴィナの手元に杖はなく、見渡した部屋の寝台に立て掛けてあった。


 慌ててカルヴィナに駆け寄り、その身を抱き上げた。


「悪かった。おまえの手元に杖がない事に気が付かなかった。許せ」


 いいえ、とカルヴィナは首を横に振った。

 俺の腕の中、居心地悪そうに身じろく。

 だが下ろしてやらない。


「ええと、それにまだ、着替えてもいなくて」

「侍女はどうした? 今日もリディアンナが来るはずだろう?」

「はい。先程いらっしゃいました。私に待つように仰って、そのままどこかに行かれてしまったのです」

「もう来たのか!? いつの間に」


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・・:*:・。・


「お嬢さま、お待たせしました……っと!? 地主様?」」

「きゃあ! 叔父様、カルヴィナはまだ着替えてもいないんですのよ!」


 ぱたぱたと軽快な足音が聞こえたと思ったら、すぐに明るい声が飛び込んできた。

 リディと衣服らしき物を抱えた侍女である。


「リディ。俺に挨拶もなくこんなに早くから、どういうつもりだ?」

「カルヴィナに色々着てもらおうと思って、待ちきれなかっただけですわ。叔父様もまだお仕度がお済みで無いでしょうからと考えて、カルヴィナと一緒にご挨拶に窺うつもりでしたのよ。ねぇ、カルヴィナ?」

「……はい」


 抱えたままのカルヴィナの瞳を覗く。

 落ち着かなさと心許無さが表情にも表れていた。

 明らかに何か隠していると思われる。

 もとより、カルヴィナに腹芸は無理な話だ。


 対するリディアンナはといえば、何事も無かったように衣装を並べて見せる。

 侍女も従順に頭を下げて見せ、俺の前にある寝台に抱えていた衣装を広げて行く。


「ねえ、カルヴィナ。これだったらきっと動きやすいと思うわ。それでいて、かわいいでしょう?」

「ええ。きっとお似合いになりますわ。着てみられませんか?」

「はい。ありがとうございます」

「ですってよ、叔父様。下ろして差し上げて」

「……。」

「叔父様、カルヴィナはお着替えするのよ。出ていって下さらない?」


 無言で従うより他は無い。

 侍女は既に扉を開けて待っていた。


 この二人、姉に倣って俺を手玉に取るのは慣れたものである。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・・:*:・。・


 カルヴィナの古語の授業(という名の遊び)を終えたリディアンナが、俺の部屋に挨拶に寄った。

 そこで問い詰めた。


「リディアンナ。何を企んでいた?」

「やはり、叔父様には見抜かれていましたか」

「当たり前だ」


 悪びれる様子も無く、あっさりとリディアンナは白状した。

 カルヴィナによる古語の授業を、森の中で受けたかったのだと。

 絶対に許可しないであろう、俺の目を盗んでの野外授業を決行しようとしたらしい。

(共犯者に姉の名を堂々とあげたが、それ以外の者に付いては口を割らなかった。だが察しは付く。)

 即座に却下したが、それくらいで引くリディではない。


「ねえ、叔父様? 私、カルヴィナと森に行ってみたいわ! いいでしょう?」

「駄目だ」

「どうしてよ! 叔父様のわからずや!」

「リディ。大魔女の娘は俺に仕えさせるために側に置いている。森を支配するには、魔女の力が必要なのだ。この地に豊かな実りを実現し、ロウニア家の安泰のためにも俺はそうする。理解したなら口出しはしないように」

「理解できないから口出ししますわ、叔父様! カルヴィナは魔女なのよ。魔女は森の息吹きを感じなければ、弱ってしまうのよ。そんなのは嫌!」

「リディアンナ」

「叔父様だって本当は気が付いているはずだわ。別に帰してあげられなくても、遊びに行くくらいならいいでしょう?」

「……。」


 黙り込んだ俺に、リディは必死に言い募った。


「カルヴィナの話してくれる森の出来事は、宝物みたいよ。実際に見て感じてみたいわ。ね? 叔父様もご一緒しましょうよ。狩でもピクニックでも何でも良いから。それならいいでしょう?」

「……。」


「決まりね! ありがとう、叔父様!」


 姪っ子はぴょんと跳ね上がると、抱きついてきた。


「何も言っていない」


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・・:*:・。・


 苦笑交じりに呟けば、くすくす笑われた。

 俺の負けである。

 姉にもこの姪にも頭が上がらない。


 仲良くなったカルヴィナのために、あれこれと世話を焼きたがる所などはやはり「姉」なのだと思う。


 諦めた俺に、リディアンナはにっこりと笑いかける。


「ところで! 叔父様にご提案があります。私、きっと叔父様のためにも良い結果をもたらすと思うの。ですから、うんと仰って叔父様」


 それはもう頷けという命令に等しい。




『恋の仲持ちリディアンナちゃん。』


叔父様のブキヨウさに見ていられませんわ! ってな心境です。


活発な少女らしく、よく動いてくれる子です。


地主と魔女っこだけだと 『なんじゃこの空気?』 と進みません……。


★・。・★・。・★


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