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17 地主とおやっさん達

 

「こら―――っ! 何、ご婦人に乱暴を働いているんだ! そこのおっさん!」


 ガン! ガン! ガン! と手にした鍋底に、棒を打ち鳴らしながら、少年が怒鳴った。


『フォリウムん所の悪ガキだ』

『飴屋のルボルグが来たよ』


 赤味の強い茶髪の少年は、そう呼ばれているらしい。

 野次馬たちが何かしら期待のこもった眼差しを向けている。

 控えめながら野次と賞賛が入り混じる。

 要はこのガジルールのガキ大将といった存在なのだろう。

 年は甥っ子とそう変わらないだろうか、と考えながら眺めた。


「……。」

「アンタだよ、おっさん!」


 少年はそう言い放つと、棒をこちらに突きつけた。

 娘も驚いたため、抵抗を忘れたらしい。

 そして小さく「さっきの」と呟いて、少年を見上げる。


「乱暴などしていない」

「嘘つくな! だったら何でその子は泣いているんだよ。嫌がっているじゃないか、オマエの事!」

「だから今、謝罪をしていたところだが」

「いいから! 放してやれよ。おっさんの馬鹿力で、その子の手首が折れそうだ!」


 少年が娘の腕を掴んだ。

 その途端、娘の身体がびくりと跳ね上がった。

「あ……っ、いや」

 悲鳴のような拒絶の声に、少年の表情が歪む。


「何だよっ、助けてやろうとしているのに! こっちに来いよ!」


 少年が泣きそうな顔で怒鳴った。

 娘は大きな声に怯えて、身を小さく丸めてショールを深く被り直してしまった。

 何とも嫌な気分に襲われる。

 見ていられない。

 少年から庇うように間に割って入り、慎重に娘の顔を覗き込んだ。


「もう泣くな、カルヴィナ。どこか痛むか?」


 名づけて以来初めて、彼女の名を呼んだ。

 娘は驚いた様子で面を上げた。

 やはりその夜闇を映す瞳からは涙が溢れている。

 何がフルルなものか。


 やはりこの娘はカルヴィナ(よつゆ)に違いあるまい。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 ぱん、ぱんっと二度、手を打ち鳴らす音の方に皆が注目する。

