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128 シュディマライ・ヤ・エルマと一角の君

 

 水底の鏡。


 そう真名で呼ばれては、応えない訳にはいかない。


『……来てやったぞ。まったく、面倒な!』


 カツカツと軽快な足音を響かせて、一角の君はその場で一回りした。

 私たちを背に庇うように立つ。豊かで長い尾を左右に打ち振っているのが見える。

 一角の先をスレン様へと向けているのが分かった。


『あれあれぇ? 僕よりも格下の分際で歯向かうつもり?』


 一角の君は少々たじろいだようだったが、すぐに身構えた。

 間に入ったのはリディアンナ様だ。


『スイレイン・ボルドナ。貴方の相手はわたくしよ』

『嫌だ。どうせ……なんだ』

『え?』


『どうせ敵うわけがないんだ。だったら最後の最後まで悪あがきぐらいさせてくれ!』


 スレン様の背後もそれに応えるように大きく膨れ上がり、ざわめき出した。


『水底……一角の。見ての通りの状況だ。その足をお借りしたい』


 仮面のレオナル様は一角の君に頼んだ。

 私も同じように、彼の腕の中で一角の君を見つめる。

 視線が絡んでから外され、また戻される。

 小さく足踏みしながら、一角の君は大きく息を吐きだした。


『おのれ。忌々しい事、この上ないが、致し方ない!!』


 彼の君は大きく首を持ち上げ、一角で空を切った。


『乗れ!』

『恩に切る!』


 レオナル様に抱き上げられ、二人その身に跨った。


『突っ切るぞ、掴まれ!!』


 途中、何度か壁伝いに伸びてきた影が、レオナル様のマントを引っかいた。

 捕まるたびにレオナル様が剣で払う。

 マントだけでは済まず、彼の腕にもその鍵爪が食い込むのには生きた心地がしなかった。

 所々、服が破れ血が滲み出している。

 一角の君も同じだった。後足を取られては、蹴り離し、その度に血が飛び散る。


『ごめ、ごめん、なさい』


 恐ろしかった。

 何もできないでいる自分が情けなく、二人が心配な余り声が震えた。

 レオナル様の腕がよりいっそう強く食い込む。まるで、大丈夫だと言ってくれているように。


『気に病まずとも良い、エイメ! ええい、切りがない! シュディマライ・ヤ・エルマ。貴様の名を使え!』


 レオナル様は頷くと、何やら命じた。

 風に――。

 疾風まとう暗闇の名に基づいて。


 風が強く吹く。

 追い風だ。

 レオナル様のマントが大きく風をはらんだ。

 私のベールもひるがえる。


 一角の君は走り出した。

 先程よりももっと早く、早く。

 呼吸さえもおぼつかなくなるほどの風を感じながら、必死で掴まる。

 レオナル様も同じように一角の君のたてがみを掴んだ。

 その腕の中に私を抱き込むようにして。


 騒ぎを聞き付けて集まった騎士達を軽々と跳び越す。

 それよりも、影となって伸びてくる闇から逃れるために。


 捕まってはならない。


 二度と。


 自分たちだけのためではない。


 スレン様とリディアンナ様のためにも。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 そのまま神殿に張り巡らされた壁を一息に駆け上る。

 一角の君は高みで止まると、振り返った。


『エイメ』


 名を呼ばれ、そろそろと閉じた瞳を明ける。

 飛び込んできたのは、キーラやフィオナ、それとちびちゃん達だった。


 危ない!


 追ってきた、枯れ枝のように伸びる闇。

 立ち塞がった姿に、震える。


『引け! 我の乙女らに手出しはさせない!』


 素早く飛び出してきたのは、デュリナーダだった。

 低く身構え唸る。

 その獣に抱きついて「だいじょうぶよ」と優しく撫でるのは、ロゼリット様だ。


 闇をも恐れず小さな手を差し伸べると、影が引いた。

 小さな手に触れる手前で止まる。

 それを見届けると、ロゼリット様は皆に呼びかけた。


「だいじょうぶよ。ねえ、みんな。手をつないで!」


「うん! つなごう!」


「早く、早く! ここから先は行かせないんだから!」


「キーラお姉さんも、フィオナお姉さんも早く」


「よし! つなごうっ!」


「皆、つないだね?」


「ミリアンヌ、用意はいい?」


「うん!!」


「せーのっ!!」


 掛け声と共に巫女達はいっせいに唱え始めた。


『どうか お鎮まり 下さい。


 あなたは 朽ちかけてなどいない。


 かつて ここが 深き森であった あの日のように。


 全てのものが あなたの 側で憩う。


 目もくらむような 時を経ても それは同じ。』


 呪文というよりもそれはまるで歌うようだった。

 無垢で純粋な祈り。

 そんな歌声は闇の夜空に吸い込まれて行った。


 追いかけてきていた影も、襲いかかる気を無くしているように見える。

 向けられた想いに戸惑っているようにも思えた。


『みんな……!』


 色んな想いが溢れてきて、涙が止まらなかった。


「よし、うまくいった! 今のうちに逃げなさい、エイメ――!!」


 そう嬉しそうに声を張り上げたのはキーラだった。


「エイメ様!」

「巫女姫さま――――!!」


「頑張って!!」

「幸せにね!!」

「巫女姫さま、大好き―――!!」


 皆、口々に叫びながら手を振ってくれている。


『みんな!!』


 手を振り返すことはかなわない分、精一杯頷いて笑ってみせた。


 それを見届けた一瞬のち、一角の君は壁から飛び降りた。


 胸にあたたかなものがこみ上げる。それを抱きしめるように自分の胸に手を置いた。

 更に後ろから、レオナル様からも包み込むように抱きしめられた。


『このまま駆け抜けるぞ! しっかり掴まっていろ!』


 一角の君はいななくと、再び走り出した。


 森を目指して。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 月明かりを頼りに森の中を駆け抜け、たどり着いたのは懐かしい森の家だった。


『ここまでくれば大魔女の加護があるから、まあ大丈夫だろう。もう降りろ。エイメは別だが』


 そんな言葉を無視して、レオナル様はさっさと降りると、私を抱き上げた。


『助かった。恩に切る』

『ありがとうございます、一角の君』


『……フン。そう思うのならば蒸留酒の一番、上等なものを樽一つ分用意しろ。我の湖にまで三日以内に持ってこい』

『ひとりで飲むのか?』

『ぃやかましい。飲まずにやっていられるか! よいか。これから毎年、同じ時期、用意しろ。それこそ湖水が酒と入れ替わるまでな!!』


『分かった』


 レオナル様が請け負うと、一角の君はさっさと背を向ける。

 カツカツと歩きだしたが、ふいに立ち止まり、一瞥(いちべつ)くれた。


『エイメ。彼の者は、あちら側の者は処女(おとめ)でなければ手出し出来ない。……我も含めて』

『はい』

『さらばだ。幸せに』


 突然さよならを告げられる。


 闇の中、まっすぐに見つめられ、それから頭を下げられた。


『一角の君?』


『さらばだ』


 一角の君は森の中に走り去って行った。


 今度は振り向かずに。

『走り抜けろ!』


とにかく駆け抜けるしかない。


応援、ありがとうございます!


思ったよりも時間がかかってますが、もう少しのはず、です……。


※ ラスト、一角の君のところ直しました。

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