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120 次代の巫女王と獣の王者

 

 キィン――!


 ぶつかり合う剣の音は空気をも切り裂く。


 とてもじゃないけれど、見ていられない。

 そう思い幾度も顔をそむけかけた。耳も塞ぎたかった。

 その度に神官長様の言葉を思い出す。


 目をそらさんでいただきたい。騎士どもが戦いに臨むのはあなた様の為なのですから。


 その言葉には、懇願と叱責の両方が含まれているように感じた。

 そうだ。私はここに巫女王候補として、立っている。

 私自身が未だにまごついて、認められないでいるとしても。


 皆の目には巫女王候補として写っているはずだ。


 皆……。


 もちろん、あの方の目にも。


 唇をかみしめ、面を上げる。

 舞い上がる砂埃の向こうに見える、彼らに視線を注ぐ。真っ直ぐに、そらさずに。

 私に出来る事といったら、それだけだと言うのなら、そうしよう。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 シオン様の呼び声に現れたのは、デュリナーダだった。

 どうしたのだろう?

 ものすごく嫌な予感がして、思わず立ち上がってしまった。


 まさか、まさか、シオン様とデュリナーダとでレオナル様を?


「手を組みました」


 風にのって運ばれてきたシオン様の答えに、今度は足から力が抜ける。

 ガタン! と大きく音を立てて、再び椅子へと座り込んでしまった。


「あれあれぇ? 何が何でも勝ちたい奴らはやる事が違うねー。手段を選ばない」


 椅子の背もたれ越しに、両肩に手を置かれた。スレン様だ。

 語尾が楽しそうに弾んで聞こえた。最低だ、と思ったが何も言い返すことが出来なかった。

 ただ、バクバクと煩い自分の胸の音を聞きながら、呼吸を整えるだけだった。


「そのようだの。是が非でも勝ちたいという強い気持ちが、本物であればこそだろう」

「まあ。何であれ、お手並み拝見と行きましょうか。ねえ?」


 私は何も答えることが出来なかった。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 レオナル様は強い。


 双方からの攻撃を巧みにかわしては攻撃する。

 だが時間が経つにつれ、不利な運びになって行く。それを目の当たりにするのは辛い。

 シオン様もデュリナーダも、同時に攻撃を仕掛けて行くせいだ。

 そんなのは卑怯だ、とはならないらしい。

 シオン様は優れた術者で、デュリナーダはその術者に従う獣となるらしい。


 鋭い爪と牙で襲いかかるデュリナーダを、レオナル様は拳や足でいなす。


 そのうち誰もが異変に気がついていた。


 何より、デュリナーダ自身も。


『何故切りかかってこない!』


 剣が持てない相手だから?


 ――違う。


 私が可愛がっていたからだ。獣のデュリナーダに慰められていたと知っているからだ。

 うぬぼれかもしれない。でも、レオナル様なら充分にありえる理由だった。


 どうにか傷つけずに、デュリナーダを遠ざけようとしている。


 確かにあの可愛らしい獣が血に濡れるのは見たくない。

 だからといって、レオナル様が怪我をするのだって見たくない!


「!?」


 そう思ったその時だった。

 獣の爪がレオナル様の肩をえぐった。

 一瞬血が飛び散ったのが見えて、私はとうとう口を両手で覆ってしまった。


 このまま行くとどうなるのだろう?


 そんな恐怖ごと飲み込む。

 見守るしか出来ない。

 このままここで、ただ目を見開いていることしか出来ない。

 彼がもし負けてしまったら? 絶対勝つと言い切った彼が。


 なんてことはない。シオン様に巫女王候補付きである騎士の称号を与えるだけだ。

 レオナル様も見守る前で。


 嫌だ。


 そんなのは嫌だ!


 痛烈に体を駆け抜けた感情に、自分自身でも驚くほど縛られて動けない。

 叫び出さないように口を押え付ける。

 溢れる涙に視界がぼやけた。


 嫌だ! 嫌だ! レオナル様が負ける何て絶対に嫌――!


 その時初めて、デュリナーダとシオン様が憎いと思った。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 このままでは、レオナル様が……。

 認めたくない可能性に震え上がったその時、だった。

 強く風が吹きすさび、舞い上がった砂塵に思わず目を閉じた。一瞬。

 目をあけた次の瞬間に飛び込んできた光景に息をのむ。


「!?」


 素早く立ちはだかったのは、頭に一角をいただく獣だった。

 デュリナーダに体当たりを食らわせ、撃退してしまった。


 一角の君がかばった? レオナル様を? いったい、どうしたというのだろう?


 目の前で起こった信じられない一角の君の行動に、安堵しつつも訝しむ。


 一角の君はデュリナーダを叱責してから、レオナル様に向き合った。

 何事かを話しているようだったが、ごくごくひそめた調子のようで上手く聞き取れない。


「あれあれ~? また変わったのが出てきたね」

「まあ! 噂に名高い森の奥の幻獣ね。確かエイメを訪ねてきたとか」

「……え? ええ、まあ。はい」


 一角の君は『加勢してやる。ありがたく思え!』そう叫ぶと、デュリナーダへと向き合った。

 レオナル様は無言で頷くと、一角の君と背中合わせに立った。シオン様と向き合う。

 それからは早かった。


 シオン様が体勢を整えるよりも早く、デュリナーダが一角の君の体当たりに突き飛ばされたのと同時に、レオナル様の剣がシオン様の剣をなぎ払っていた!


