116 巫女王候補と侵入者
もうしないはずの剣のぶつかり合う音。
それと自分の鼓動を重ねた。
きぃンという音に心乱される。きっと子供たちとは違った意味で。
切なくて、愛しいと叫ぶ声にも似た響き。
言葉ではなくとも伝わってくる想いは、純粋なだけではない。
――あなたが欲しい。
そう声無き声に切り刻まれているかの心地を味わった。身に刻まれるようだ。
彼は言った。
「必ず勝ちます」
強い光を宿した瞳に、しっかりと見据えられて言葉が出てこなかった。
私の中に眠らせたはずのカルヴィナが、恐れおののいていた。
あの時の――。
お祭りの日のシュディマライ・ヤ・エルマを思い起こさせた。
身震いし、両腕で自分自身を抱きしめる。
自分に湧き上がってくる想いを封じ込めて、あふれ出てしまいませんようにと願う。
私の瞼の裏に居座る瞳を抱えて、闇にくるまれて眠りに誘われて行った。
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ピィチチチチ――――!
微かに遠く。それでもしっかりとさえずる小鳥の鳴き声を聞いた。
「……ん」
まぶたの裏にわずかな光を感じた。そろりとまぶたを持ち上げる。
だがまだ辺りは薄暗かった。ずいぶんと早く目が覚めてしまったようだ。
傍らにあったはずの小さなぬくもりは、どういったワケか頭が逆さまになっていた。
上掛けも大きくはだけている。肌寒いのだろう、ミリアンヌが身を縮こめて丸まっていた。
そっと上掛けでくるんでやる。あどけない寝顔の眉間に寄っていたシワがゆるむ。
起してしまわぬように注意しながら、部屋を後にした。
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顔を備え付けの水場で洗い、申し訳程度に髪を撫で付けた。
キーラとフィオナの言い付けを守って、ちゃんと薬草水をつけるもの忘れない。
それから――。迷ったが着替えずにショールだけを羽織った。
杖を手に取る。
シュリトゥーゼル達の呼び声に誘われるままに庭に出て、そぞろ歩く。
しんと静まり返った空気は、吸い込むと心地よく気分がすっとした。
徐々に陽の光が増して行っているのを感じながら、ぼんやりと進んだ。
辺りには薄い靄が立ち込めている。
その中に差し込む光の束が美しい。
それを受けて光る雫が、草木をより一層輝かせて見えた。
ピィリリリリリ!
朝もやの立ち込める中、シュリトゥーゼル達が鳴き交わしながら、すぐそばまで飛んできた。
ついと指先を差し伸べれば、生きた細工もののような小鳥が羽根を休めた。次々とほかの子達も舞い降りてくる。
ピィチチチ! ピロロロロ――ォ! チュゥイ、チュゥイ、チュイィ!!
「ふふ。ええ、ひさしぶり。ごめんね、元気だった? みんな」
威勢良くさえずる鳴き声に答える。会えた嬉しさ半分に、居なくなった事に対する文句が入り交じったものだった。
「ごめん、ね?」
しょうがないなあ、とでも言いたげに、小鳥たちに髪をついばまれた。
肩に乗っている子からは頬を、指先に乗っている子からは小指を。
ちっとも痛くないはずなのに、私の胸の中がちくんと痛む。
思えば本当に誰にも何も言わずに立ち去った。今さらどうしようもない、自分で選んだ事だ。
それでも、その事を思うとひどく苦しかった。
「ごめんなさい」
そっと掠れる声で呟く。謝罪の言葉はあまりに小さく、またたく間にかき消えた。
目蓋を伏せる。
もう二度と勝手に出ていったりしたら嫌よ! 絶対だからね、カルヴィナ?
……ええ。ごめんなさい、ジルナ様。リディアンナ様。
勝手に出歩くなと言っただろう?
