表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
119/130

119 決勝戦に臨む者たち

「お、お見事でした」


 エイメ様からの労いの言葉は動揺のせいか震えていた。そこには賞賛も憧憬も含まれていない。

 伝わってくるのは恐怖だった。

 無理もない。戦いというものの認識から程遠いお方だ。

 それを嫌でも引きずり下ろすようなマネをしでかすのが、この剣術大会だ。


 俺たちの戦いぶりを見て、彼女は男という生き物が、いかに力任せかと思い知る事だろう。


 だがそんな力を使うのは、あなた様の為だけなのだという事にも気がつくだろうか。

 そうであってくれと祈る。


 基本、俺は女の前ではいかな形であれ、緊急でなければ暴力は振るわないと決めている。

 女という身では成し得ないことを、やすやすとやってしまう男という肉体に、女は恐怖するからだ。

 彼女らがどんなに頭では理解してくれようとしていても、本能で察知してしまう歴然とした力の差に、怯えさせてしまうと分かっているからだ。


 彼女らは着飾ったり、笑い合ったり、子供や草花を世話することに夢中であってくれたらそれでいい。

 当たり前のように、穏やかに、争い事から一番に、遠いところに居て欲しい。

 それこそが彼女らを安心させ、我らが帰る憩いの場となるはずだから。


 そうだ。心からくつろぐ彼女のもとで憩うのは、俺だけで良い。


「必ずや勝ち進んでみせます」


 俺の決意を込めた宣言に、少女はどうにか頷いて見せてくれた。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 熱気をはらんだ風を受け止める。

 それでいて、火照ったこの頬を冷やす風。

 いつだって風に導かれている気がするようになったのは、いつからだっただろうか。


 早朝から始まった大会も、決勝戦を迎えている。日もずい分と高く上りきった。


 奇妙に静まり返った会場の四方から、観客の期待と不安の入り交じった視線を受け止める。


「これより決勝戦を始める! 両者、礼を!」


 先ずは巫女王様と候補の少女に。次いで観客に。最後に――向かい合う敵に。


「始め!!」


 じいさんの合図と共に剣を構える。対戦相手も同じく。

 見覚えある構えとは違う。そこまでは予想通りだった。

 いつも俺に見せていた太刀筋では、手の内を明かしたも同然だからだ。

 剣を両手で持ち、天に向けた構え。

 表情は剣の向こうにある。そんな奴の口角が上がったように見えた。


「術者シオン・シャグランスが命じる。来れ、我が獣!」


 風が巻き起こり、砂塵が舞い上がった。ほんの一つ瞬きを許してしまう。

 そして次の瞬間には見知った白い獣――デュリナーダが、シオンの傍らに控えていた。


「シオン」

「手を組みました」


 簡潔な答えが返ってきた。なるほど、分かりやすい。


「貴方は強い。優れた剣の使い手だ。だが、俺とて術者の端くれであると言うことを強調してみるまでです」

『我は参加資格が無かった。納得がいかなかった。だから、しぶしぶコヤツの提案に乗ってみた!』


 デュリナーダが前足を蹴るせいで、辺りに砂埃が舞い上がる。

 闘志もあってだろうが、そこには苛立ちもあってのようだと察する。

 表向きは、シオンが聖句で縛った獣を使役しているように映るだろう。

 だが実際は、獣は二度とシオンの聖句には屈服しないはずだ。

 もっと魅力的なものに支配され、救われたからだ。

 それでいて、わざわざシオンの提案に乗ったという事は、よほど俺の事が許せないのだろう。

 シオンもだ。もう使役する事の出来ない獣に話しを持ちかけるとは!

 自尊心の高い奴にしては、相当思い切ったものだと感心すらしてしまう。


 それほどまでに、勝ち進みたいという事なのだろう。

 例えどんなに卑劣な手を使っても、手にしたいと望むもの。


 無言で構える。ただ見据えるのは二名の、闘志の露な瞳のみだ。


 俺は負ける訳にはいかない。恐れはない。あるのは決意のみ。


 俺は勝つ。


 ――背にエイメ様の眼差しを感じた。


 風が強く吹き抜ける。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 飛びかかってきたデュリナーダに体当たりを食らわせる。剣の柄を使って、腹に一撃も加えた。

