112 巫女王と騎士団員たち
押しかけた我々を出迎えたのは、巫女王様お側付きの騎士――スレンだった。
顎をそびやかし、侮蔑を込めて睨んでくる。
「何なの君たち? 彼女は今、体調が優れないと言うのに。大勢で押しかけたりなんかして無礼にも程がある。出直して」
「よいのです」
「だって、君」
「スレン。いいと言っているでしょう?」
スレンを静かにたしなめると、巫女王様は微笑まれた。いつものように。
慈愛に満ちていながらも、威厳を感じさせるたたずまいに獣も大人しくしている。
獣といっても先程までの話だが。
「急にすまぬな」
「構いませんよ、神官長。一体どうしたと言うのですか? 団長と副団長まで」
巫女王様はそう仰って、我々を順に見比べる。そして最後には見慣れない騎士へと視線を止めた。
物珍しそうに、獣であったもの――デュリナーダを眺める。
そこには好奇心と歓迎の込められた眼差しがあった。
失礼ながらも、こういう所が巫女王様を少女のように見せると思う。
勧められるままに腰を下ろしたが、茶はやんわりと断った。シオンも同じく。
水分なら先程、充分に補給したばかりだ。
「まあ。新しい騎士団員かしらね?」
『デュリナーダだ』
『そう。はじめましてデュリナーダ。わたくしはここで王をつとめる者よ』
獣に合わせて、巫女王様は古語で返された。
『そうか。王をつとめる者。おまえも美しいな』
『まあ、ありがとう』
獣の声には素直な感嘆が読み取れた。
心底しみじみと呟かれたそれに、巫女王様の頬にうっすらと赤みが差した。
その様子にじいさんが小さく「見習え」と、前を向いたままで呟いた。
やたら大きな小声があるものだ。無視を決め込む。
「当然でしょ。オマエも身の程をわきまえるんだね。獣ふぜいが」
スレンがイラ付いた様子で、デュリナーダを見下す。
さすがというべきか、スレンはとっくにデュリナーダの正体を見抜いていた。
巫女王付きは、だてではない。
「何の用? さっさと済ませて出ていってくれないか。彼女には静養が必要なのだから」
確かに長居はよろしくないだろう。いくら巫女王様がお許しになっていても、だ。
スレンの機嫌の悪さからも計れるように、巫女王様の体調はここのところ優れないと聞く。
だからせめてと口数少なく気配も殺し、こうして大人しく控えている。
「いやはや。この者が新しく巫女の騎士に名乗りをあげましたのでな。お二方にご挨拶に参ったしだい」
「――四つ足ごときが?」
『我はエイメの心に寄り添う。相応しい騎士に成った。騎士は巫女の王に挨拶するものだと聞いたから、こうやって来たのだ』
「なるほどね。それでその姿って事か。だから何だと問うている四つ足」
嫌悪感も露なスレンに、さすがのデュリナーダも怯み気味のようだ。いい気味だ。
スレン、といい置いてから巫女王様は手を差し伸べた。
小さくケホケホと咳き込まれた。すぐさまスレンがショールを掛けて気遣う。
『いらっしゃいな、お利口さん』
『おお。我はイイコだぞ。だからエイメの騎士だ』
『そうね。あなたも乙女を守りたいと願ってくれるのね。ありがとう』
『どうという事はない』
獣であった時と同じように、デュリナーダが胸を張った。
そんな獣に容赦の無い非難の声が上がる。
「獣、口のききかたがなっていない。それで騎士と名乗りをあげるだなんておこがましい。恥を知れ」
『何を。我は相応しい騎士ぞ』
「あっそう。どこが?」
『エイメは我がいてくれて心強いといつも感謝してくれた。実際その通りだからだ。我がいる。エイメの恐れる騎士団の男たちの手を煩わせずとも済む。だからありがたい、とエイメは我が側にいることを望んでくれていた。だから我は出歩いたりもせず、エイメの側を離れなかった。片時も!』
