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26 魔女と地主と森の彼

 

 この娘を見ているとイライラする。


 触れられると、彼の想いが心の内が伝わってくる。


 ごめんなさい。


 そっと心の中でも詫びた。


 地主様は当然ながらお怒りだった。


 怖い。

 ただひたすらに恐ろしかった。

 怖い。怖い。怖いよう。おばあちゃん――!


 身動きが取れない。がんじがらめだ。

 何をしても彼の気に触る結果になる。

 何をしなくとも彼の気に触る事となる。

 ビクビク震えるしかない自分がとても惨めだった。


 ・。・:*:・。・:*:・。。:*:・。:*:・。・:*:・。・


 地主様はもう何も仰らない。


 無言でゆっくりと―――感じるが、どんどん足早に進んで行く。

 ゆっくりに感じるのは、地主様が気を使って下さっているおかげだと思う。

 私の身体を不必要に揺らす事が無いから、つくづく男の人というものは何て力があるのかと感心してしまう。


 緊張はするけれども、ここはとても安定感がある。


 長い回廊を、月明かりが煌々と照らしてくれている。

 そこを地主様に抱えられて進む。

 コツコツと地主様の靴音だけが響く。

 何とも言いようの無い不思議な気持ちだった。

 不快ではないけれども、愉快でもない。

 だからといってその中間でもない。

 とても落ち着けるはずが無い状況にも関わらず、私はすっかり地主様に身を預けきっている。


 少しだけ、眠気まで感じてきた。


 さっきまで神経が研ぎ澄まされて、冴え渡っていたというのに妙な具合だった。


 地主様が、先程とは違った雰囲気になられたせいかもしれない。

 苛立つ彼は苦手だけれども、普段の地主様の本質は驚くほど穏やかな事にも気が付いている。


 それが私の敬愛してやまない「森の彼」に似ていると気が付いた時は驚いてしまった。


 そう。

 彼はあの悠々と出で立つ「彼」に似ている。

 おおらかであたたかく、それでいて威厳を持っていて近寄り難い「彼」と。


 地主様に促がされるままに回した腕が、痺れてきてしまった。

 そこまでも彼に似ている。

 いつも抱きつくと私の腕では回り切らなくて、だんだん疲れてしまうのだ。


 私の腕が滑り落ち、代わりに彼の襟元を握り締めたが何も言われなかった。


 ただ背に回されていた彼の腕が、よりしっかりと抱え直してくれた気がした。


 いくらか地主様に身体が押し付けられる。


 彼からは冷たく澄んだ夜風の匂いがした。


 ・。・:*:・。・:*:・。。:*:・。:*:・。・:*:・。・


 最近こうやって抱え上げられてしまう事が多い。

 今日でもう何度目だろう?


 そんな風に考えて、そっとその横顔を窺った。

 引き締まった端正な横顔を、月の光が照らしている。

 数日前に殴られた腫れはどこにも見当たらない。


 やはり彼は威厳がある。

 それはこちらが萎縮してしまうには充分で、いつも恐れ多く感じてしまう。

 思わず指先に力がこもってしまった。

 地主様がちらりとこちらを見る。


 ―――目が合った。


 コツ、コツと刻まれていた靴音が、それと同時に止んだ。


 不思議と逸らす事が出来なかった。

 こんなにも間近で彼の瞳に射すくめられてしまっては、身動きも取れないというのもある。

 彼の切れ長の瞳は深い湖の色のはずだ。

 でも今は夜の闇にあるから、私の瞳と大差なく見える。

 だから安心して不躾に眺めても、許される気がした。


「……カルヴィナ。男をそのそのような表情(かお)で見るものではない」


 長い沈黙の後、先に視線を逸らされたのは地主様の方だった。

 重苦しいため息と共に呟かれた言葉に我に返った。

 やはり不躾だったのだ。

 弾かれたように身体を許される分だけ離して、目蓋をぎゅっと閉じる。

 謝らなければ。

 そう思うのだが、麻痺してしまって言葉が出てこなかった。


「いや、違う。そういう意味合いでは無くてだな」


 彼らしくない、歯切れの悪い口調だった。

 何かを言い掛けて、そのまま沈黙される。

 ふっと彼の吐息が、閉じた目蓋を掠めた。


 それと同時に温かく柔らかな感触が押し当てられる。


 少しだけ肌をちくりと何かが掠めた。


 驚いてそっと目蓋を持ち上げると、彼の顎と頬が目に飛び込む。


「不用意に瞳を閉じてもいけない……。」


 そう呟かれる。


・。・:*:・。・:*:・。。:*:・。:*:・。・:*:・。・


 後は何事も無かったように、彼はまた歩き始めた。



『このまま――。』


いっその事。


ん? 何か言ったかな レオナル?



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