114 騎士団長と巫女王候補
もうじき、巫女王候補の一等騎士を決めるための大会が催される。
その旨の発表があったのが三日前。
今、騎士団及び術者の間では見えない火花が散っている。
趣旨は剣術大会だが、能力者はその力も使っていいことになっている。
実力がものをいうのだ。
あらゆる方面から巫女王を補助し、護衛を勤められるならば、能力が高い方がいいに決まっている。
だがあいにくと俺には剣しかない。だったらそこを磨くしかない。
名乗りを上げた者の中には、何も巫女王候補付きを狙ってというだけですまない者もいるのも確かだ。
ここで現巫女王様に覚えもめでたく取り立ててもらいたい。そう願う者もまた多い。
のし上がりたい者にはまたとない機会だ。かつての俺のように。
「俺はあの娘をいずれは……にする。だがまずは手始めに一等騎士の座をいただく。稽古に付き合え」
「ええええ!? つ、っ……って! 団長、本気か?」
企みを声をひそめて宣言すると、レメアーノが声を上げた。
自身も言葉をひそめると辺りを見渡した。
「無論」
当たり前だ。誰が誉れある騎士の役得を黙って放棄するか。
それに何より、他のヤツに渡してなるものか。
誰があの娘の口づけをみすみす他の男にくれてやらねばならないのだ?
それだけではない。
細い指先を、手のひらを触れさせてやらねばならないのだ?
眼差しが注がれるのすら許し難い。関心だってそうだ。寄せられる信頼も。あの娘の心を占めるのは俺だけであればいい。俺だけに、俺のためだけに微笑んでくれればそれでいい。
それが「誰か」に向けられる?
全力で阻止するに決まっている。
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確かな地位を築きたいと切望する者ならば、誰でもこの機会を見逃すまい。
俺は何のためにそう願ったのだろうか?
確かにそう強く願ったはずなのに、はっきりとした言葉で言い表せない。
レメアーノが低く構え、こちらに向かって飛び込んできた。難なくかわす。
ほつれ落ちた前髪の間からのぞく瞳が、愉快だと言わんばかりに輝く。
そらさず、迎え撃つべく構える。
考えを巡らせる。浮かんだのは鮮やかな緑の瞳。
瞳をふせる事のないルゼ。ジャスリート家の公爵令嬢。高嶺の花と崇めたはずの女性。
その姿にかつては魅せられた。だがその勝気な瞳はかき消えた。
代わりに浮かび上がったのは、あたたかな闇色の瞳だった。
今、この目に焼き付けたいと願うのは、あの伏せられがちの瞳だ。
どうかこちらを見て欲しい。そして俺を焼き付けてやりたくてたまらない。
レメアーノは後ろに回り込み、斜め上から剣を振り下ろしてきた。が、そう思わせておいて素早く身を引くと、俺の背を狙う。
太刀筋を見せないためだろう。負けじと身体をひねって飛び退く。
「スキありだ、レオナル」
ガッ……キィン!!
金属のぶつかり合う音が響く。
暗がりの中、火花が飛び散る。
お互いの力をぶつけ合う中、渾身の力で振り払った。
キィィン!!
