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18 魔女とおかみさん達

 

「お嬢さんは自分がどうして出てきたのか、わかっているんだよね?」


 はいよ、と温かなお茶の入ったカップを手渡されるのと、質問は同時だったのでいささか反応が遅れた。


 もちろんだ。

 こっくりと頷く。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 地主様に嫌だ帰らないと泣いて訴えていたら、いつの間にか人だかりが出来ていた。

 それをとりなしてくれた、おかみさんが優しく微笑み掛けてくれた。

 つられて微笑むと、少し驚いたように目を見張られた。

 濃い紫色の瞳は、春の野辺のスミレの色だった。きれいだなと見入った。


 おかみさんの家は飴やお菓子を売っているそうだ。


 お嬢ちゃんは広場を抜けた先の神殿に行った事はあるかい?

 女神様への捧げ物に、うちの飴も一役買っているんだよ。

 何、行った事が無いって?

 そうかい。後で、見にいくかい?

 神殿前の広場には市も出ているんだよ。

 通ってきたって?

 何か買った? え、パンを。そうかい。


 道々、歩きながら色々説明してもらった。

 小さい子にするように手を引かれ、お店につれて来てもらった。

 扉を開くと、カラランと鈴が鳴る。

 甘い香りに出迎えられて、ほっとした。

 ささくれ立っていた心も少し落ち着いた気がする。

 そのまま手を引かれて、お店の奥の方に案内された。


「わたしは店番しとくから。まずは二人とも、お嬢ちゃんを任したよ」

「ありがとう。交代でやろう」

「当然!」


 三人いるおかみさんのうち、一人のおかみさんはそういって手を振った。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


「さっきはうちの息子があんたに失礼をしたってね。怪我はしなかったかい? ルボルグ、ほら! ちゃんと謝りな」

「……。」


 一番うしろを黙って付いてきていた少年は、戸口に背を預けてむすっと押し黙ったままだ。

 赤みの色濃い茶髪の少年は、なるほどおかみさんに顔立ちが似ている。

 やはりぶつかった後、杖を差し出してくれた少年に違いなかった。

 少しそばかすの散った鼻の頭を掻いて、黙ったまま口を開こうとはしない。

 この少年も怒っているのかもしれない。

 何であれ、助けようとしてくれたのに嫌だなんて言ってしまったから。


 先程、地主様を勢い良くなじった勇気には驚いた。


「あの、ありがとう。助けようとしてくれて。さっきも杖を拾ってくれて、ありがとう」


 私の方も悪かったし、御礼がまだだったのでそう口にした。


「オマエ! ばかじゃねぇのか? さっきのは俺らがわざとやったんだ!」


「……。」


 やっぱり、そう、わざとだったようだ。

 カラス色が不吉に映って不快にさせたに違いない。

 深々とショールを羽織って頭を隠した。


「ルボルグ~? いいのかい、そんな言い方して。あんた、あの旦那を見て何か学ばなかったのかい? 後悔するのはアンタだよ」

「痛ぇ! 痛えって母ちゃん、耳引っぱるなよ!」


「お嬢ちゃん、うちの子もあんたに悪さをしたらしい。申しわけないよ。しかも、あいつ~! 逃げやがった。今日は夕飯抜きだ」

「いえ、あの、そんな……。私は大丈夫ですから、頭を上げてください!」


 慌てて立ち上がろうとして、うまく足に力が入らなかった。

 そのまま、またバランスを失って後ろに倒れこむ寸前で、少年が回りこんでくれていた。

 少年とは言えさすが男の子だ。

 難なく私を支えてくれている。


「ありがとう」

「……別に」

「でかしたルボルグ」

「ああ、大丈夫かい?」


 優しい少年と、おかみさん達だ。

 ありがたいな、と思った。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


「お嬢ちゃんを迎えに来た旦那、謝ってたね」


 そこも不思議だった。

 私が謝るべきだろう。

 咄嗟の事とはいえ、彼を叩いてしまった。

 私の方こそ、叩かれるべきだろうに。

 憂鬱な気持ちで俯くと、頭をぽんぽんと優しく叩かれた。


「もう一度、訊くよ。お嬢ちゃんはどうして出てきちまったのか、自分で答えが出ているんだね?」

「はい」


 どうしてそんな事を訊くのだろう?

 そう思ったのが顔に現れていたらしく、気使うような笑みを向けられ、優しい口調で宥められた。


「うん。初対面でこんな事きいてごめんよ。たださ、あの旦那は今ひとつ解っちゃいないようだったからね」

「そうそう。どうしてお嬢ちゃんが、自分の元を出て行くなんていう行動に出たのか。ちょっと、よく解らない顔をしていたように見えたからさ。あれはよろしくないよ。これから先が思いやられるね」


「?」


 どうして「よろしくない」のだろうか?

 ますますワケがわからなくなって、首を傾げるより他に無かった。

 やはり私が馬鹿だということなのだろうか?


