表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/130

14 魔女と男の子

 

 私が森に捨てられた娘らしい、というのは物心付く頃には知っていた。


「オマエは黒髪(カラス)だから、親にも気味悪がって捨てられたんだろう?」


 尋ねるような語尾上がりに、赤ん坊の頃の記憶を持たない私は答えられずにいた。

 あえて尋ねるまでもない。そうに違いない、とその口調は告げていた。

 親にも捨てられるほどのカラス娘。

 鳥の方のカラスに生まれてこれれば良かったのだが、残念ながら人間の娘だった。


 ならばカラスは森に返すのが道理というものだろう。

 恐らく私の生みの親とやらもその道理に従ったらしい。

 そうして私は大魔女の娘になった。


 カーラス カラスー まっくろ 黒い カラス むすめー 森に帰れー


 小さい頃、よく村の男の子たちにそうやってはやし立てられた。

 その後、決まって一人取り残された。

 走り去って行く後姿を見送りながら、何ともいえない気持ちに襲われるのが常だった。


 カラスは人の子の仲間には入れないらしい。


 その度に不安になって、おばあちゃんに尋ねたものだった。


「私は、おばあちゃんの本当の娘ではないの?」


 少し声が震えたのを今でもはっきり覚えている。


「おまえは森から授かった娘だ。誰のものでもありはしない。でもね、おまえは私の宝に違いないよ」


 おばあちゃんはいつもそう言って、優しく頭を撫ぜてくれた。

 それだけで充分だった。

 そう。私は森の恵み。大魔女の娘――。

 そう思えた。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。・:*:・。・


 自分の感情を表現するのに、相応しい言葉が見つからない。


 だからだろうか。何だか自分自身を持て余したままだ。


 あんなに悪し様に罵られるのは予想の範疇だったはずなのに、どうにも胸が痛みを訴えるのだ。


 どうしてだろう?


 今まで何回も何回も色んな人から言われ続けて来た事なのに。


「カラス娘」

「障害者」

「不具の娘」

「みすぼらしい」

「貧弱」


 それらは全部オトコノヒトたちから言われてきた事だ。

 きっと私のような女は欠陥だらけで、異性からは眉をひそめずにはいられない存在なのだろうと窺い知れる。

 同性は同性のよしみでなのか、同じ女としてあまりに取るに足らない存在であるからなのか、あまりあからさまに攻撃された事は無い。


 己をじっくり分析してみるが、これといった解決策は浮かばなかった。

 あえて言えば相手に妥協してももらうより他は無い、という結論に達した。

 妥協点。


『不吉なカラス一色の娘』

『足を引き摺って歩く障害者』


「……。」


 足はこれ以上、治り様が無いから一生このまま引き摺って歩くし、髪も瞳も色味を変えようが無い。

 駄目だ。妥協点が見つからない。

 だったら、導き出される答えはひとつだった。


 出て行こう。


 それがいい。

 行方をくらますのだ。


 明け方にはそのような結論に至っていた。

 何ていい考えだろうか!

 どうしてそれを思いつけなかったのだろうか。

 私らしくも無い。


 きっと、色々な事がありすぎて思考も麻痺していたに違いない。


 地主様はお客人と、私をどこか他所にやる相談をしていたのかもしれない。

 でも私をフルルと呼んだあの人の家の子になっても、きっと彼は納得しないだろう。

 何となく、あの様子を見ればそれは解った。

 だからといってあの調子では遅かれ早かれ、ここに身を置く事もなくなりそうだな、と思えた。


 地主様は魔女の使い道を、思いあぐねておられるのだと思う。


 魔女から森を取上げたら何も残らないというのに、あの方はそれを解っていないのだ。


 足らない税金は少しづつでも何とか納めよう。


 そのためにはどこか、魔女の力が(ふる)える場所を目指そう。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。・:*:・。・


 あてがわれた豪華な部屋の衣装棚の隅に、たたんで置いた私の服に着替えた。

 薄い灰色の布地は地味で目立たない。

 それでいて、今この部屋にあるせいか変に目だっている。

 まるで今の私みたいだ。


 それでもこれは私の服だ。


 そりゃあ、裾は少し繕ってあるが頑丈だ。汚れも目立ちにくい。何より軽くていい。

 着慣れているから身動きも取りやすい。

 魔女の作業にはもってこいの、昨年手縫いで仕立てたばかりの私の服。

 それなのに。

 地主様にそれは捨てろ、と言わしめた一品だ。

 冗談じゃない。

 これを捨てたら、あとは残してきた服を入れて二着しかなくなる。

 私にずっと下着のままでいろと言うのか。

 そう泣いて訴えたら唸るような声で、好きにしろというお言葉をもらった。

 地主様と違ってこれから先、たくさん衣服を用意できる訳が無いのに。

 どうしてそんな事もわからないのだろう?