 人ごみを掻き分けるように、突き進んできたのは一人の女性だった。

 きっちりと結い上げられた髪は、少年と全く同じ色合いだ。

 ただ、瞳の色は違う。

 ここからではよく判別できないが、深い紫のようだった。珍しい。


「はいはいはい! 皆、散った散った! あんまり騒いでると自警団が駆けつけるよ! 仕事に戻りな」


 やたらに大きく響く声に野次馬たちは顔を見合わせながら、名残惜しそうに振り返りながらも散って行った。


「ルボルグ、それくらいにしておきなよ?」

「母ちゃん」

「そ。後は母ちゃん達に任せな」


 女性はそう言うと、少年の頭に手を置いた。

 その後ろに立つ、同じような年のおかみが二人頷いて見せる。


「自警団の兄ちゃん達は呼ばなくてもいいのか!?」

「アホか。痴話げんかにそんなモン呼んだら、余計にこじれるわ!」


 少年の母親はそう言って笑い飛ばすと、こちらを見上げた。


「旦那、どいてなよ」

「そうだよ。お嬢さんは私たちに預けてさ。何、この子が落ち着いてちゃんと身のフリを自分で判断付けられるまでだよ」

「そうそう。もうちょっと頭を冷やして、素直になったら迎えにおいでよ。でなきゃ、同じ事を繰り返すに1000・ロートだね」


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


「旦那」


 ぽん、と力強く肩を叩かれた。両肩。

 そのまま後ろに引かれたために、視線を流す。


「ああいう時はうちのかあちゃんに任せておけ!」

「ああ、そうだ。それがいい。うちのかあちゃんも、ああいう時にやたらと最強だからな」

「まあ、あの状態のカカアたちに物申せるとしたら、国王陛下くらいのもんだな!」


 そうだ、そうだと、三人の中年の男達に頷かれていた。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


「そうそう。女はわかんねーよな! うちのカカアなんざ、一緒に連れ立って二十年年近いってぇのに未だにわかんねーもんな」

「……。」

「いや、俺は年々わからなくなってきている。女って生き物が」

「俺の娘なんざまだ十二歳だぞ? でもわかんねぇ!」

「旦那、飲んでるか」


 どういうわけか酒場に連れて来られた。

 明らかにまだ準備中だったらしく、椅子はテーブルに逆さにされて上げられていた。

 床を掃除していた店主が呆れたような声を出したが、そこに咎めるようなそぶりは無かった。


 さっさとカウンターに戻ると、注文を聞きだし始めた。

 それに答えながらめいめい勝手に椅子を戻し始めると、どっかりと腰を落ち着けだす。


 そのまま酒盛り。まだ日も高いというのに。


 男三人は杯を高々と掲げてから、ジョッキの半分近くまで一気に飲み干す。


「――で、お若いの。どうしたんだよ? 嫁っこに家出される理由は何だ? 金か。他の女か。それとも、ナニか」


「オマエん所と一緒にすんなよ!」

「バカ言え! どこも一緒なんだよ、こういう問題は! なっ、旦那!」


 親身なのか、面白がっているだけなのか、わからない。


「あれは嫁じゃない」

「え? そうなのか。俺はてっきり」

「何がてっきりなのかわからん」

「だってさぁ、浮気がばれた亭主みてえなツラしてたんだもんよ。なあ?」


 そうだ、そうだと同意の声が上がる。


「浮気も何も、あれとは何も無い」

「じゃあ、何なんだよ? お二人さん」

「アレは亡くなった知人の娘だ。それを引き取っただけだ」


『嫌、嫌、放して、帰らない、構わないで、ちゃんとお金は返しますから』


 突然、赤毛の男が、甲高い声で先程の娘の訴えを真似る。

 気色が悪い。思わず(むせ)た。


「正直、普通の関係じゃねぇなと思うに充分な涙だったな。そうかあ。お嬢ちゃんのご両親は、高利貸しの旦那に借金したまま亡くなっちまったのか。そいつは無念だったろうなぁ!」

「大事な娘を借金のカタに嫁っこにされちまうんだからな~浮かばれねえなあ」

「旦那、悪徳高利貸しから足を洗え! 今すぐに!」


 誰が高利貸しだ。

 俺か?

 しかも、何だそのでたらめな作り話は!

 誰が借金のカタに娘を嫁にしたという。

 俺が?


 酔っ払いのたわ言など、本気で相手をした方が負けだ。

 それに、いちいち説明して身分を明かすのもどうかと思う。

 ここは黙って解放されるのを待つことにする。


「あのお嬢ちゃん、年はいくつだい?」

「十七」

「若っ! 幼な妻じゃねーか! ちくしょう、うらやましいぜ!」

「だから妻ではない」


 酔っ払いは、あまり人の話を聞いていないというのは本当らしい。


「で、旦那はいくつなワケ?」

「二十九になる」

「ええ! 思ったより、若っ!? その割に落ち着いているもんだからさ~」

「でも、一回りも年下かぁ。そりゃあ、お嬢ちゃんの戸惑いもわかるなぁ」


「戸惑い?」


「そりゃあ、そうだろう。自分よりもずっと年上の、しかも昨日まで見ず知らずの男に、いきなりアレコレ言われたら萎縮するに決まっているだろうよ、旦那! しっかりしてくれよ!」

「しかも、言い方がなぁ。……見ちゃおれんかったしな。旦那、あんな言い方は無い。ますます溝を深めたいなら止めないが」


「そうそう。うちのぼうずが、嬢ちゃんが可愛くてだな。ちょっかいだして、転ばせちまったらしいんだわな。……悪かった! 悪かった、旦那! そう睨まないでくれ。ルボルグにはよっく叱ってきかせたから許してくんな! で、その嬢ちゃんにも謝らせようと探してたら、あの騒ぎだろう?」


「……。」


「なあ、旦那。嬢ちゃんは、あんたをものすごく誤解していると思うぞ? ちゃんと、物事を順序だてて説明してやったのかい」


 中年の男三人の気遣う様な、好奇心から探るような視線に黙り込むしかなかった。

 それを答えと受け取ったのだろう、少年の父親が俺の背を叩く。


「じゃあ、これからちゃんと話してやれば解ってくれるって! 」


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


「レオナル様。こちらでしたか」

「リヒャエル。娘は見つかったが、思ったより長引きそうだ」


 時間を過ぎても戻らなかった俺を追って、リヒャエルは港に駆けつけたのだという。

 そこで一連の騒ぎを聞いて、こちらに向って俺を見つけたらしい。

 あらかた察しをつけているであろうリヒャエルが頷いた。


「申しわけありません」


 リヒャエルが深いため息と共に謝罪する。

 何がと、問うよりも早くにその理由がわかった。


 軽やかな足どりで酒場に入ってきた人影が、奴だったからだ。


「スレン」

「来たよ」

「呼んでいない」



『我ながら 素敵な サブタイトルだなぁ (ヤケ。)』


余計にこじれさす人たち いっぱい。


おせっかいなの~。


カテゴリ、追加しよう。 ラブ・コメデー。


本人たちはいたって真面目ですが、所詮、あっしが書くものなのです。


※ 「だんな、よいてなよ」

      ↓

  「だんな、どいてなよ」


「よいて下さい」 = 「どいて下さい」


標準語じゃないんですか――!?


そんな風に叫びつつ、修正しました。

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