118 巫女王候補と挑戦者たち
キィン――!
ぶつかり合う剣の音たびごとに、身体がすくむ。
砂埃が舞い上がり、二人の剣士の動きが止まった。双方、にらみ合ったまま出方を窺っている。
並々ならぬ緊張感はこちらにまで伝わってくる。
風が吹きつけてくる。その瞬間、飛び出したのはシオン様だった。
ガキリと聞いたこともないような、不穏な音がした。目を見張る。
シオン様が打ち込んだのだ。相手はそれを手首で受け止めていた。
幸い、その手首は甲冑で覆われていたが、剣士の表情は苦しそうだ。
そこに追い打ちをかけるように、シオン様の剣が圧してゆく。
怖い。このままでは、剣が腕を――! 思わず俯いてしまう。
目の前で繰り広げられる戦いを、とてもじゃないが直視する事が出来ない。
自分の足元を見つめてから、固く瞳を閉じた。その時、肩をそっと揺すられた。
顔を上げると神官長様が、私をのぞき込むようにしている。その表情はどこか寂しそうだ。
「神官長さま……?」
どうされたのだろうと、心配になって尋ねると、目を細められた。
「目を離さんでやってくれ。そらさずに」
「え?」
「それだけで男は底力を発揮できるもの。ここにおる者達は皆、あなた様方のために命をかけて戦っている。その覚悟を汲んでやってはくださらんか?」
その口調は懇願と、私を叱咤するような響きを持っていた。
命をかけて。
その言葉に息を呑む。ますます怖じ気付く心を叱咤して、どうにか顔を上げた。
シオン様は圧し続けている。相手の剣士が腕を振り払った。どうにか。
その次の瞬間には、シオン様の剣は相手の胴体へと叩き込まれてしまった!
これまた重く鈍い音がして、相手の剣士が膝を付いていた。
「勝負あった!」
思わず上げそうになった悲鳴を、どうにか自身の手で封じた。
その代わりに大きな歓声が四方から上がった。大きな、たくさんの拍手と共に。
そこには落胆の声も混じっている。それをも飲み込んで、歓声は上がる。
シオン様が崩れ落ちた剣士に、手を貸して立たせ、二人揃って前に歩み出た。
二人とも、礼を取る。
「勝者、シオン・シャグランス!」
神官長様が高らかに宣言した。その途端、再び歓声が熱気と共に上がった。
「お見事でした。残念ながら敗者となった貴方も、素晴らしかったわ」
巫女王様が労うと、二人とも深く頭を下げて言葉を受ける。
「エイメ様。さ、二人の騎士にお言葉を」
「あ……。」
ほうけていた私を神官長様が、そっと促す。
「お二人ともお見事でした。それで、その、あの、お、お怪我は大丈夫ですか?」
思わず口をついて出た言葉に、名も知らない騎士様が驚いたように顔を上げる。
「は。これしき何ともありません。エイメ様自ら、お声を掛けていただけるとは……! このシグナ、これからも精進して行きます!」
「シグナ様、あの、早く手当をしないといけません」
「もったいないお言葉、感激でございます!」
このシグナ様からは、熱のこもった眼差しを向けられた。
そして、シオン様からは何故か睨まれてしまったような……気がする。
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こんな事をあと何回、繰り返さねばならないのだろう?
既に四試合ほど見届け、私はぐったりしてきていた。ただ座っているだけなのに、胸が苦しい。
激しく動き回ったあとみたいだった。
今ほどの試合は呆気なく勝負がついてくれて、正直助かった。
胸をなで下ろす。
「今の騎士もやるわねえ。名前は?」
「あれはウェルナー。サーベント家の三男だ」
「へえ、どうりで。太刀筋が呪術めいていたね。さり気なく術を用いてめくらましとしたか。楽勝だったね」
巫女王様と神官長様、スレン様がそれぞれ評するのを聞きながら、どうにか呼吸を整えていた。
「疲れた?」
「はい。少し」
「君、何か飲み物を! まあ、もう少ししたら、いったん休憩だから頑張って?」
「はい……。」
フィオナの差し出してくれた杯を受取りながら、曖昧に頷いた。
ゆっくりと口をつけて、そのまま一気に飲み干してしまった。
喉がカラカラだったとようやく気がつく。
「次は騎士団長殿と、ウェルナーの対決だ」
胸が痛いくらい跳ねた。
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「始め!!」
神官長様の開始の合図と共に、レオナル様が飛び込んだ。
――キィィ……ィン!
響き渡ったのは覚えのある金属音。それと微かな余韻。
会場は静けさに包まれている。
何が起こったのかを、皆が理解できるまでの間、ただ風が吹き抜けていった。
中央では膝を付いた剣士に、剣の切っ先を突きつけるレオナル様の姿がある。
剣士は手首を押さえていた。そして、ずい分と離れた場所に、彼の剣と思しきものが落ちていた。
「し、勝負あった! 勝者! ザカリア・レオナル・ロウニア!!」
その宣言を聞き届けると、レオナル様はやっと剣をしまった。
敗者に背を向けると、こちらに向かって歩き出す。
歓声というよりも、どよめきが起こっている。彼のあまりの強さに動揺しての事だろう。
私だって言葉もない。
「さすがはレオナル。騎士団長の肩書きは伊達じゃないみたいだね」
スレン様がポツリと呟いた。
『勝ったのに何だ、この敗北感?』
そんなシオン君のぼやきが聞こえてきそうです。
レオナル、強ぇええ。
力業で押し進みます。