 やはり、財力に恵まれた方は感覚も違うのだとつくづく思った。


 魔女の正装はこれくらい軽やかでちょうど良い。

 あんまり裾が長くても、飾りが多くてもよろしくない。

 私にはこれがとても良く似合う。

 ジルナ様も地主様も、解ってはおられないのだ。


 ここに来てから、いくらでも暇があったので、こさえた肩掛けの鞄が役に立つ時が来た。

 いつか薬草採取のお許しが出た時のためにと、一緒に用意していたショールを頭から被った。

 大きめに作っておいて良かった。

 日除けにもなるし、何よりこの黒髪を覆い隠してくれる。


 さあ、準備は万端だ。

 いつまでも泣いている自分なんかではありたくない。


 優しくしてくれたジルナ様やお姉さんたちには、申し訳ないと思ったから手紙を残す事にした。


『お世話になりました。

 ありがとうございました。

 生涯 忘れません。

 これ以上 ご迷惑をお掛けしないためにも出て行きます。』


 そう、ジルナ様とお姉さんたちを思いながら綴った。


「……。」


 最後に地主様へも一言添えるべきだろうと思ったので、こう付け足した。


『足りない税金は、働いて必ず納めます。 さようなら』


 うん、これでいい。

 自分の言葉で伝えたかったので、あえて古語で書いた。

 その分しっかり気持ちを伝えられた気がして、すごく満足できた。

 よかった、よかった。


 これ以上、煩わしい想いをさせないためにも、しないためにも、早く出て行こう。


 ふらふらとお勝手の裏口を目指し歩く。

 もう答えが出る前からここを目指していた気がする。

 あえて言葉による変換をせずとも、自ずと答えは出ていたというワケだ。


「おはようございます」


 早朝、野菜を届けに来てくれるおじさんとは幾度か言葉を交わし、すでに顔見知りだ。


「おお、おはよう! どうしたね、お嬢ちゃん?」

「あの、地主様のお使いで街に行きたいの。一緒に乗せて行ってくださいな」

「ああ、いいよ! なんだい、早くに? 買出しかい?」

「そうなの。でも内緒のお使いだから、これ以上は教えられないの」

 

 そう。内緒で出稼ぎに行く。嘘は言っていない……としよう。


「いいけれども帰りはどうするんだい? 誰か迎えに来てくれるのかい?」

「……ええ、大丈夫。心配いらないわ」


 にこっと笑って見せたら、おじさんは安心して信用してくれたようだった。


 そのまま荷馬車に乗り込んだ。

 がたごと揺られているうちに、街だ。

 街に来るのは久しぶりだ。


 お礼を言って馬車を降りる。

 せめてとなけなしの小銭を差し出したが「ついでだからいらないよ!」と受け取ってもらえなかった。

 何度も頭を下げて、馬車を見送った。

 おじさん、ありがとう。助かりました。


 街も賑いだしていて、お店がたくさん出ていた。

 人もたくさんたくさん、行き交っている。

 ぶつからないように注意しながら歩く。


 いい匂いのする焼き立てのパンをひとつ屋台で買って、半分だけ食べた。

 残りは包んでかばんにしまって歩き出す。


 胸がいっぱいだと、お腹もあんまり減らなくて経済的かもしれない。


 これからどうやって生きていこうかなぁ、とだけ考えながらあてどもなく歩いた。


 途中、にぎやかな歓声が後ろから迫ってくるなぁとは思ったが、それ以上追及はしなかった。


 ―――気が付いたら転んでいた。


 はやし立てる笑い声は幼く、真に悪意が込められているものではなかった。

 だから気にもならない。

 杖を突いて歩く女が物珍しいのだろう。

 街に出ればままあることだ。

 別段怒りもせず、泣きもしない私を気味悪く思ったのか「行こうぜ!」という声が上がった。

 身を起こすと目の前に杖を差し出されていた。

「ん!」

 見上げた先にあったのは、唇をひん曲げて思いっきり不機嫌顔だった。

 年の頃は十二、三歳といった所だろうか?

 いかにもやんちゃそうな、よく日に焼けた少年だった。

 赤味の強い茶髪に、輝きの強い琥珀の瞳が眩しい。


 いつかもどこかでこんな事があった気がするなぁ、とぼんやりしながら受け取った。


「ありがとう」

 礼を言うのも変な気がしたが、言わないのもどうかと思ったのでそう口にしていた。

 ますます少年の表情が険しいものになった。

「バカじゃないの! あんた!」


「こら――!! 悪ガキどもっ、何をご婦人に悪さしてる!!」


 商店街のおじさんが大声で怒鳴ってくれた。


 少年達は散り散りに一目散で駆けて行ってしまった。


『魔女っこをからかう歌。』


あああ~出て行っちゃったよ。


思い切りが良くていい感じです。


地主様とは大きく感覚が違う……というより、

色々と伝わっていないよ! レオナル!


魔女っこは、どこにいっても男の子の格好の餌食のようです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