115 巫女王候補と騎士団長
……ぅわぁぁ―――ん!
部屋まで送ってもらうと、子供たちの泣き声が聞こえてきた。
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慌てて扉を開けると、主にミリアンヌが大変な事になっていた。
「みこ、ひめしゃま――――ぅああああああああんん!! みこひめさま、どこ――!!」
大声で泣き叫び、同じく世話係のキーラに抱っこされながらも、身体を大きくのけぞらせている。
「ここだよ、ここにいるよ! ミリアンヌ!」
レオナル様の腕をすり抜けるようにして、部屋へと戻った事を知らせた。
「あ! 巫女ひめさまとキルディが戻ってきたっ」
「本当だ。ほら、ミリアンヌ、巫女ひめさま、いたよ」
「巫女ひめさま、巫女ひめさま、廊下暗かったでしょ? 大丈夫?」
「ああ、ありがとう。サミラ、ターニャ、ネア。暗かったけどランプがあるから大丈夫だったよ」
女の子たちが口々にミリアンヌを慰めながら気を引き、私へと群がってきた。屈んで順番に抱きしめる。
急に私が戻った事に驚いたのと同時に、安心したのだろう。ミリアンヌがピタリと泣き止んだ。
こちらに向かって小さな両手を精一杯差し出してくる。
「ああ、もう~。エイメ様じゃないと嫌だって」
キーラが苦笑しながらミリアンヌを下ろした。
私の足では抱きかかえて上げる事はかなわないので、腰下ろす。
そうして、勢い良く体当たりしてきた体を受け止めた。
「どこ行ってたの――! みりあのことおいて、どこ、行ってたの――!!」
「うん、ごめんね。騎士さまの所だよ。ミリアンヌが怖いって言ってた音がしなくなるようにお願いに行ってたの」
「みりあのこと、おいて行った! キルディは一緒に行ったのに」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を真っ赤にして、ミリアンヌは訴えてくる。
顔を拭いてやりながら、幼い訴えに耳を傾ける。なるほど。彼女のお気に召さない点はそこなのか。
「キルディばっかりずるい――!!」
「なによ。ミリアンヌは暗いの怖いから行けないって言ったくせに!」
珍しくキルディが言い返した。理不尽な言いがかりに腹が立ったのだろう。
レメアーノ様の手を放すと、私に駆け寄ってきて負けじと抱きつく。
「そうだよ。ミリアンヌ、いい子でお留守番していられるって言ったじゃない?」
「そうだよ~。いい子で待っているって言ったよ」
「ね~?」
「みりあ、いい子だも」
「そうだよ。キルディにちゃんとありがとうしないとねー」
「ね~?」
そんなキルディに皆も気を使ったようだ。そして。なおかつ、ミリアンヌのご機嫌取りも忘れない。
女の子というのはむつかしくも、すごい生き物だと感心する。
女の子たちが興奮する中、キーラが両手を打ち鳴らした。注目を集める。
「こらぁ。いい加減にして、もう寝るよ……っと!?」
キーラが、大きなため息をつく。
それから口の中だけでもごもごと文句らしきものを言ったようだった。誰にあてるでもなく。
キーラは戸口に見え隠れする大きな影に私を見てから、もう一度同じように呟いた。今度は少し大きな声で。
「まったく騎士の名にかこつけてこんな夜更けに押しかけてきてこっちは寝間着だっていうのに」
不機嫌そうに眉をしかめたキーラに、眼差しだけですがる。仕方がないなあ、というように肩をすくめられた。それから咳払いをひとつして、いつも通りの彼女らしく冷静な対処をしてくれる。
「元凶殿達はここへは何用でございましょうか?」
「謝罪に。子供たちを怖がらせたし、あなたがたにも迷惑を掛けてすまなかった」
レオナル様が戸口の影から、遠慮がちに頭を下げた。レメアーノ様もそれに倣う。
「それはそれは。わざわざご足労をおかけ致しました。こちらこそ申し訳ありませんでした。ちょっと目を離したすきに……エイメ様?」
「ご、ごめんなさい」
私も慌てて頭を下げる。
そうだ。理由はどうあれ、また勝手に抜け出すような格好になってしまって、皆に迷惑をかけたのだ。
「もう少しでも戻るのが遅かったら、捜索隊を派遣していたんですよ?」
「う、はい。ごめんなさい、もうしません」
「エイメ様」
「はいっ! 申し訳ありませんでした」
レオナル様の低く私を呼ぶ声に、反射的に謝っていた。
また自覚が足りないと怒られる、と身構える。
だが、思ったような叱責は降ってこなかった。
そろりと目線を上げれば、ためらったように目線を泳がせてから、こちらに歩み寄ってきた姿があった。
扉からこちらへは巫女達の居住だ。さすがにキーラが本気で慌て出す。
それすらもレオナル様は、申し訳なさそうに目線を下げただけで黙らせてしまった。
彼の歩幅にして、ほんの二、三歩。
その間を嫌にゆっくりと感じた。ただ惚けたまま、それを感じていた。
彼のおもたそうな靴が視界を占めたと思ったら、深い青色の瞳が目の前にあった。
「あなたにもご迷惑をおかけして申し訳なかった。勝ち抜くことしか頭に無く、考えの足りなかった俺をお許しください」
この上なく真摯な眼差しに射すくめられて、どうにか頷く事しか出来ない。
レオナル様の瞳が優しく細められた。
「このレオナル、巫女姫様のために尽力をつくします。その暁にはどうか御そばに」
いつの間にか取られていた右手に、柔らかな感触が押し当てられる。
小さな女の子たち全員が、息をのんだのがわかった。
「今度の大会、あなたのために必ず勝ちます」
これには今度、どよめきが起こった。
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「ほら、みんな。おやすみなさいのご挨拶をしてちょうだい」
何やらいたたまれない空気の中、キーラが子供たちを促した。
「はぁい。おやすみなさいませ、騎士様」
「騎士様、おやすみなさい!」
「なさい~!」
「レメアーノ様、ありがとうございました。おやすみなさいませ」
「うん、おやすみキルディ」
「おやすみなさいませ、団長さま」
「ああ、おやすみ」
キルディが律儀に二人に挨拶するのを、ミリアンヌが眠そうながらも、興味深そうに眺めている。
「ほら、ミリアンヌも?」
そう促すと眠い目をこすりながら、小さな手を振った。
「おやすみなさい、おじちゃんたち」
その言葉にレメアーノ様が「団長だけでなく俺もかよ」と大きく肩を落としていた。
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「騎士様たち、ステキだったね!」
ひそひそ話しながら眠りに誘われていった。
くすくす、うふふとそりゃあもう、女の子たちは大はしゃぎだ。
小さくとも女の子だなあ、とあのお祭りの準備の日々を思い出したりしてしまう。
いつしかそんなざわめきも収まって、静けさが満ちる。
そんな夜闇の中、いつまでも神経が高ぶって寝付けなかった。
そっと自分の右手の甲に触れる。――あの方がしたみたいに唇で。
ぬくもりを追いかけるように目蓋を閉じた。
耳の奥ではさっき間近で聞いた、金属音が鳴り響いている。
『眠れないあなたを想って』
とか、思いつつ。
ドキドキ。しちゃうとこの子はプチ・フリーズしちゃうようで
あんまり表現できなくなるらしい。
キーラが始終、か・え・れ って暗号を送っております。
あと、あと何話だ……!!
お付き合いありがとうございます。