 間を置かず背後から振りおろされたシオンの刃を、すんでの所で受け止める。

 身をよじり、すかさず飛びかかってきた獣を足で払い、シオンの剣も力で押し返す。

 大きく飛び、双方から距離を取った。

 シオンと獣は同時に飛びかかり、俺のスキをつこうと躍起になっているようだ。

 出方をうかがう。

 肩で大きく息をしながら、シオンを見た。明らかに奴の呼吸の方がまだ、安定している。

 大きく息を吸い込んでから吐いた。


「……何故、貴方はこの後に及んで獣に剣を向けようとしないのです?」

『そうだ! 何故だ! 見くびるか、人間』

「……。」


 シオンと獣は疑問を叫んだが、俺は黙ったままでいた。答える気はない。

 ただ間合いを測ることのみに集中する。


「まさか、剣を持たない相手だからとでも?」


「……。」


 それもあるが違う。双方の怒気が高まったのを感じながら、無言を貫く。


『デュリナーダは剣が持てなくとも、爪も牙もある! 思い知れ!』


 大きな身体に勢いを付けて、デュリナーダが跳んだ。それと同時にシオンも動いた。

 素早く小刀を抜き、シオンの方めがけて放った。シオンは難なく払い落としたが、態勢は崩れた。

 そこまでは狙い通りだったが、思った以上に獣は身軽であったようだ。

 巨体の影が落ちたと思った時には、遅れを取ったと悟る。

 かわしきれず、左の肩口に獣の爪が食い込んだ。

 ザシュリ、と衣服と肉が同時に裂ける耳障りな音がする。

 鮮血が飛び散った。


 思わず顔をしかめたが、その機会を逃さず、獣の腹に足で蹴りを入れてやる。


 グゥ! と短く息を押し出して、獣は横に飛んだ。だがすぐさま、起き上がると低く構える。


『何故、切りかかって来ない! オマエ!』


 デュリナーダが吠えた。


「貴方の騎士道精神には恐れ入りますよ!」


 シオンが俺をなじりながら、剣を構えた。


 自分の流す血の匂いを感じながら、再び双方に集中する。

 シオンもデュリナーダも俺のスキをつこうと、同時に攻撃を仕掛けてくる姿勢は変わらない。

 ならば同じようにスキをつくまでだ。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 何度目かの攻防の後、疲労の色が濃くなってきたのは隠しようがない。

 それでも構え続けた。俺の気力は衰えを見せない。集中力も。

 シオンとデュリナーダも、ゆっくりとだが確実に呼吸が乱れているのが窺える。

 持久戦に持ち込む気なのは、俺とて変わらない。


『いい加減に、剣を抜け!』


 咆哮と共に動いたデュリナーダへと、意識を向ける。

 その跳躍力は素晴らしく、間合いなど無いにも等しい。その体力もだ。

 いよいよ、この獣をいなすためには剣が必要か。

 脳裏を掠めるのは、この獣を愛でていた少女の微笑みだった。

 彼女はこの獣を可愛がっていた。

 寂しさを紛らわしてくれる、心の拠としていたに違いない。

 そんな獣の毛並みが血に濡れて、悲しまない訳がないだろう。

 だからこそ、最後の最後まで剣は向けるまいとしてきた。

 しかしもう、不本意ながらあまり余裕が無い。


 ――許せ。


 不承不承構えたのだが、その瞬間に影が飛び込んできた!


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 目の前にいたはずの白い獣の姿は真横に吹っ飛び、代わりにあったのはしなやかな四足と、左右に揺れ動くこれまた白い毛並みの尾だった。


『アホウ。この男の心意気を知れ、浅はかな下等が!』


『心意気だと? そして貴様は何だ!』


『下等に名乗ってやるいわれなど無いわ』


 ブルルルルルルル―――!


 獣は長く鼻を鳴らすと、蹄をうち鳴らすように振り返った。

 美しく優美な獣は一見、馬のようだが、その額には捻じれた角が生えていた。


 凶暴と名高い幻獣の乱入に、誰もが息を呑む。


 突然現れた獣は、その一角を俺に向け、下から睨みつけるように見据えてきた。


『苦戦しておるようだの』


 一角の獣が呟く。馬鹿にするでも無く、ただポツリと俺に話しかけてきた。


『ああ。だが、大したことではない。俺は勝つ』


 不利を素直に認めた。視界を遮る汗と、血を拭いながら。

 獣は顎をしゃくるようにすると、荒々しく息を吐いた。

 見下すように、見定めるように、じっと眼差しを寄こす。


『何を根拠に、そのような戯言をほざく?』

『約束したからだ』

『約束?』

『そうだ』

『誰と、何を?』

『エイメ様に。必ず勝つと約束した』


 一角持つ獣は探るように俺を見つめ、それから盛大にため息を吐いた。


『おおぅ。厄介だの。我がいじれぬ術の領域に巻かれおってからに。我のエイメを悲しませおって』

『何だと?』


 意味の解らない呟きと聞捨てならない言葉に聞き返したが、あっさりと無視された。


『地主』

『何故その呼び名を知っている?』

『そんな事、今はどうでもよかろう。貴様はエイメの何ぞ?』

『……お仕えする騎士だ』

『フン。その答えに疑問を持っているな。良かろう。まだ救いがある。エイメのためだ。まずは、邪魔者を排除するぞ! 我らの戦いはそれからだ!』


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・


 キィン――――!!


 剣を思い切り振り払った音が響き渡る。

 その余韻が止むまでの時間をいやに長く感じた。


 シオンの手に剣はない。

 俺が飛ばした剣を、一角の獣の蹄が踏みつけた。


 シオンはその場に両膝を付き、苦しそうに呻いた。

 一角にのされたデュリナーダも同じく。


「勝負あった! 勝者、ザカリア・レオナル・ロウニア!!」


 神官長の、興奮からかやや上ずった宣言がなされると、静まり返っていた会場が一気にわいた。

 拍手と歓声の入り交じる中、突如、一角の獣はその場を蹴り上げると後ろ足で立ち上がった。


 ヒヒィィィィィ――――――ンン!!


 人々の上げる熱狂の声を打ち負かすような、いななきが響き渡る。


『さて、邪魔者は片付けた。それでは……真の一騎打ちと参ろうか、地主。覚悟はいいか?』


 一角の獣は言い捨てると、こちらに向き合った。


『さて決勝戦です。』


レオナルって古風も古風な男だなあ。


一角の君も。


価値観は似ているかもしれない二名。


シオンもデュリもあっさり片付けられてしまいました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