15 魔女とごろつき
『きちんと食べないから貧相な体つきなんだ。しっかり食事を取れ!』
そんな言葉が蘇って思わず辺りを見渡してみた。
大丈夫。地主様の影は見えない。
ちらと、道行く人たちをショールの影から窺ってみる。
「……。」
皆、女らしい自信に溢れて見えた。
それに比べて自分の体つきの何と頼りない事か。
確かに地主様の仰るとおりで間違いが無い。
ショールを深く被り直して、前身ごろを合わせた。
歩きながら言われた言葉に真実を見出す。
少しでも対処できないものかと考えてもみる。
たくさん食べればどうにかなるだろうか?
そもそも、食料調達すらままならない状況だ。
そういえば、今までどうやってきたのだったかしら?
いつも、いつも、与えられてきたのだったと思い当たる。
森からも、村の人からも。そして地主様の所でも、同じだった。
与えてもらってきたのだ。
それを当たり前のように受けてきただけだ何て、バチ当たりなんだろう。
本当に私は食事を取る価値も見当たらない。
それでも、きちんと食べて元気でいよう。
そしていつか、与えてくれた人々に報いれるようになろう。
そう。いつか、きっと。尊敬するおばあちゃんのようになろう。
私はなるべく早く、おばあちゃんみたいになりたかった。
威厳があって、堂々としていて、何でも知っていて、何にも動揺したりしなかった。
―――自分の死期が近いと覚っていてさえも、おばあちゃんは森の大魔女だった。
いつまでも悲しむ、私だけが未練がましいのかと泣けてくる。
しかし、いつまでもそれではあまりに情けない。
おばあちゃんだったら、どうしただろうか?
きっと前を見据えて歩みを止めなかったと言い切れる。
だから歩こう、と面を上げる。
地主様に今までの分の税金を納めねばならないのだ。
何より食べていかねばならない。
そのためにもお金が要るのだ。
まずは働き口を探そう。
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「仕事、世話してやろうか?」
突然声を掛けられて振り返ると、やせぎすの男の人がこちらを見ていた。
格好はあまり上品とはいえない様な、着崩したシャツの胸元は肌蹴ている。
編み上げた長靴で足音を立てないまま、私をじろじろ見ながら近付いてきた。
「仕事、探してるんだろ? なあ」
頬はこけていて、その眼光だけが鋭く嫌に目立つ。
地主様と同じような髪と瞳の色なのに、酷くくすんで見える。
ここがあまり日が射さないせいばかりではあるまい。
「ついて来な」
腕を掴まれた。
驚きのあまり、振りほどけなかった。
そのまま強引に引き摺られるようにして、路地裏に入った。
ごみごみした薄暗い路地裏は、家が隙間無く立っていた。
それなのにまるで人の気配がしなかった。
いや、あるにはあるのだが面には現れず、深く潜んでいるような気がした。
一番、奥の奥、突き当りのドアをガンガンと、男は蹴った。
しばらく、何の応えもなかった。
男は黙って立っていた。
すると、音も立てずに扉が開いた。
そこからぬっと腕が伸びてきたから、声にならない悲鳴を上げた。
「!?」
しかも男は、私をその腕の前へと押しやったのだ。
今度はその扉の向こうの腕に手首を掴まれる。
掴む手の感触は柔らかく肉付きの良い、女の人のものだったので少し気が抜けた。
「何だい! 骨と皮ばかりじゃないか! しかも杖をついて歩くのかい? そんな足を引き摺っている子に、うちの客相手が務まるもんか。それに足の悪い子はあそこの具合も悪い子が多いんだ。使い物にならないに決まっている。他をあたりな!」
「まあまあ。黒髪黒目は珍しいから、変わった者が好みの客にはいいんじゃないかと思ったんだけどな?」
「冗談じゃない。これはカラスと忌み嫌われる色だよ。縁起でもない子を寄こすんじゃないよ」
手だけを覗かせていたおかみさんは、そう言い捨てるとバタンと扉を閉めてしまった。
「……。そうですよ。私はカラスと忌み嫌われていますから、関わらない方がいいですよ」
そう声を掛けると、彼は押し黙った。
がしがしと自身の後ろ頭を掻き毟ってから、首を横に傾けると言った。
「あんた、おかしいってよく言われるだろ?」
―――意味が良くわからない。
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馴染みのない潮風の香りに誘われて行くと、港にぶち当たった。
海だ。
潮風が心地よく頬を撫で、ショールの裾も攫われて踊る。
ここから先は船でなければどこにも行けない。
海を渡る。
渡った先には何があるのだろう。
少し胸が躍った。
そうだ!ここを出て、遠い、遠い場所で生きて行こう。
誰も私を知らない場所で一から出直そう。
それがとてもいい考えに思えて、希望が持てた。
ふらふらと停船している船着場へと、誘われるように近付いていった。
こんな時、おぼつかない足取りが恨めしい。
気持ちだけが逸る。
ふらつくのは身体が前のめりになって、足が付いて行けないからだ。
足取りはおぼつかないが、気分は軽やかで本当は駆け出したいくらいだった。
「あのう。この船に乗りたいのですが」
「ああ。出発は一刻ほど後だよ。その前に手続きが必要だから、あそこの商工会議所の建物に行って乗船券を発見してもらってくれ。船賃は先払いだからね」
「あの、おいくらかかるのでしょうか?」
「5000・ロートだよ」
5000!
今、髪を売った金額とちょうど同じだ。
何て、ついているのだろう。
どうにか足りる。何とかなるだろう。
パンだって、後半分もある。
「ありがとうございます!」
喜び勇んで受付場へと向った。
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「この船はどこに行くのでしょうか?」
「なんだい? 知らないのに乗ろうとしているのかい?この船はね……。」
「あの船はローダリアに行く船だ。山を挟んで向こうだから人の行き来は船になる。今は停戦中とは言え、まだいつ戦火が上がってもおかしくない状況だ。そんな所に自ら行こうとするのは傭兵どもか、身内を残してきた者だけだ。この馬鹿!」
言いよどんだおじさんの視線が私の背後を捉えていると思ったら、これまた淀みの無い答えが聞き覚えのある声で返ってきた。
泣きたくなる。というよりも、その場にしゃがみ込んで人目も憚らず、泣き出してしまった。
「どこへ行こうとしていた!? 勝手に屋敷を抜け出して! 帰るぞ!」
「嫌、嫌、嫌――っ!!」
何が何だかわからないまま、恐怖に駆られて泣き叫ぶ自分が止められなかった。
『うわあ。あ~あ……。』
だからなんだの仮タイトルです。
魔女っこ、見ちゃおれません。
色々、やらかしております。
レオナル、遅いよ!!