……ごめんなさい、地主様。
彼の責めるような、それでいて、すがるような瞳に私はどう応えるべきだったのだろう。
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誰もくれない答えを探して歩く。もちろん答えなんてないと知っている。
何て愚かなんだろう。それでも思考の中をさ迷わずにはいられなかった。
だんだんと朝もやも晴れて行く。それに伴って視界もはっきりしてきた。
そんな中、先ゆく一羽に髪を一すじ、ついと引かれた。
「なあに? どうかした?」
ツイ、ツイと引っ張られ、その先に視線を向ける。
遠目にも人影と、人ではないが見覚えのある影が見えた。
その光景に目を疑いながらも、出来る限り急ぐ。
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「シオン様! 一角の君!」
にらみ合い、膠着状態の二名に叫び声を上げていた。
「エイメ様」
『おお、エイメ! 久しいな!』
シオン様は剣を構えたまま、ほんの一瞬だけ私を見た。とてもモノ言いたげな眼差しだ。
邪魔だと言いたいのだろう。わかっている。
だがそれどころではない。一角の君は凶暴なのだ。
「シオン様、どうか剣を納め下さいませ! 彼の君に乱暴はおよしください!」
頭を低くし、角をまっすぐにシオン様へと狙い定める一角の君の首筋に飛びついた。
しっかりと抱き込み、飛び出さないようにと抱えた。
その様子に驚いたシオン様が剣を下ろした。
「エイメ様! 危険です」
「危険なのはシオン様の方です!」
負けじと言い返す。私の必死さが伝わったのか、少しだけ緊張が緩んだ。
「一角の君は敵意を向けるものには容赦をしません!」
「しかし、そいつは神殿の結界を突破してきたのです」
「それは申し訳ありませんでした。一角の君は私に会いに来てくれたのでしょう。そうよね?」
なるべく落ち着いた声で囁きながら、その首筋を撫でてやると、彼の君は目を細めた。
足元の土を蹴り上げていた前脚も、その場で足踏みするまでに収まっている。
甘えるように胸元に押し当てられた体を抱きしめる。
その額に唇を押し当てると、大きく一息吐く。エイメ、エイメと繰り返し呟かれた。
そうやって、ひとしきり甘えたあと、一角の君はやっと口を開いた。
『そうだ。エイメのために馳せ参じたぞ!!』
『一角の君、どうしてここへ!?』
『ふむ。おしゃべり共に聞いたのだ。何でも来度の大会とやらで勝ち抜けば、エイメを花嫁に出来るそうではないか!』
チュィイ! と一羽が甲高く鳴いて、一角の君へと降り立った。
『ええ!? そ、そうなのですか? 聞いておりません』
『何だ、違うのか? まあ、ともかく参ったわけだ。したら、コヤツが勝負を挑んできたのだ。身の程知らずめ』
まだ警戒を解かない一角の君をなだめる。
シオン様は諦めたように剣を下ろしてくれた。
そんな彼に申し訳なく思って視線を向けたのだが、ばっと勢い良くそらされてしまった。
口元に手を当てて、何か呟いているようだったが聞き取れない。
今度はなんだろうかと頭をひねったが、解らない。
もしや、聖句とやらを?
そう思った矢先、一角の君が大きくしっぽを打ち振って叫んだ。
『貴様、エイメをそのような目で見るでないわ――!!』
一角の君のただならぬ様子に、シオン様が再び剣を構えてしまった。
どうしよう! そう慌てふためく私の耳に、遠くから呼ぶ声が聞こえてきた。
三名顔を見合わせてから、振り返った。
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「エーイーメー!! さまっ!! またあなたはそんな格好で黙って居なくなってっ!!」
そう言うキーラも寝巻きに上着を羽織っただけだった。
やっと自分の格好を自覚した。だがもう遅い。
「ご、ごめんなさい」
安堵と疲れのためか、がくりとその場に崩れ落ちたキーラに駆け寄る。
一角の君が背を貸してくれた。
のぞき込むと、キーラは大きく息を吐いてから呟いた。
「それと……。そちらの御方は、また、新しいオトモダチですか?」
『一角の君、再登場』
ぶふ~。
一部の皆様、お待たせいたしました(?)
彼も本気です。
どうなりますやら、の大会風景は次回あたりに。