 キィィィ――ン……!


 剣の重みも負った傷の痛みも感じさせない、鮮やかな一撃に誰もが言葉もなくただた立ち尽くして見守った。


 ドサリと乾いた音がした。シオン様だった。膝をついたのだ。

 右手首を左手で押さえている。


 その姿に一瞥(いちべつ)くれただけで、レオナル様は背を向けた。

 こちらに向かって、まっすぐに進む。


「……勝負あった! 勝者、ザカリア・レオナル・ロウニア!」


 彼の放つ何かに圧されていた空気を、神官長様が振り払ってくれた。

 そこでやっと周りも動き出す。

 割れんばかりの拍手と歓声の中、次に響き渡ったのは一角の君のいななきだった。


 ヒヒィィィィ―――ンン!!


 それを新たな戦いの合図とばかりに、一角の君はレオナル様へと狙いを定めた。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 一角の君の足は素早いだけではない。

 充分に体重を乗せて、たくましい体躯ごとぶつかって行く。

 しかも、その力を集結させるのは鋭い一角の切っ先なのだ。


 ガキッ! ガキッ! と、一角と剣のぶつかり合う音が幾度も響いた。


 その度に私自身が削られて行くかのように感じる。


 フーフーと鼻息も荒く興奮した一角の君が、容赦なくレオナル様を追い詰める。


 ガキリと歪んだ音がして、背筋に寒気が走った。

 一角が剣を押しやり、その隙間からレオナル様の腕をかすめたのだ。


『どうした! この程度か!』


 高笑いと共にいなないて、一角の君は後ろに下がって距離を取り、再び勢い付けて突っ込んでゆく。


 ガキィ!!


 レオナル様も渾身の力で受け止めているようだが、彼の足が後退し始めているのが見えた。


「さすがのレオナルも苦しいか。しょせん、獣と人とじゃあ体力に差がありすぎる」

「ふむ。そうなるとあの一角獣が一等騎士となるのか? いや、しかし参加資格は無しと説き伏せておいたのだがなあ」

「そんなもの。人の作った決まりなんかに従う訳がないでしょ」

「そう言われてもな」


 スレン様と神官長様のやり取りに、私の中の何かが弾ける。

 私は傍らの杖を引き寄せると固く握り締め、立ち上がった。


「どうかしましたか、エイメ?」


 気遣うような巫女王様のお声にも答えずに、私は一歩踏み出した。

 そのまま囲いへと進み、その小さな扉を開けて、戦いの場である闘技場へと一歩踏み込む。

 彼の君の一角がレオナル様の剣を弾き飛ばしたのを見据えながら、叫んだ。


水底の鏡(シャンティ・スラハ)! 止まりなさい!』


 ありったけの力を込めてその名を呼ぶ。


 一角の君の動きが止まった。

 レオナル様の胸元に一角の先を突き立てるような格好のまま、固まっている。

 危なかった。今すこし遅かったらレオナル様は、その一角に一突きされていたかもしれない。

 そんな恐怖に負けている場合ではない。私は、間に合ったのだから!

 大きく、息を吸い込み、同じように繰り返した。


水底の鏡(シャンティ・スラハ)! 貴方を私の(しもべ)とし、命じます! その方を傷つけてはなりません!!』


『グゥ……! 何故だ、エイメ? 我を縛ってまでも邪魔をするのか!?』


『もう勝負はついています。貴方には参加資格が無いのです。戦いは無意味です。下がりなさい!』


 剣も盾も持たない私は、貴方に駆け寄ることなど出来はしない。


 ならばあの一角持つ獣は、私のしもべとするまでだ。


 真名をもって縛る。

 これがいかに裏切り行為で、彼の君との絆を断ち切ることになるか承知の上で。


『下がりなさい!水底の鏡(シャンティ・スラハ)に命じます――次代の巫女王として』


『……おのれ』


 忌々しそうに唸りながらも、一角の君は前足を折り、その場に大人しく伏した。


 風が吹き抜けて行った。

 私の緊張もいくらか落ち着き、忘れていた呼吸をせわしく繰り返す。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 いつのまにか静まり返っていた会場に、まばらながらも拍手が巻き起こり、やがて大きな喝采となった。


「素晴らしい戦いでしたよ! ――三名とも。さあ、任命の儀式へと移りましょう」


 巫女王様が高らかに宣言されると、レオナル様は胸元に手を当てて一礼してから、ゆっくりと立ち上がった。


 まっすぐ、こちらに向かって来る。

 その眼差しから逃げることなく、そらさずに見つめ返した。


 ――逃れられない。


 そう思ったから見つめ続けた。


 歩み寄ってくる彼こそが、獣の王者のように思えた。


『威厳を見せつける。』


魔女っこから見た決戦でした。


一角の君の加勢は反則なのでは?


どうやら運も実力のうちという事で、構わないようです。


レオナルには一角の君も含めて、見えない応援があるのです~。


それはまた次回に!

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