22 魔女と地主とその愛馬
「乗り合い所はあちらのようですので、それでは失礼します」
「!?」
そう告げられた。
思わず耳を疑った。
自然、表情も険しくなってしまったようだ。
カルヴィナは泣き出す一歩手前で、どうにか踏み止まっているようだ。
蒼白な顔色の中、噛み締めた唇だけが嫌に赤い。
「おまえは今、何と言った?」
けして責めたつもりなどなかったのだが、尋ね返した声は自分でも驚くほど鋭かった。
「え? 乗り合い所はあちらです?」
「だからなぜそうなる!」
「地主様の、お手をかける訳にはいかないからです。私は、馬に乗れません。ですから、すぐそこの乗り合い馬車に乗ろうと思います。ええと、乗り合い馬車、ガジルール港。出発は四刻ごと、料金、850・ロート」
どうにか堪えた様子で、カルヴィナが乗り合い所の看板を読み上げ始めるのを呆然と聞く。
「来い、カルヴィナ」
これ以上聞きたくなくて、遮った。
カルヴィナは大きく目を見開く。
唇をわななかせ、言葉にならない小さな悲鳴を上げた。
「悪かった。怒ったわけではない。俺を頼るという気はおまえには無いのだな?」
「はい」
何を当たり前の事を言うのかと言わんばかりに、すぐさま頷かれてしまう。
「あの、乗り合い馬車で帰るので地主様は先に行かれて下さい」
「オマエは……。それ以前に金がないのだろう?」
「いえ、あの。少しだけあるのです」
「そういえば船に乗ろうとして乗船券を求めていたな?」
「はい。あの、髪の毛を売ったので少しまとまったお金になりました」
「髪を売ったのか?」
「あの、わずかばかりですがお金を作る事ができましたのでお納めください、地主さま」
精一杯、得意げに微笑む娘に掛ける言葉が見つからなかった。
・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・
娘が髪を売ったという路地裏の店に赴き……用を済ませた。
・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・
菓子屋の一家に見送られてから、おおよそ一刻が過ぎていた。
そろそろ足元に伸びる影も、長まる時刻を迎えている。
「……。」
「……。」
すでに会話は無い。
俺から話しかけると自然、カルヴィナを詰問しているという有様。
これ以上泣かせないためにも、口を閉じる事を選んだのだ。
カルヴィナの方とて俺に話す事などないだろう。
いや。言いたいことはあったとしても、俺を刺激しない方を優先するだろう。
何もかもが、もどかしく面倒になって、街中でカルヴィナを抱き上げた。
「……。」
「……。」
その間も無言。
幸いカルヴィナはもう口答えも暴れもしなかった。
心身ともにくたびれ切っているのだろう。
ショール越しに伝わる体温が心なしか高くなった気がする。
そのまま足早に馬を預けた所まで戻った。
・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・
カルヴィナを先に馬に乗せてから自分も乗る。
馬が揺れるたびに身体がどうしても傾く。
落馬されては大事だ。
そう考えたから何のためらいも無く、カルヴィナの腰に右腕を回した。
そうして抱えると一瞬驚いたように顔を上げ、見る間に悲壮感を漂わせられた。
苦々しい気持ちでその表情を見下ろせば、カルヴィナは不興を買ったと思ったのか、泣き出す手前か。
唇を引き結んでから俯いてしまう。
「はっ!」
構わず、短く声を掛け馬の腹を蹴った。
傾くたびに俺に寄りかかざるを得ない。
ますます身を固くして、必死でどうにか体勢を保とうとするのが解る。
その度に忌々しい気持ちになる。
娘を見ないように目指す先へと視線を向けるのだが、上手くは行かない。
馬が揺れるたびに、涙が飛び散るのだ。
おのれ夜露で俺を惑わす、忌々しい魔女の娘め―――。
等と悪態を心中で呟いてみても、それは何ら気まずさを紛らわしはしない。
ついつい彼女の様子を窺いながら馬を進める事となる。
そうなれば自然と、乗り手の視線がぶれる。それが乗馬を不安定にさせる。
当然、馬にも不安定さが伝わる。
乗馬に不慣れでぎこちが無いだけならまだしも、思い切り険悪な二人が乗っているとあれば流石の愛馬もぐずりだした。
首をいやいやと振りながら、こちらを窺うのだ。
愛馬にすら気を使わせてどうする。
そうも思うがどうしようもない。
少し歩を緩めて、ゆっくり慎重に進む事にする。
―――館が見える頃には、既に日も暮れていた。
『ぐったりきた。』
地主、魔女っこ、愛馬の共通の感想です。
馬にまで『旦那、大丈夫ですかい? 嬢ちゃん、泣いておりますぜ』と、気を使わせているようですな。
髪を売った店……で済ませた用事は、次回に~。