「……へぇ。巫女王候補の恐れる騎士団ねえ?」
獣が得意げに説明するうち、ほこ先はこちらに向き始めた。
わかっている。元はといえば俺たちの落ち度だ。
「いやはや、すまなんだのぉ。若造共が張り切り過ぎてのー。力加減を誤ったんじゃ。だから先程、謝罪に行ってきたばかりじゃからな。そう睨まんでやってくれんかのー?」
じいさんがのんびりとした調子で口を挟んだ。このジジイの特技のひとつだ。
「あらあら。張り切り過ぎただけなのね。次からは気を付けたらいいじゃないの。ねえ、二人とも?」
巫女王様もやんわりと俺達をかばってくれた。
この二人、巫女王様と神官長は言葉交わさずとも暗黙の了解が存在しているのは間違いない。
いつも何かとこうやって庇われてしまう。
「は。次からは気を付けます。充分に」
素直に頭を下げる。シオンも渋々といった調子で同じように倣った。
「まあ、いいけど。僕も忙しくてエイメを構っている暇がないのも悪いんだし。エイメの退屈しのぎになるのならそれで良しとしよう。だからといって調子に乗るんじゃないよ? 獣も、君達もだ」
念を押すスレンは何様かと思ったが、あえて言い返さなかった。巫女王様の御前だ。
いらぬ諍いは避けたい。だが後で覚えておけよ、と頭を下げつつも心の中で誓う。
『何、心配いらない。我がいる。そなたが忙しい分、我がエイメといるから何の心配も無いぞ!』
『デュリナーダ。あまり騒がないように』
誰かこの獣を黙らせてくれ。
たしなめるために唸るように名を呼んだが、デュリナーダのおしゃべりは止まらなかった。
『今までみたいにずっと我が付き添う。そうでなければ、エイメは寂しがるからな。夜だっていつも寂しいといって泣いて、なかなか寝付けないでいるから、我が一緒に寝てやらなければ! エイメは本当に手の掛かる子だ。我が抱っこされてやりながら、涙を舐めとってやらねば眠れないのだから。そうそう。身を清める時もちゃんと見張っていてやるのだ』
『何だと!?』
巫女王様の御前だというのも忘れ、思わず声を荒らげてしまった。
じいさんが視界の端で肩をすくめたのが見えた。
「我、シオン・シャグランスが眼前の獣、デュリナーダよりも高みに立つ!」
シオンも、おそらくは無駄と知りつつも聖句を紡ぎ始めた。
頭に血が上るとはこういう事を言うのだろう。
獣だった事をいいことに、やりたい放題だったデュリナーダに切りかかってしまいそうになる。
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『静粛に!』
パン、と子気味良い一打ちが響き渡る。
音の方を振り返れば巫女王様だった。
騒然となりかけた場を、一息で鎮めてしまった。
『デュリナーダ、それは騎士の役目ではなくてよ?』
『そんな事は……。』
『デュリナーダ。それは側使えの女の子達の役目よ。貴方は騎士なのでしょう? だったらそれらしく振舞うこと』
『うぐ。いけないのか?』
『いけません。お嫁入り前の乙女と殿方の寝室は別々です。わかりましたね?』
『……。』
『わ か り ま し た ね ?』
『じゃあ、エイメと一緒に居られないではないか。我はエイメの騎士なのに』
納得できないでいるらしいデュリナーダに、巫女王様は満面の笑みで答えた。
『乙女の騎士は乙女自身に任命してもらいましょう。それがしきたりですから。ねえ、スレン。神官長?』
「そうじゃの」
「やるの? 剣術大会」
「ええ、そうよ。わたくしの時もそうして騎士を決めたもの」
全員を見渡して、巫女王様は大会の開催を告げた。
『妄想、暴走』
しちゃうよね。
一緒に毎晩寝てたんだ! じゃないよ、デュリ。
まさか……コイツ、エイメの生まれたままの姿を……!
うん。ご想像にお任せします。