「あのさ……。お嬢ちゃんは、どうして旦那を置いて一人で出てきちゃったんだい?」


 遠慮がちに尋ねられた声に、きっぱりと答える。


「私がみっともないカラス娘で、彼には目障りでしかないからです」


 そう。この一言に尽きる。


「えええええ!」

「はぁあああ?」


 とかいう声で叫ばれた後、正気かと尋ねられた。

 はい、と答える。


「それでも一応は夫婦なんだろう? あんた達」

「え? 私はただの召使いですよ」


 沈黙が降りた。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 おかみさん達が、何故そのような考えに至ったのか謎だった。

 地主様と、ただの貧しい村娘の私が並ぶと、その差が際立つと思うのだが……。

 やはり、彼の側を離れて正解だったと強く確信した。

 地主様のお友達の方も、(はなは)だしい誤解をされていたようだったもの。

 あれはご友人が地主様をからかう話のタネなのだと解釈していた。

 しかしどうやら、彼の側にたとえ貧相であろうとも年若い娘がいれば、他人はそのように見てしまうものらしい。

 初対面のおかみさん達ですら、そのような見方をするのだ。

 世間というものは全くもって理解できないし、難しい。

 でも、そういうものなのかもしれない。

 私が世間に疎いだけなんだと思う。


 それはさぞや地主様の体面を傷つける事だろう。

 地主様がお怒りになられる訳だ。

 全力で否定されたのも頷ける。


「彼にお金を返さなければならないのですが、私はお金がありません。ですから、働かなくてはなりません。足りないお金の分、役に立てといわれたのに。でも私は何もうまく出来なくて、面倒だとよく言われました。だから出てきました」


「ええと。お嬢ちゃん。ちょっとばかり、はしょり過ぎじゃないかな~?」

「そうそう! その結果に至るまでの経緯をおばちゃんたちに話して聞かせて!」


 これ以上、うまく説明できなかった。

 今まで話したそれが全てだ。

 それでも決定的な何かが足りないらしい。

 必死で言葉を探った。


「私が彼の側にいると、あらぬ誤解をされてしまうようで、迷惑をかけるのです」

「誤解?」

「はい。私のような娘に、誰がなびくかと仰っておられました」

「旦那はそんな事を、言ったのかい。まさか!」

「足を引き摺って歩く障害者で、みすぼらしいと」

「……。」

「ええと。それでなくとも私は、真っ黒のカラス娘なので、くだらないそうです」


 ふいに涙が零れてしまった。

 ぽろ、ぽろと。

 慌てて頬に手を添えた。

 涙が零れるたび、胸が痛い。


 胸が痛むから、涙が零れ始めたのだろうか?

 胸にも手を当てる。


「っだよ! それ! あのおっさん、やっぱり殴っておけば良かった!」


 急に少年が声を荒げたから、身体が跳ね上がってしまった。


「ルボルグ! 母ちゃんもちょっぴり同感だけど、暴力は駄目だからね」

「わかってらぁ」

「言葉も使い方を誤まると暴力だからね。心しなよ?」

「わかったよ」


「お嬢ちゃん、悪かったよ。辛いこと、無理やり思い出させて……。コレ飲んで、これをお上がりよ」


 そういってお菓子を手渡された。

 やっぱり小さい子にするみたいにされて、少し笑ってしまった。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


「じゃあ、おばちゃんちの子になるかい?」

「え?」

「住み込みで働くかい?」

「はい!」


「おや。良い笑顔だ」


 おかみさんに苦笑されてしまった。


「はてさて、困ったね~。ためらいなく頷かれちまったよ」

「足は悪いから走れませんが、歩けます! 一生懸命働きますから」


「ああ、いやいや。違うんだよ。あんたに困ったと言っている訳ではないんだよ」


「あの若旦那に、後であんたを迎えにおいでって言っちゃったからね」

「大丈夫です。私の身のふり方を聞いてもらったら、きっと納得して置いて行ってくれます!」

「あやや……。言い切るんだねぇ」

「はい」

「あのね~? あの旦那にとってお嬢ちゃんがただの召使いだったとしたら、最初から迎えになんて来なかったと思うんだよね。おばちゃんは」

「それは、お金を納めないまま逃げ出したと思われたから、探しに来ただけだと思います」


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 カラララン、と少し遠く鈴の音が聞こえた。

 お客様だろう。

 皆、そう思ってあまり気に留めなかったようだが、足音がこちらに近付く。


「母さん!」


 金髪に薄灰色の瞳という、もう一人のおかみさんとよく似た少年が飛び込んできた。


「ルイ! おまえは今頃~! 女の子に悪さして、そのまま逃げるたぁいい度胸だ。情けない!」


 確かに先程の集団で見かけた気がする。

 しかしすぐに走り去っていったので、あまりこの少年には見覚えが無かった。


「悪かったって。ごめん」

「まあ、戻ってきて謝ったから、よしとして……やっておくれね?」


「はい。もう気にしないで下さい。大丈夫ですから」


 頷いて微笑む。

 ルイという少年が、恥ずかしそうに視線を逸らせる。

 何やらルボルグ君と小突きあい始めた。仲良しだな。


「ルイ、おまえ慌てていたみたいだけど。もう用は済んだのか?」

「そうだ! ルボルグ、母さん達、大変だって!」


「何が大変なんだい?」


「さっきのおっさんと父ちゃんたちが、酒場で暴れているんだよ! マスターにあんまり騒ぎになる前に、母さんたち呼んできてくれって言われて俺、走ってきたんだ!」


「え?」


 ぽかんとしてしまう。

 地主様が酒場で暴れている? 

 また何か私の事でからかわれて、我慢なら無いくらい頭にきたのだろうか。

 動揺して、思わず立ち上がってしまった。


「それ、本当?」

「本当。何か若い兄ちゃんが来てから、殴り合いになったって」


「何、やってんだ昼間っから! もう!」

「ったく、男衆はこれだから~世話が焼けるったらないよ!」


 おかみさん達は、盛大にため息をついて腰を上げた。



『これ書き始めた日付、今年の四月になってましたよ。』


ネタ(だけ)は 早い段階で出来上がっていた様子です。


書き足し、書き足し、全然別物に変化。


あ~。


こちらも負けじと世話焼きがそろっております。


こういう、下町人情的な所を書くのが好きです。


おっさんと少女は、周りから色々構われる運命です。


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