レメアーノの剣が空を舞った。
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「参った! もう今日はこれくらいにしようぜ」
「まだだ。もう一戦。剣を拾えレメアーノ」
「勘弁してくれよ」
お互いにらみ合いながら様子をうかがう。
ふと視界の端に明かりが見えた。
「誰だ!?」
呼びかけたとたん、明かりが大きく揺れた。返事はない。
わずかな明かりを頼りに気配を探る。
訓練場の周りを取り囲む回廊は静かだった。
「?」
レメアーノと顔を見合わせてから、出入口へと進んだ。
おそらく団員の誰かだろう、という予想は大きく外れた。
夜の暗がりの中、ほっそりとした儚げな肢体が揺れている。二つ。
「エイメ様……。」
レメアーノが呟いたのを聞いた。まるで抑揚のないその調子が、驚きを物語っている。
おそらく、夜着の上にショールを羽織っただけと思われる無防備な姿。細く白い足首や、すんなりと伸びた腕に、後れ毛の遊ぶ項――。
不安そうに揺れる眼差しで真っ直ぐに見つめてくる。
引き結ばれていた唇がほころんだ。
「あの。こんばんわ」
めまいを覚えた。
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「エイメ様……! あなたはまた、こんな夜更けに、何故このような所へ」
慌てて声を低めた。大きな声をだしてはいけない。
だがどうあっても動揺は隠せない。心配のあまり覚える苛立ちも。
努めて平穏なふりを装ったのだが、やはりそこは何かを感じ取ったのだろう。
エイメ様の瞳が潤んだように見えた。
口をとじ、頭を振りながら一歩近づく。だが、一歩下がられてしまった。
「エイメ様」
なおも慎重に一歩踏み出してみたが、同じ事だった。
それでも、歩幅が圧倒的に違うせいで距離は縮まった。
レメアーノは何も言わず、黙って汗をぬぐっている。
「エイ、」
諦めずにしつこく一歩踏み出したが、小さな人影に阻まれた。
エイメ様の傍らでランプを持ち、彼女の手を握り締めていた幼女だ。
「おひかえください、騎士様」
精一杯なのだろう。大きく発せられた声は語尾が震えていた。
「わたしは巫女見習いのキルディ・クラウゼと申します。巫女ひめさまのお供で、一緒に、お願いに参りました」
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お願い?
レメアーノと顔を見合わせた。真剣な眼差しに見上げられていた。
キルディと目線を合わせるために跪く。
「聞こう、キルディ。お願いとは?」
「小さい子達が怖い音がするって寝られないの」
「怖い音?」
「きぃン、っていう音が寝る時にするの怖いの。みんな」
キルディは言いにくそうに、身体を揺らしながら訴えた。
小さな頭にふわりと優しく手が置かれた。エイメ様だった。彼女もまた腰を折り身をかがめた。
「キルディ、ありがとう。あの、すみません。そうなのです。ここ三日ほど、子供たちが寝る時間になっても剣がぶつかり合う音が響いてきて、怖がるのです。まだ小さい子達だし、それにとても敏感な子達なので必要以上に恐れてしまって……。申し訳ありませんが、遅い時間の訓練は控えていただけるとありがたいのですが」
そう申し訳なさそうに言われ、慌てて頭を下げた。
「申し訳ありません。俺の考えが足りないばかりに、子供たちを怯えさせてしまいました。わかりました。この時間は控えます」
訴えはもっともだった。幼くとも術者としてここに上がった子供たちの神経は敏感で、夜泣きも酷いとは聞き及んでいたのに。ひどく申し訳なく思う。
「キルディもすまなかった。今後、このような事がないようにする」
「はい。ありがとうございます」
「さあ、もう遅い。部屋までお送りいたします。ところでエイメ様?」
緊張していた二人がほっとした様子で表情を緩めたのだが、俺は声を低めた。
「はい?」
「エイメ様。俺が悪かったせいだというのは充分に承知しています。しかしですね、このような時間に巫女だけで歩かれるのは感心しません。暗がりで――危ないとは考えないのですか」
確かに俺が悪かった。エイメ様も子供たちを思いやっての行動だろう。
だが、それとこれとは話しが別だ。
今後の事も考えて、諌めるために言わせてもらう。
「危ないのですか?」
少女は小首を傾げた。あどけないおさな子がそうするように。
「だって。神殿には護衛団の方がいらっしゃって下さるのですもの。安心ですよね」
――この既視感は何とする?
どこが危ないのだという無邪気な切り返しに、言うべき言葉が見つからない。
何だ。どう説明しろという。なんなら暗がりに引きずり込んでやればいいのか?
後ろから抱きすくめて、声が出せぬように押さえ込まれてみればいい。
二度と暗がりを女だけで歩こうなどとは考えも及ぶまい。それとも……。
「団長。ここはひとつ期待に応えて、お二人の護衛を務めるとしましょうよ」
ぽん、と軽い調子で肩に手を置かれた。
『真夜中の訓練場。』
二人きりだったらやばかったね、レオナル。
レメアーノとキルディに感謝です。
一人で来てたら、もっとがっつり怒られていたよ、エイメ。
レオナルの気苦労はこのまま続きます。